試験開始
「ミゼイリア様少しよろしいでしょうか」
「どうしたのリアナ?私は今この積まれた書類に判を押すのに忙しいのだけれど?」
愚痴を言うように返す。
現在、国王ミゼイリアは目がクマになりながりも机に大量につまれた書類を一枚一枚機械的な動きで判子を押していた。
国王に寝る暇などなく常に仕事に振り回される日々……などと言うことはなくこれはミゼイリアが単にサボっていたのをそれが騎士リアナにバレてしまい半ば強制的に座らされて作業をしている。
しかも最悪なことに最近とある事後処理の書類が多く流れてきた為三日三晩机に向かいあっているのに全く書類の量が減っておらず今夜中にも限界が来てしまいそうだった。
「最近各地で起きている集団襲撃事件についてご報告したいことが」
「それは私が今にも逝きそうなことより大切なのかしら?」
「ご安心下さい。ミゼイリアは私が必ずお守りします。なので安心して限界まで職務を全うして下さい」
「今まさにあなたに命を狙われてる気分なのだけれど」
徐々にふらつくも構うことをしないリアナ。それもそのはずで今回その集団襲撃事件というものがそれほどまでに問題になってきているのだ。
「で?また誘拐が起きたから警備を強化してくれって?何度その申請受理して騎士団派遣してると思っているの?」
「いえその騎士団が襲撃され死傷者が出たとの報告です」
「あーそうそういちいちそんなこ………なんですって?」
ホイホイと手を振るもすぐに顔つきが変わる。リアナも冗談を言っている様子はなく無言でその報告書を手渡して閲覧する。
それを見てミゼイリアはさらに頭を悩ませた。
「第三騎士団。派遣した団の中じゃ一番腕がたつはずのところが襲われたのは何かの当てつけ?」
「それは分かりませんが副隊長の話によれば相手の中にA級魔剣持ちがいたそうです。さらに言えば団員が所有してる魔剣も幾つか盗まれたそうです」
「……それは何かの冗談にして欲しいわ」
「残念ですが事実です。現在各地の支部に伝令を発し警戒体制を敷いてもらっています」
「それだけじゃ不十分でしょうね。あーもう疲れて頭回らないわ」
「あれをお飲みになりますか?」
「緊急事態みたいなものだしね。国王らしく頑張ろうかしら」
それを聞くとリアナは棚から謎の瓶を取り出しグラスに入れて中身を注ぎミゼイリアに差し出した。
苦い顔をしながらもぐいっと一気に飲み干した。
「不味……いい加減この味どうにかならないかしらね」
「ですがよくお目覚めになられたのでは?」
「そうね」
虚ろだった瞳が覚醒する。
別の紙を取り出し目にも止まらぬ早さで執筆し国王証明の判を押しリアナに渡した。
「マーガレットとユズキリアに渡してきて頂戴」
「ッ!!マーガレット様とユズキリア様にですか!?まさかお二人の騎士を郊外に派遣するつもりではありませんよね!?」
「個別にお願いよ。第一言っても行ってくれるわけないでしょあの子達。細かい指示は後で伝えるから先に二人の所に行ってきなさい」
「分かりました」
手紙を受け取ると部屋を退室するリアナと入れ替わりにタキシードを着た白髪の男が入ってきた。
「それじゃ私もやることあるからこれお願いね」
「また騎士リアナに怒られますよ?」
「今回みたいな時はいいのよ」
「承知致しました。ところで此度の一件」
「分かってるわよ。こんなことしでかす輩なんて一つしか思い当たらないわ」
「では、お気をつけて」
使用人を残し部屋を出ると三人のメイドが外で立っていた。ミゼイリアは様子を伺うことなく廊下を歩き始めるとメイドは当然のように後ろをついてくる。
「例の件ちゃんと調べてきた?」
「はい。過去に潜伏していたアジトを全て調べて見て回りましたところ陛下の推測通りでございました」
「ですがそこで見つけた資料を持ってしても今回の騒動は少し早計なものと思います」
「まだ他に裏があるものと考えられます」
「でしょうね。騎士団を襲って魔剣まで奪っていくぐらいなのだから、本格的に動きだしてくるわ。全く……悪魔に酔いしれたイカれた信仰者に誰が協力しているのやら」
「それではこれより試験の概要を説明する」
試験開始日、第四演習場に集められたシン達。
第四演習場の地形は森、というより樹海の様な場所で一昨日まで雨が降っていたこともあり所々地面がぬかるんでいる所がある。
クラスの生徒を除いては各グループに一人つく評価兼護衛対象の上級生と試験官の教師二人。一人はスミスだがもう一人は見覚えのない男。
開始時間直前になりスミスが再度試験の説明を始めた。
「試験期間は七日間。主な成績は付き添う先輩からの評価が反映されるがその他にも成績に加点されるものはあるからそれは各自勝手にやってろ。因みに上級生には一人一つ専用の魔道具をわたしてある。その魔道具は使用するとあたしのところに信号を送る仕掛けになっていて試験中止の合図になってる。その場合そのグループは評価なしだ。加えて敷地内には主にD級やE級の魔物がいるが稀にC級の魔物が出るが怪我は自己責任。以上。質問は受け付けん」
早口で言い終わると煙草を加えて火をつけた。
「確か他の演習場でも他の学年が試験してるんだよね?」
全員が持ち物の確認をしていると同じく最終チェックをしているフェリスの後ろからシンが聞いた。シンは既に確認を済ませていた為先に終わっていた。
「そうね。試験内容も大方こっちも同じらしいわよ。それより……」
言いつつ振り返ってシンを半目で凝視する。
「携帯品は?」
「飲水と携帯食料と小道具を少々」
そういうとローブを広げると腰のベルトに飲料ボトルと簡易食料が入った袋と複数の胸ポケットにナイフと火打ち石と医療道具のみがしまわれていた。
「あんたサバイバル舐めてる?私達任せにするならユリス様に言いつけてやるわよ」
「フェリスこそ何でそんなに持ってきてるの?なんか他の皆もバックにパンパンに持ってきてるけど」
「そりゃそうでしょ?大自然の中に軽装でいられるわけないでしょ」
当然のように威張りながらいうとシンは首を傾げる。ユアンも準備が終わったようで一緒に別の女がいた。
灰茶色のセミロングの髪と頭の横につけた黄色いリボンをつけ可愛げがありながらもキリッとしたツリ目の茶色の双眸。身につけたローブがシン達とは違って緑色のローブ。
彼女はシン達のグループの護衛対象システィー・モルフォイ。
貴族階級は学院では原則青のローブだが、この試験では護衛される人は貴族以外の生徒も含まれる為試験中のみ緑に統一される。
「あなた達そろそろ準備はいい?」
「システィー様、私はいいのですが…シンが…」
と、フェリスが不安そうな視線をシンに向けシスティーが格好を見て頷いた。
「簡易テントと寝具用のブランケットは誰が?」
「私のバッグにあります」
フェリスがバッグを出すとシスティーが中身を確認しだした。テントとブランケットのみは学院側からの支給品だ。
漁るように中身をどんどん取り出す。中からはライターやランタン、長めの縄や大きめの網などなど過剰過ぎる程の持ち物が出てくる。
「これらは全部持ち込み禁止だから置いてくように」
「え!?どうしてですか!?」
「もしかしてフェリス知らなかったの?持ち込み制限あること」
「そうなの!?」
二度驚くとユアンも苦笑する。
「私もさっき聞いて驚いたよぉ。お陰で殆ど没収されちゃったよぉ〜」
「そんなぁ〜」
膝から崩れ落ちる。
他のグループでも持ち込み制限があることを知らずに同じように嘆く人が多数。
パンパンだったバッグも少し小さくなる。食料にも数に制限があり一人辺り一日分までにされる。
「シン君よく知ってたねそんなことぉ。ユミル様も知ってたなら教えてくれればよかったのにぃ〜」
「え?僕も最初は知らなかったよ?でもサバイバルって聞いて少し村にいた時のことを思いだしてさ。四年ぐらい前に何も持たないで近くに森に潜った時があって。あれと比べたら幾ら学院の試験だからって何でも持って行けるなんて変だと思って」
「………シン君相変わらず変なところあるねぇ」
「よぉシン」
苦笑いするユアン。
すると黒髪とかきあげられた赤髪の男アレスが腕を組んで歩いてきた。シンが顔を向けると口角を上げる。
「実力じゃあ負けたがこの試験は負けねぇぞ。そしてアルベルト様こそ至高の存在するであると知らしめてやる」
「僕だって成果を上げてユリスからご褒美をもらうんだ」
やる気だけは十分の二人のことを横目で不安そうに見つめるフェリス。
「大丈夫かしらね……」
「大丈夫だよぉフェリちゃん。私もいるんだからぁ」
「あんたのこともよ」
「そんなぁ〜」
試験開始時刻となり順番にグループが出発していく。アレス達のグループが行った十分後にシン達のグループも樹海に足を踏み入れた。荷物はフェリスから自分が持つと言ってきた。
少し奥に進んだだけで辺りが暗くなる。昼間であろうが高くまで伸びた木々から枝が横に大きく広がり葉を成すお陰で陽の光が殆ど通らない。
薄気味悪さがありながら騎士達は動じることなく警戒しつつ前に進む。
「システィー様、足元気をつけて下さい。ここら辺は結構ぬかるんでいて歩きずらいですので」
「ええ、ありがとう」
時折フェリスがシスティーをエスコートする。歩きにくい場所では手を差し出し定期的に心配してあげたりしている。
「あっ、システィー様ここで少しいいですか?」
「ちょっとシン?休憩なら早いわよ」
「構わないわよ」
「ありがとうございます」
先程からキョロキョロしていたシンが足を止めるとフェリスは不満そうな顔になっていたがシスティーから了承を得ると懐からナイフを取り出して木の皮を四角く剥がして中の木に何度も縦線を入れるようにナイフを動かす。
何をしているだと思いながら見守る三人だったがシンは気にせす手を動かす。細い木の筋が出来てそれを毟り取ると今度は別の木で同じことをし始めた。
「いつまでやってる気?システィー様を待たせると減点されるわよ」
「逆に聞くけど何で二人は何も探そうとしないの?特に夜とかどうするつもり?」
「夜って……なんで木の幹なんか集めてんのよ」
「幹じゃないでしょ。もっといいのがあればよかっとんだけどそっちを探す方が疲れるだろうから」
「だから何でそんなの集める必要があるのよ。言っとくけど何の変哲もない木集めても加点されないわよ」
「これぐらいでいいかな。むしろフェリスは夜どうするつもりだったのさ」
満足したように束を懐にしまう。
フェリスはムッとしていたがシスティーは何も言わずにいる。
そして再度進み出す。さっきの件があってか不機嫌気味のフェリスの後ろでユアンがシンに近づく。
「仲良くしないと駄目だよぉ?」
「してるつもりなんだけどね。何でフェリスは怒ってるの?」
「こらこら。ユリス様のことを考えることも大事だけど今は目の前の仲間のことも考えて上げないとだよぉ〜」
「ユアンもよくフェリスと喧嘩してるけど……」
「それはそれだよぉ〜」
痛いことをつかれたと思ったのか笑顔に圧を感じた。
「それとさっき仲間って言ってたけどこの前まで僕のこと監視してたんでしょ」
「痛いとこばっかりつくねぇ。でも今回は本当にお詫びだよぉ?こう見えて私は結構役に立つと思うんだけどなぁ」
そういいながら腰に装備していた巻いた鞭を手に取りながら言った。
ユアン曰く毒を使う魔剣。
「ッ!!システィー様お下がり下さい!二人とも!」
フェリスが大声を出すと正面十数メートル先に大柄なクマの魔物がいた。
フェリスは背負っていたバッグを地面に置きシンと共に魔剣を抜く。
「フロウシスグリズリー。D級の魔物よ。気をつけ……」
すると二人の後ろから何かが横切る。後ろを振り向けばユアンが鞭を振るっていたそれだった。先端がクマの胴体に当たるも弾かれて見るからにダメージがない。
「駄目じゃない!」
フェリスが叫んだ直後クマは不意に倒れた。
何がどうなったの分からず目をぱちぱちして振り向くと「イエ〜イ」と笑顔でピースするユアンの姿。
「ね〜?私も役に立ちそうでしょ〜?」