暗殺失敗
雨の降る暗い路地裏。今夜は新月なので奇襲はあるかもしれないと思っていたが、この雲では満月だろうと関係なく襲ってくるだろう。1ヶ月僕の周りを入念に観察し、用意周到な準備をした上での奇襲。間違いなくプロの仕事であり、一切の油断も慢心も無い。これが噂に聞く "黒銀" 。裏の世界の者でありながら、表の世界でその名を馳せている暗殺者。
これまでの成功率は100%、黒銀に狙われて生き残った者はいない。それは人間に限らず、亜人と呼ばれるエルフやドワーフ、果ては魔獣や魔人と言われる者も例外ではない。
「けど、今回は相手が悪かったですよ」
目の前には露出が多い黒の暗殺服に身を包んだ少女が一人。ショートカットの綺麗な銀髪が目を引く美少女。両手には根本から折れたナイフ。銀色の瞳に映るのは、一切隙のない自分と同じくらいの歳の少年。しかしその実力は自分とは比にならない。
しかしこれで引く程度ではこの世界では生きてはいけない。策が通じないのは当たり前、その時に備えて二重にも三重にも策を講じるのがプロだ。確実に殺すために、最低でも30のプランを用意するのが少女の鉄則。ありとあらゆる状況を想定し講じる。実力だけではなく、確実に殺すための準備が、少女を世界有数の暗殺者にしたのだ。
「それほどの実力があれば暗殺者じゃ無くてもやっていけたでしょうに。なぜそうしなかったんですか?」
「私はこれ以外の生き方を知らないし、知ろうとも思わない。だからいつも通りに貴方を殺して、自分の存在意義を証明するだけ」
「そうですか。それは虚しいですね」
「それを決めるのは貴方じゃないわ」
少女は折れたナイフを捨てて、袖から新たなナイフを取り出し構える。先ほどよりも重い殺気を放つ少女は、まさに暗殺者と呼ぶに相応しかった。
これからはどちらかの命が尽きるまで終わらない殺し合い。殺気、技術、駆け引き、自分の持てる全て投じなければ生き残れない。そんな死闘が始まる。
はずだった。
黒銀の暗殺において、その死闘が繰り広げられたことは一度もない。その戦いが始まろうとした瞬間、少年の頭を何かが貫通した。
本命は自分ではない。あくまで一人で殺せるならラッキー程度の作戦、自分の戦闘力は目の前の少年ほどではないにしろ、多くの実力者を相手に引けを取らないほどだと自負している。故に自分以外の誰かを警戒している暇などない。
もし警戒できたとしても、まさか半径2000m外で自分を狙っている者がいると誰が思うだろう。正確無比な射撃をかわせた者は誰一人としていない。今日もいつもと変わらない。私はいつも通り目標を本気で殺しにかかるだけ。そうすればもう一人の私が確実にこの少年を殺してくれる。
その証拠に今目の前にはもう一人の私に殺された少年が頭から血な流し死んでいる。今日も私たちは、私たちの存在意義を証明したのだ。冷たい雨が降る夜、もう温もりを失ったであろう彼同様に、私の体からも温もりが失われていく。それが暗殺という行為。誰かを手にかける度に、自分の中の大切な者が失われていく。それでも止められないのは、自分がそれ以外で大切なものの守り方を知らなからだ。
「お疲れ様、ミーシャ。怪我はない?」
もう一人姿を表した少女。黒の長髪に、露出を全くとして許さない黒のハイネックの暗殺服。マントと間違うほど大きな服だが、その体はミーシャと呼ばれた少女と同じくらいの見事な曲線美をしているのが分かる。
「大丈夫よカナリア。さぁ、さっさと報告を済まして家に帰りましょう?」
黒銀の正体、それは二人組の暗殺者であり、姉妹なのだ。相手の意識を集中させやすいミーシャ、暗闇に紛れることのできるカナリア。この二人が暗殺に失敗しない最大の理由は、決して二人組だと誰も知らない事。
暗殺成功率100%。それ故に黒銀が二人組の暗殺者の正体は誰も知らない
「なるほど。約2000mからの超遠距離射撃。それに加えてあれだけの接近術、成功率100%とは伊達ではないというコトですか」
今日までは。
黒銀の二人は状況を把握できないまま、本能でその場から飛び退き先ほど殺したはずの相手から距離をとる。少年には傷一つなく、足元には血溜まりすら存在しない。さっきまで見ていたあの光景は幻だったのだうか。そうとしか思えない現実が今目の前に広がっていた。
「なかなかに強敵ですね。油断していなければしていないほど、貴方たちの成功率は上がっていく。いや、していなかったとしたらそこの貴方に喉元を掻き切られる。よく考えられている」
少年は淡々と黒銀の評価を口にする。それは素直な称賛であり、暗殺者として一流だと認めていることが分かる。だが今はそれどころではない。賞賛されようが貶されようがそんな事はどうでもいい。それよりも
「どうして?貴方は確かに私が」
カナリアはハンドガンを向けて問いかけ、ミーシャはナイフを構え殺気を放つが、その殺気は先ほどとはどこか違う。余裕がないというか、焦っているというか。
「どうしましたか?そのような殺気では気を逸らす程度のこともできませんよ?」
「質問に答えて!私は確実にヘッドショットで貴方を殺した。なのになぜ貴方が生きているの」
「殺した、ですか。あれでは僕を殺せません。現に今貴方たちは学習もせずに僕に背中を取られている」
「!?」
気が付くとその声は二人の背後から聞こえていた。
気づかなかった。いつの間に?油断などしていない、目も離さなかった。なのに、いつの間に背後に少年がいた。先ほどまで少年が立っていたところには何もなく、いつ移動したのかも分からなかった。
勝てない。二人は本能で悟った。今までの経験がそれを否定させてくれなかった。分からない、理解できない、逃げれない、勝てない。暗殺者が失敗した時の道は二つに一つ。
対象に殺されるか。依頼主に殺されるか。
自分たちは死ぬ。そう悟った瞬間、二人の手から武器が離れ地面に落ちる。だがそれでもまだできることはある。自分の命よりも大事な者だけは絶対に守りたい。
「お願い、カナリアは見逃して。その代わり、私を好きにしていいから」
「ミーシャ…?何を言っているの?」
「私はお姉ちゃんだから。妹を守るのは当然でしょ?」
そう言いながらミーシャは少年の前に跪いた。抵抗する意思もなく、本当に命を差し出している彼女は聖女のように美しいとさえ感じられる。
「待って!そんなの私は認めない!ミーシャが死ぬなら私も!」
「カナリア。お願いだから」
「そんなの、いやよ…いや…」
「いえ、貴方たちの命を奪うのは何の得にもなりません。それに人を探してたので丁度いいですね」
「貴方たちには僕の秘書になってもらいます」