第84話:私の愛馬は凶暴です14
「なお良い香り!」
「酩酊する!」
「酒でもこんなには酔えない!」
「というかトール殿下そのものが極上の美酒!」
「ああ! 吾輩も酔いたいし酔われたい!」
「多分抱いたら薔薇の花束より鬱蒼と香り立つにゃ!」
だから何でモブリアンの側に立つかなアルマは。
「なわけでトール氏を離せジュリアン殿下!」
「絶対嫌」
グイとリードを引っ張って、征服欲を満たしつつ、こっちの頬にキスをする。
「ああ、甘い」
それはようござんして。
「くぅう!」
「希代の美少女がダメ男に屈伏する!」
「なんてシチュエーション!」
「吾輩のアイドルが寝取られる!」
「至高の存在が言い様にされる!」
「屈辱的なのにこの身を満たす不思議な感覚はなんだ!」
多分ネトラレ属性だと思いますよ。
「じゃあ行くぞトール」
「首輪を引っ張らないで」
「だってトール人気すぎるし……」
あ。こっちも拗ねている。
不機嫌そうなジュリアンも可愛らしいけど、申し訳なくもある。
「ジュリアン! 我と決闘をしろ!」
で、またビシィと指差されます。
「何を賭けて?」
「もちろんトールお嬢様だ! こっちが勝ったらトール様は我らを踏んでくださる至高の存在にしてもらう」
もうソレって男を踏むだけの機械じゃないですか?
「こっちが勝ったら?」
「その時は我を好きにせよ!」
「じゃあ却下で」
「逃げるのか!」
「いや。そもそもトールを好きにできる権利持ってるのに失う賭けなんて乗れないぜ。しかも勝って好きにしろとは言うけど、好きにしたくないし」
「ぐぅ!」
「トールはベッドの上では可愛い声で鳴いてくれるしな」
「貴様は! 貴様はぁ!」
なんかもうジュリアン以外の学院そのものがトール女史ネトラレ案件に沸騰している気さえしますね~。
「ではそも貴様を排除するまでよ!」
「どうやって?」
「覚悟せよ! 不義理の男を誅伐する!」
エントロピーが逆転する。
あ、コレはマズい。
「――フレイムスフィア!――」
こっちの魔術基盤に則った……古典的な魔術。この世界での魔術とは世界に設定されたシステムを読み解くことで発現する。つまり魔術師が誰であれ、現象は画一化する。
「――千引之岩――」
その炎を私の障壁魔術が受け止めます。灼炎が花開き、灼熱が発破する。
「何故邪魔をするトールお嬢!」
「いや。ジュリアンは私の身体だし」
「そんな卑猥なッ?」
「私はジュリアンの剣ですよ。ジュリアンが望む物を切り捨てる。ジュリアンの望む物を千切り取る。ジュリアンの望む物を提供する。ジュリアンが私に身体を提供する限り……私はジュリアンの持つ刃の一刺しとなります」
「いやん。トールったら……」
で、やんやんと両頬に手を添えてかぶりを振るジュリアン。ちょっとジュリアとしての側面が漏れ出ていますけど、まぁ見ない方向で。
「そんな欠陥品に身を委ねますな!」
「とは申せども、まず彼の願いが私のレゾンデートルですので」
ジュリアンの隣に立つこと。ジュリアンを尊敬すること。ジュリアンの目線でモノを見ること。ジュリアンの勇気を温めること。
「我らトール様に踏まれ隊を蔑ろにしますか!」
「まぁ後付けですし」
「そんな辛辣な貴女も素敵!」
あ。逆効果だった。
「そんな貴女だから踏まれたい!」
「蔑ろにしてほしい!」
「侮蔑的に見られたい!」
「罵られたい!」
「冷たく切り捨てられたい!」
大丈夫ですか。この人たち。
「なわけで勝負だにゃ! ジュリアン殿下!」
「だからそっち側に立たないでくださいよアルマ……」
「それに俺様すでにアルマの妹御にケンカ売られてるんですけど……」
「そっだったにゃ」
なんでも準備があるとかで、スケジュールの調整から始めなきゃいけないそうな。たんに殺し合うだけなら寸刻で出来るんですけどね。
「なわけで排除させて貰います!」
強硬派は聞く耳も持たないようで。




