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序章(2)

「……アガサは、旅に出たら何を見に行くつもり?」


 アガサは村唯一の書庫に足を運んでいるから、色んなことを知っていると思う。

 わたしも良く書庫に足を運ぶことはあるけれど、難しくて分からないし想像が出来ないこともある。

 例えば、ある書物には塩気のある水が溜まった大きな池があるんだって書いてあったり。

 例えば、風車から生まれる力を使って大きな車を動かしている街があると書いてあったり。


「世界は広いんだと思うよ、わたし達が思う以上にね……。だからこそ、ばば様も、皆も思っているんじゃないかな。きっと、しきたりはわたし達個人のこともそうだし、一族の繁栄を考えてのことなんだと思うよ」

「そうなのかなあ……」


 アガサは頭が良いから、時折難しいことを言い出す。

 きっと機織りをやっているよりも、学者さんとして働いた方が良いのかもしれないのだけれど、アガサはアガサなりに考えているのだと思う。だったら、わたしには止める権利はない。


「それじゃ、わたしはこれで。タイガくんによろしくね」

「うん。それじゃね、アガサ」


 そうして、わたし達は別れた。それぞれの家へと帰るために。

 わたしとタイガが暮らす家は、村の外れにある。別に力関係によって決められる訳ではなく、住みやすさを考慮した結果だと聞いている。

 何故なら、わたしは生まれてからここに住んでいて、どうしてここにやって来たのかを知らないからだ。

 父と母が全て用意してくれた――言ってしまえばそれまでのことだけれど、二人が残してくれた環境を精一杯守らなければならないのも、年長者の勤めと言って良いと思う。

 家に入ると、既にタイガが床に寝そべっていた。


「タイガ、もう今日のおつとめは終わり?」

「あ、姉ちゃんお帰り。……うん、今日はもう帰って良いって言われたんだ。何でか知らないけれど」


 理由は、分かる。

 多分、ばば様は――最後の時間をくれたのだと思う。

 アガサが言っていたしきたり。それを実践する機会が訪れたのだ……と。


「タイガ」

「何?」


 わたしは何かを言おうとして――それでも何かを言うことは出来なかった。


「……お腹空いたでしょう。ご飯にしよっか」

「うん!」


 タイガは屈託のない――眩しい笑顔でそう答えた。

 時間稼ぎになってしまうのは、分かるけれど。

 今はただ、二人の時間をどう終わらせるべきなのか――考える時間が欲しかった。



  ◇◇◇



 結局、ご飯を作り終えても結論を出すことは出来なかった。


「……ばば様から聞いたけれど」


 眠りにつく直前、タイガはわたしに声を掛けた。


「何?」

「姉ちゃん、もう十四歳だから旅に出る時がやって来たね、って言っていたよ」

「そう……」


 知っていたんだね。だったら、案外話は早いかも。


「姉ちゃんは、気にしなくて良いよ」

「え?」

「いつもご飯を作ってくれるから、そんなこと言われても困るかもしれないけれど……。でも、姉ちゃんには姉ちゃんの人生があるんだし、おれにはおれの人生がある。だったら、旅立ちは悲しいことじゃないんだよ」

「……タイガは賢いね。わたしには考えられないことばかり」


 いや、寧ろ。

 わたしはタイガのことを過小評価していただけだったのかもしれない。


「……お土産話、楽しみにしているからさ」


 タイガは呟く。

 それは、タイガの精一杯の強がりだったのかもしれないけれど。


「うん。有難うね、タイガ」


 わたしは、さようならは言わない。

 だって、また会えるんだから。



  ◇◇◇



 数日後、わたしは村の出入口になる門の前に立っていた。

 あれからばば様に話をして、直ぐに旅立つように言った。

 ばば様も分かっていたのか、直ぐに準備をしてくれた。

 しきたりの上で、旅立ちの際は盛大にすることはしない。あくまでも必ず帰ってくるものであるし、本人を鍛えるためのものであるから――ということらしいのだけれど、やっぱり何処か寂しいものがある。

 門を抜けて村を出ようとすると、門の陰から誰かが姿を見せた。


「しきたりとはいえ、挨拶もなしに出て行くのは辛気臭いよな」

「アガサ……」

「忘れ物があったからさ。これを渡しておかないと、って思って」


 渡してくれたのは、風鳴き笛だった。凹凸のある形をしていて、口から息を吹きかけると、風神様の風の音がする。わたし達はこれをお守りとして、大切に持っているのだけれど……。


「それ、わたしからの餞別だよ。大事に取っておきなよ。わたしもそう遠くないうちに旅に出るからさ。……何処かで会えると良いな」

「うん、そうだね。その時はよろしく」


 こうして、わたし達は別れた。

 永遠の別れでもないのだし、何時までも名残惜しくする必要もない。

 だから、わたしは前を向いて――村を出て行くのだった。



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