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序章(1)

 ひゅうう、と風が吹いていた。


「今日も風神様は元気だな」


 わたしは呟きながら、山を下りていく。

 女の子だからって、生きていくためには働かないといけない。


「……音がする。きっと、そこに……」


 眼前には、ウサギが一羽走っていた。小ぶりではあるけれど、何とか二人分は賄える大きさだ。

 わたしは地面に落ちている石を手に取ると、ぎゅっと握って、目を瞑る。

 そして石を投げる。石は素早くウサギに向かって、命中する。

 ただ石を投げただけではなくて、風を纏わせてネジ巻きのようにすることで回転力と威力と速度が上がる。

 これが、わたしの狩りのやり方。

 石はウサギの頭に命中して、そのままウサギは倒れていった。


「よしっ。今日も完璧だね」


 わたしは――いいや、正確にはわたしたちは、風を使うことが出来る種族だ。

 使うというよりかは友達になる、という表現が正しい。

 わたしの風はこういう小さい風しか吹かせることが出来ないけれど、それでも立派な友達だ。もっと強い風を吹かせることが出来る子も居るし、羨ましいなあって思うこともあるけれど、決して悔しくなんかない。

 倒れているウサギの前で、わたしは小さく手を合わせて頭を下げる。

 食べることは、命をもらうことだから。

 わたしはウサギを手に取って、空を見つめる。

 ひゅうう、と風がまた吹いた。

 今日は何だか風が騒がしく感じる。気のせいかもしれないけれど。


「……とにかく、今日はこれ以上は無理かなあ。戻ってご飯の準備をしないと」


 そうして、わたしは山を下りて麓の村へと帰るのでした。



 ◇◇◇



 四方を山に囲まれた小さな村、それがわたしたちの住む集落だった。古くからわたしたちは住んでいるのだけれど、別に不自由に感じたことはない。

 村の中心まで戻ってくると、後ろから頭を掴まれた。

 そしてわしわしと頭を掻き乱して、


「おう、エレン! 今日の狩りは上手く行ったか?」

「……アガサ。やめてよね、そんなことをするのは」


 アガサはわたしの幼馴染で、いつもはばば様の家で機織りをしている。

 機織りって、難しいから、わたしはあんまり好きじゃない。

 けれども、機織りを見ているのは好きだ。

 がたん、がたん、という音を立ててゆっくりと糸の一本一本が紡がれて一枚の布になっていく様は、見ていてとても面白い。

 どうしてこんな風に出来上がるのだろう、なんて思ったりすることもある。


「エレンも、もうすぐ十四歳かあ。良いなあ」

「どうして?」


 アガサの言葉に私は訊ねる。

 答えは分かりきっていることではあるのだけれど。

 わたし達の一族は、十四歳になると旅に出なくてはいけない。

 目的はただ一つ――『自分』とは何かを知ること。


「……旅に出ようと思っていたって、わたしはここしか知らないし」

「タイガくんのことが心配なんでしょ?」


 図星だ。

 タイガはわたしの弟で、二つ違いの十二歳。まだ一人で狩りをすることが出来ないけれど、頭が良いから風車を作る仕事をしている。

 風車は、この村にとって切り離せないものだ。

 難しいことは良く分からないけれど、動力というものを生み出すために必要らしい。風の力を風として使うだけではなく、また別の何かに置き換えるためのものなのだとか。

 そして、タイガはそんな風車を作る仕事に携わっている。わたしの弟は、優秀な弟だ。


「この村は風神様の加護があるんだから、大丈夫だよ。だからこそ、十四歳になったら自分探しの旅に出よ――っていうしきたりがあるんでしょ。そのしきたりがなかったら、きっとご先祖様は世界を知らなかったし、こんな風車を作ることも出来なかったんだ、って」

「分かるけれどね……。でも、怖くないの?」

「怖い?」


 わたしの言葉にアガサは首を傾げる。


「怖くなんてないよ。だって世界とは何なのかを知ることが出来るんだもん。それを知ることは難しいことなのかもしれないけれど……、仮に何も得られなかったとしても、それは大きな経験に繋がると思うのよ。そうは思わない?」

「アガサは……強いね。わたしは、そこまで考えられないよ……」


 わたしは、今を生きるだけで精一杯。

 いくらこの村が平和だからって、ずっとそれが続くとも限らないし、誰かが必ずタイガを助けてくれるとも限らない。


「タイガくんも独り立ち出来る良い機会だと思うけれどね? エレンは少し、タイガくんに対して過保護なところもあるんじゃない?」

「そうかな……」

「そうだよ、きっと。まあ、全部が全部そうだとは言えないと思うけれどね。とにかく、いつ旅に出てもおかしくないんだし、きちんとタイガくんと話しておいた方が良いと思うよ? これは長年の付き合いがあるわたしからの助言ってことで」


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