第87話:星の鼓動は愛02
「何が好みだい? 着せ替えから絡繰りまで揃えているよ」
「魔術的な品物も?」
「あるにはあるが嬢ちゃん買えるかい? 不便はなさそうだけど大金持っているようにも思えんよ」
実際にさほどは持ち合わせもない。適当に駄弁ってお茶して帰る程度だったから。
シックな店内で、陳列している人形を眺めやる。向こうの世界にも人形師の知り合いはいた。人の形と書いて人形。その魔性に晒された魔術師は、その魂までも造形に略奪される。実際に魔力で動くオートマトンも製作されていたし、認識としては現代文明のロボットよりも技術的には先を行っていたようにも思う。単に隙間の神が神秘現象に補填をかけて、結果超常的なオーバーテクノロジーが生まれたのだとしても。
「翁は人形が好きなので?」
「そうだな。魂の蔵。不変の美貌。そんな在り方には憧れる」
人形に不変性を求める……か。実際にオリジナルというモノを信奉していない現代魔術師にとって、人と人形の違いもよく定義は出来ないんだけど。
「魔導カラクリ……は値が張りますね」
「中央に行けばもっと値が張るさ。ここだからこの値段で済んでいる」
「ご尤も」
ビッグバンクの統制がある都市部でなら、たしかに価格もつり上がるでしょう。ただその分クオリティも増すんでしょうけど。
「そっちからが魔道技術だ。とは言ってもわしが仕入れられる物品相応だがな」
「へえ」
色々と不可思議な造形が並んでいました。人形としての人型から、動物、無機物、意味不明なモノまで。オートマトンほど高性能では無いにしても、一点特化型の機能性は目を楽しませます。
「魔術師ってのはそんなに利便なモノかい?」
「うーん。基本的にこっちの魔術師が何を目標にしているのかもよく分かっていませんし」
「お嬢ちゃんも魔術師だろう」
「現代魔術師にとっては魔術の理論そのものが命題ですので」
「?」
「いえ。何でも」
「???」
「でもそうですね。これもタイミングですし記念に何か人形の一つでも――」
――買っていきましょうか。
そう呟こうとして、ふいに目がとまります。どこか時間ごと凍り付いた印象は拭えず。
多分イメージとしては凪。無風の感情が、人形店の一角を静かに支配していました。
「えーと」
その空気に気付いて恐る恐る眺めやると、等身大の人形が。
「うわお」
その精緻な在り方に感嘆を。カラクリ。むしろオートマトンですか。人として完成しながらも、無機物としての不変性を兼ね備えた芸術品。アゴのラインや肘関節、腰のラインなどに切れ目が入っており、そこから歯車機構が覗き見られる。しかも身長は私と同じ程度。今でこそ歯車は動いていないですけど、そのつぎ込まれたエントロピーは察するに余りあります。多分こうやってダイレクトストーカー以外で言えばオーバースペックのオートマトン。それも人形としての不変性と神話性すらも獲得している技巧です。
「えっと……これは」
「ああ。それな。なんでも伝説の人形師が造った逸品らしくてな。カラクリ構造を隙間から眺めるに多分自律人形なんだろうけど欠陥品の烙印を押された売れ残りだ。うちに於いていても埃を被らないように陳列するくらいしか出来なくてなー。然る筋にも話を持っていったがお手上げと言われた。そもそもその人形はカラクリながらゼンマイが存在しない。つまり動力を内蔵していないから、どれだけ歯車機構が精緻でも、動くことのない人形なんだ」
値段的には届かないわけではない。お茶の時間が楽しみだったんだけど、この人形を買ってしまうとスッカラカンだ。
「しかし……」
流石は異世界。基準世界ではどう考えても魔法検閲官仮説が働くところなのに、こんなアーティファクトが平然と売られている。
「お幾らで?」
「二千くらいだな」
ちなみに経済爆発と信用創造が為し得ていない今のこの世界では二千は十分に大金だ。もっとも他の魔道技術はこの三倍から十倍は値段がついているので、扱いに困っているという話も本当なのでしょう。地金手形で清算すると、私はその人形を買い取りました。
「本当に買うのかい? 動力のないカラクリなんて観賞用にもならんよ?」
「大丈夫です。この人形を造った人は天才ですよ。現代魔術の人形師と比べても遜色がない」
「そうはいうが」
「良い買い物をしました。では」
スッと人形に手をかざし、魔力を発露します。
「――現世に示現せよ――」
虚無から量子が溢れ出て、振り幅によってエネルギーに遍路する。魔術に於ける足し算の理屈だ。野良量子の刺激が、おそらく起動の鍵。この人形に使われているのは、多分だけどクォンタムギア。量子的にビットを演算する物理機構。魔術にのみ許された工学技術で、私はイクスカレッジでその特性については講義を受けていました。かなりハイレベルな量子力学とロボット工学……ついでにカラクリ技能と魔術運用……なによりチャーマーズアクチュエータの理論を抑えていないと運用も覚束ない人類でも最難関の御業と言えます。
「――――――――」
ギギ。
歯車が動き出します。のっぺりとしたマイナスチック製の顔が動き、そのシルバーホワイトの波打つ髪が煌めくと、蒼玉の瞳に意思が宿ります。
「起動確認。捜査ラン。終了。エラー箇所なし。エンジン問題なし。クォンタムジャッジ正常作動。どうもこんにちは。良い天気ですね。貴女の名前はなんでしょう?」
「トールと申します。トール=アラクネ。失礼ながらお手前は?」
「欠陥品。そう呼ばれますマイマスター。貴女が私のマクスウェルデモン機関に火を入れたのですか?」
「そう相成りますかぁ」
いったいコレを作った人形師はどの方角を向いていたのやら。現代魔術でも再現困難なオートマトン。認識と判断はクォンタムギアで可能だが、其処に至る道程が意味不明にもあまりあってございます。
「立てますか?」
「マイマスターのご命令であれば」
人と呼ぶには機構が人形として表現されているので難しい。けれどこうまで高度な事象判断を持つ人形を果たして人ではないと断じることも出来るでしょうか?
「動かしたのかい? 嬢ちゃん」
店主の翁が唖然としていました。
「多分この子然るべき筋に売ったら豪邸立ちますよ」
「なん……ッ」
「司法取引フィニッシュで」
そんなわけで私は手に入れたオートマトンを従者のように連れたって、散歩を再開するのでした。




