不機嫌なフェリス
「私の魔剣《毒牙・アザベル》の能力は毒の生成。種類も自由に作れてぇこんな風に麻痺毒で動けなくすることも出来るんだぁ〜」
ピクピクとしたまま動かなくなったクマに再度鞭を打ち込みながら言った。
シンもクマに近づくが確かに動けなくなっている。
「種類は豊富だけど効き目は個体差があるから今の私じゃあC級には効果が薄いかもだねぇ」
「へぇ。ねぇフェリス、こういうのを素材として出せば加点してもらえるのかな」
「そうよ。綺麗な状態ならなおいいわね。そういう意味でもユアンの魔剣は結構便利ね」
「おぉ〜フェリちゃんに褒められたぁ〜」
「でも初日にそんなの荷物になるから肉だけ剥いでしまいましょう」
「そんなぁ〜」
上げて下げてのテンションになるユアン。持てるものにも制限がある以上最初は身軽でありたいというフェリスの意志の元このクマはまた襲われることがないよう殺しておくことになった。
「………」
その後ろで何故か難しそうな顔をしているシスティーに気がついたシン。具合が悪そうな感じでもなく言うなればちょっぴり可哀想なものを見る目をしているようだった。
「麻痺ってあとどれぐらい効いてる?」
「え?うーんとねぇ、様子からみて最低でも五分はこのままかなぁ」
「なら早いとこトドメでも……」
「ならこのまま進もうよ」
『え』
レイピアをクマに差し向けようとするフェリスを無視してシンは驚くべき一言を言った。
それにはフェリスも怒りを堪えることが出来なかった。
「ちょっとシンどういうつもり!魔物を生かして無視してろっていうの!」
「フェリス。まず僕達がしなきゃいけないことってなに?」
「は?何言って…」
「まずは拠点を決めないと。試験の細かいルールの中で他のグループとの接触は極力控えることってあるのは知ってるでしょ。だから先に自分達のグループが動く為中心となる拠点を何処か探す方が優先的だと思わない?」
「それは分かったわ。でもクマを殺さない理由は?ここで見逃してまた襲われたらどうするのよ」
「肉を剥ぐだけでも少し時間がかかる。下手にやらかしたら血の匂いで他の魔物が来る可能性があるし、日が落ちてまともに動けなくかもしれない。ここは木々が多くてとてもじゃないけど拠点には向いてないんだ。だから時間が沢山あるうちに最初は拠点を見つけた方がいいんじゃないかなって」
そう言われムスッとしたまま口を開かないフェリス。シンのいう事は一理ある。万が一子のクマにまた襲われることがユアンならすぐに対処出来るだろうが複数体の魔物に襲われる方がリスクが高い。試験としては護衛する相手であるシスティーの安全が何よりの最優先事項である。
「システィー様もそれでいいですか?」
「えっ、あ、あぁ。シンさんの言う通りだしそうしようか」
システィーが慌てて納得すると諦めがついたように魔剣を収めるフェリスはバッグを背負う。
「システィー様がそう仰るならそうしましょう」
「なら行こ〜」
先に進むことになったシン達。その彼らに気づかれないようシスティーはホッとしたように頬が上がっていた。
それから小一時間ほど歩くと川原を見つけた。他のグループの人はまだ誰も居ないようだ。
「丁度よさそな場所ね。日が暮れるまでに少し時間もあるし私達は周囲を少し見て回るからシンはここでテントとシスティー様お願いね」
フェリスはバッグを無理矢理シンに押し付けると「あれぇ〜」と呟くユアンと一緒に森に潜って行った。
有無を言わせない行動にシンは首を傾げる。
「なんかさっきから不機嫌なような?」
呟くシンに「今さら?」と思うシスティー。しかしすぐに気にしなくていいかとバッグを置き中からテントを取り出した。
「それでは僕はテントを組み立てておきますのでシスティー様はゆっくりしてて下さい」
それから黙々とテントを組み立て始めた。簡易テントというだけあり簡単に骨組みを組み立て布を被せればものの数分で完成した。サイズは大人二人が体を伸ばせる程だった。
因みにシスティーは作業をするシンのことをずっと眺めていた。気づいていた為時々「なんですか?」と振り返っていたが「気にしなくていいよ」と言われそれ以上聞くことはしなかったが気にはなっていた為少し落ち着かなかった。
「日が落ちるまであと一時間ぐらいはあるだろうし、それまでフェリス達も戻らないからなぁ」
「あ、ならシンさん少しお話しない?」
「システィー様がそういうなら。それと僕のことは呼び捨てで構いませんよ」
「あ……うん。分かった」
「ちょっとフェリちゃ〜ん?そんなに怒らないであげようよぉー」
「別に怒ってないし」
「怒ってるでしょ〜?印象悪いとシスティー様に注意されちゃうよっ」
森を歩きながら食料になりそうかキノコやら木の実やらを集め暫く、戻ろうとするもフェリスの顔を覗き込めば先程までと変わらずご機嫌斜めな様子。
フェリスがシンの非常識に呆れを覚えていることはユアンも十分分かっていた。しかしそれは世話がやける程度のものでここまで嫌悪してしまうのには驚いた。
シンの態度にも問題があるのは確かでありながらもどう対応すればよいか迷うはて、いつも通りの口調で話すことにした。
前に立って足を止めさせたが脇に逸れて無視される。
「正直言って私はそこまで評価が欲しいってわけじゃないの」
「え〜でもでもぉ、それじゃあエンネア様はどうするの?」
「別に過大評価されないとエンネア様が下に見られるなんてことでもないでしょ。シンみたいに黒騎士になりたいとか主を国王にさせたいなんてこともないの」
「でもシン君は本気でユリス様を国王にさせる気なんだよぉ?フェリちゃんがそんなんだとシン君の邪魔しちゃってるみたいになるよ。確かに主人に貢献したくて騎士同士の争いなら闇討ちやら何やら起きることは珍しくないけど、そんなことフェリは望んでないでしょ〜?」
足並みを揃えて覗き込むユアン。
騎士とは馴れ合う為に存在する為にいるべきではなく全てを主人に捧げると教えられる。フェリスとユアンもそう。
フェリスは黙り込んでいたがカンに触ったのかキツい表情になる。
「知ったようなこと言わないで。第一試験始まってから意味分かんないことばっかしてるじゃない。木を切ったり魔物見逃したり」
「魔物を見逃したことはあの時納得してたんじゃないの?実際血の匂いのことは確かにって思ったし」
「素材や食料を諦めるにしてもやっぱり殺して置くよ。あなたの毒で殺すことも出来るでしょ。匂いで魔物が引き寄せられるかもしれないことは私も考えてた。だからまず最初に出血が少なるようにしながら心臓だけでも突き刺そうとしたのにそれすら邪魔した。田舎育ちの考えが全くもって分からないわ」
「ふーん」と相槌を打つユアン。
ふと空を見上げれば少し茜色になっていることに気がついた。完全に日が落ちる前には戻れそうだがそこであることに気づいた。
「そうだフェリちゃん、火はどうしよっか?」
「……そういえば小道具殆ど没収されてたんだった。確か火打ち石をシンが持ってたわね」
「でもここら辺まだ湿気ってるところばかりでまともに燃えそうなもの少ないよぉ」
「取り敢えず急いで戻るわよ。こんな事でシスティー様に寒い思いをさせた日には棄権しかねないわ」
「初日でそれは大変だよぉ〜!」
駆け出す二人。すぐに川原に戻れたが日が落ち辺りが暗くなる中明るい光が見えた。
森を抜ける所でフェリスは手でユアンの足取りを止めた。システィーとシンが囲う真ん中ではすでに火がついており焚き火していた。
「あれぇ?もしかしてシン君が火を?」
「でしょうね。っていうか何か話してない?」
あちらはまだ二人のことに気づいておらずそのまま会話をしフェリスは聞く耳を立てた。
「フェリスさん達戻って来ないね。何かあったんじゃ…」
「フェリスも騎士です。ユアンもいますから単純に戻りが遅いだけだと思いますよ。何か食べますか?」
日が落ちた為空気が冷え込んでくる。燃える火に手をかざすシスティーにバッグの中に入っていた缶詰を渡す。
「大丈夫。それより、ごめんね」
突然頭を下げられシンは目を丸くしてから慌てて手を振った。
「そんな!頭を上げて下さい!いきなり頭を下げられることなんて…!」
「さっきのこと。私のことを気にして殺さないであげたんだよね魔物のこと。そのせいでフェリスさんのこと怒らせたみたいで」
頭を上げて申し訳なさそうな顔になる。
それを盗み聞きしていたフェリスは「えっ」と驚いた。
「シンは気づいてたんだよね。私があの魔物を殺したくなかったこと」
「確信を持っていたわけじゃありません。システィー様の表情を見た時二つの可能性が浮かび上がりました。生き物が死ぬのを見たくないのか、それとも殺されるのが見たくなかったか。どっちにしても見逃すしか無いと思いまして」
「凄い観察眼だね。でも二つとも同じことじゃない?」
「可哀想、という意味では同じになるかもしれません。前者は生き物への哀れみで、後者は同情ですから。ですが結びつける人物像は大きく変わります。死んでしまうなんて気の毒だと思うのと同じ生きる存在的生命として同調して考えてしまう人、同じ考え方をする人だと思いますか?」
「確かに全然違うね。それで……シンは私はどっちの方だと思ったの?」
「後者ですね」
戸惑い混じりに聞くと即答した。
「システィー様の目は誰かを哀れむような目じゃありませんでしたから。あの時システィー様はクマが殺されそうになりどうにかしたかった。でもフェリスはあくまでも主人を守るために殺そうとした。ですから止めるに止められなかったんですよね?」
「……すごい。すごいねシンは。私も君みたいな人が傍にいて欲しかったな」
「システィー様に騎士やお仕えしてる人は居ないんですか?」
「貴族だからってそこまで偉いわけじゃないんだよ。現に私の家も貴族としての権威も下がって来ててね。未来の薄い家系に寄り添ってくれる人はそんないないよ」
「……そんなことないと思いますよ」
寂しく虚ろな瞳をするシスティーの肩を掴んだ。驚き目を丸くする。
「僕だってユリスが王族だから仕えてるわけじゃありません。ユリスだから傍にいたいんです」
真剣な眼差しに頬が赤くなる。シンもハッとなってすぐに離れた。
「す、すいません。今のは無責任でした」
申し訳なく謝罪するがシスティーはそんなことないと首を振る。
「ううん。むしろありがとう。」
パチパチと火花を散らしながら二人の空間を照らす焚き火の光。微笑むシスティーを見てシンはホッとしながら焚き火の中に枝を入れる。
落ち着いてようやくシンは森の中から誰かに見られていることに気がついた。
魔剣を片手に立ち上がる。システィーは何か分からず眉を寄せる。
「誰?」
「ごめん。タイミングが中々掴めなくて」
すると木の後ろからひょっこり顔を顕にした二人の少女。バツが悪そうに顔半分だけ見せるフェリスと何故か笑顔で手を振るユアン。
「え……何してるの二人で?」
「ごめんねぇ〜シン君。盗み聞きするつもりはなかったんだけどぉ、フェリちゃんがねぇ〜?」
視線を向けるとフェリスは更に顔を踞せる。どうしたのかと思うがシンのことを睨みつける。
するといきなり迫り、顔を近寄らせる。
「怒って悪かったわね」
「…………はい?」
なんの事?と言いたげに首を傾げる。フェリスも言いたいことをいって終わりのようで顔を離すと何事ないかのようにシスティーに「遅くなって申し訳ありません」と頭を下げた。
「よかったねぇフェリちゃん機嫌なおって」
ご機嫌なのかニコニコと笑顔を見せて言うユアン。
「あの言い方だと僕が怒らせたみたいに聞こえたけど、僕何かしたっけ?」
「それ言うとまた怒りそうだから黙ってようねぇ〜」
「そっか。ならそうしよ」