第86話:星の鼓動は愛01
「ねぇねぇ。君可愛いね~。お茶でもどう?」
「あら。ありがとうございます。けれどまたの機会に」
穏やかに私は笑んで躱します。
今日の私はゴスロリ衣装でした。黒を基調としたフリフリのドレス。その色に似合う濡れ羽色のロングヘアーにはゴシックのカチューシャが装備されております。端的に言って浮世離れした女の子。性別に是非はあるんですけど、総約するとそんなところ。
ニコニコ笑って世間を儚む女の子を演じていました。
今日は日曜日で学院も休み。フィーネとの決闘も時間が空くので、休日なのに予定がなく、しょうがないので買い揃えたゴスロリ衣装で学院都市を散策することに。ちなみにジュリアンは隣に居ません。今日に限って云えば一人で散歩を楽しんでいます。
学院都市は中々興味深いです。全体的に木造と石造による建物の混成。中心部に近付くほど後者に偏り、屋敷や公共物が増えます。ちなみにジュリアンの屋敷も中央付近。一応アレで一国の王子様ですので。で、私が今歩いているのはちょっと外れの方。いつもは滅多に近付かないので、一人での散歩に冒険心をない交ぜて。
「ちょっとー。それないんじゃない? こうして声かけてんだからさー」
「タイプじゃないので」
で、まぁ、卑下しようにも自覚ある可愛さなのでナンパも受けたり。女装していると、やっぱり嫌らしい視線って奴は突き刺さります。というか女装しなくても突き刺さるんですけどねー。
「別にお茶くらい一緒してもいいじゃん? 別に襲おうってわけじゃないんだから」
「瞳はそう言ってませんよ?」
純粋に打算の弾かれた目だ。
「これでも紳士なんで」
「はあぁ」
こっちも男なんですけど。
まぁ政治上バレるとジュリアンに迷惑が掛かるので言えないんですけどね。
「それにこんなところに来るくらいだ。少しは冒険したいんだろ」
「それはまぁ」
どうにも『冒険心で治安の悪いところに顔を出した貴族令嬢』と思われているようで。というか侮られている?
「なんならハーブとか試してみる? そこそこ融通効くぜ?」
「薬系は要らないですねー」
魔術を覚える際に幾つか試してみたけど、私とは趣味が合いませんでした。
「じゃあ行こうか。俺が案内してやるよ」
「だから謹んでごめんなさい」
「あのさ。そっちに決定権ないのよ。自覚してる?」
「だからってホイホイついて行くような尻軽襲って病気が怖くないんですか?」
「へえ? 生娘じゃないんだ?」
たしかに処女ではありませんね。
「じゃあ大人の付き合いも分かるっしょ?」
「分かりますけど、もっと純情派の方が好みなので。女性慣れしている男性は興味範囲外ですなた」
「じゃあ端的に言うけど。いいから黙ってついてこい」
袖から刃物を取り出すと、ナンパ男はこっちに突き付ける。
「傷物になりたくないだろ。一発やったら解散してやるから脱げ」
「猿とセックスしても楽しくありませんし」
交合にも情緒は必要って言うのが私の意見。ビーストまでは否定しませんけど、もっとこう愛を語らいたいのも本音で。
致し方ない。
「――前鬼戦斧――」
魔術の演算を唱えます。ズバンッと斬撃が起こり、地面に爪痕を残し。一直線に切り傷が地面を走ります。
「魔術……」
「こっちの世界でのものとは相違しますけどね」
元々あっちの世界の魔術は時間の並進対称性のやぶれです。
「さて、強引なナンパも愛の内ですけど……御御足の一本くらい失う覚悟はあるのでしょうね? その愛に賭けて」
覚悟があるなら言うことはないんですけど。
「わかったよ。顔に似ず怖い嬢ちゃんだ」
認識改めるならソレも良い。
フイに治安悪い那辺のところ。ちょっとした店のガラスが光を反射します。
「わお」
我ながら自画像に惚れ惚れ。黒髪ロングというキレッキレの特徴にゴスロリまとった萌えの体現者。出しなにジュリアンも可愛いって言ってくれたけど、やっぱりオシャレって自分が認識して可愛いのが一番です。実際に男にナンパされる程度には萌え萌えで、そんな自分が私は好きです。男を翻弄する魔性の男の娘。
ジュリアンさえアレだったら、もうちょっと不謹慎な恋愛をしていたかもしれません。
「フフ」
ガラスの向こうで光像が微笑みます。ちょっと可憐でちょっとお淑やか。
「嬢ちゃん。貴族かい?」
なわけで、そんなガラス越しに自己投影を眺めやっていると、木枯らしのような声がこっちに発露されました。見れば木造の扉が開いて、建物の中から翁が一人。
「平民ですよ。ちょっとした」
「にしてはハンドメイドの服着てるね。商人の家系かな?」
「いえ。まぁ。パトロンがお金持ちで」
これは嘘では無い。
「あんまりここら辺はうろつかない方が良い。魔術師だとしても殺されれば死人に口なしだ。御令嬢とも為れば死体を犯したいと狙う輩もいる」
「翁もそんな一人で?」
「もう枯れてるよ。昔のように恋愛に剛毅にはなれんさ」
そう言ってピッと扉の上を指差す。
「人形ハウス……」
そう刻まれた看板がありました。
「ガラス越しに店内物色していたろ? 貴族令嬢にご満足できるかは確証もないが、いちおう取り揃えておるでよ」
「人形ね」
よく見るとガラスから店内が覗ける。私は自分の像を見ていたのですけど、店主の翁は貴族令嬢が自分の店に興味を示したと捉えたようで。




