冒険者(2)
宿屋の半分のスペースは喫茶店になっているようだった。今まで入ったことはなくて、ばば様から教えてもらった空間がそのまま再現されていることに少し感銘を受けたのだけれど、本題はそこではない。
「本当はアルコールでも飲みたいところだけれど……、取り敢えず何処まで真面目な話をすれば良いのか分からないから、ハーブティーで我慢するけれど」
そう切り出して、彼は話を始めた。
「遅くなったけれど、先ずはお互いの挨拶と洒落込もうか。……はじめまして、ぼくの名前はアルス。今は……しがない冒険者をしているよ。目的がない訳ではないのだけれど、あるとも言い切れないし、今は話したところで意味がないし、取り敢えず無視してもらって良いと思う」
「……ええと、わたしはエレンって言って……。旅をしているの。理由は、十四歳になると旅を出ないといけないから」
「……成る程?」
「難しい話であることは重々承知しているのだけれど……」
「つまり、世界を知るための旅をしている、ってことだろ。それってかなり良いんじゃないか。面白いしきたりだと思うよ」
アルスはそう言うと、ハーブティーを一口飲む。
「……それじゃ、話を進めようか。先ずはこの世界の言語について――」
アルスはその言葉から、話を始めた。
この世界の言語というのは、ローグスタンド語が主流となっているらしい。らしい、というのは全ての国でそれが使われている訳ではなく、一部の国では全く違う言語が使われていることもあるようで、でも大半の国ではこの言語が使われているから、会話の不成立が起きないように、殆どの人間がローグスタンド語を使えるようにしているらしい。
ローグスタンド語、という名前自体も今ではあまり使われることは少なく、今は『共通語』という言葉でしか使われていないらしい。
そして、共通語には幾つもの訛りと呼ばれるものがあって……、わたしの話す言葉はいわゆる山岳訛りと呼ばれるものだった。
「山岳訛りを使っているのは、よっぽどの田舎か原住民のどれかだね。共通語のルーツの一つとも言われているし、寧ろそれを恥じることはないよ。ローグスタンド……この言語の名前の由来にもなっている都市には、世界の全てを集めたと言われる博物館があるのだけれど、そこには蓄音機を用いて山岳訛りを収録して永遠に保存しておこう、という流れが起きているぐらいだから」
「……それはそれでちょっと恥ずかしいような気がするけれど。ねえ、もっと色々教えてくれないかしら? わたしは世界を知る旅に出ているの。けれども、何処へ向かえば良いのかも決めていない。何だって、自分とは何かを探す旅でもあるのだから……」
わたしの問いにアルスは首を傾げる。
わたし、何か変なことでも言ったかな。
「……いや、何。その質問はちょっとおかしいかな、と思っただけだ。別にエレンが悪いって話ではないんだ」
「わたしが何も知らないからって、ちょっと馬鹿にしているだけではなくて?」
「そうじゃない」
アルスは首を横に振る。
「けれども、世界を知るためには……先ずはそうだな、この世界がどういうもので成り立っているかを簡単に説明しないといけないかな。その口ぶりからすると『大陸』という概念も知らないだろう?」
「大陸?」
「要するに、大きな島だ。この世界は一つの大きな大陸で構成されている。外海に島があるのかもしれないし、まだ見ぬ世界が広がっているのかもしれないが、誰も遠くに船で行こうと思ったことはない。何故なら……外海には魔獣と呼ばれる獣が出現するからだ」
「魔獣……」
そんなこと、ばば様は教えてくれなかった。
いや、或いは教えないようにしていたのだろうか。
「魔獣を倒す術は何一つとして見つかっちゃいない。魔獣に目を付けられたら、神に祈って逃げるしか方法がないんだ。……そして、それが叶わなかった場合は、食われるしかない」