第80話:私の愛馬は凶暴です10
「つまり魔術には詠唱と宣言の二つが存在し。特異点の魔力を以てこれを現象界に具現するのが魔術と呼ばれる御業です。願望機ストルガツキーの奇蹟を叶える力の一端とされ、この世界に設定された裏技が認識の元となり――」
云々かんぬん。
プシュー。
私は机に突っ伏して頭から湯気を立てていました。理解不能にも程がある。ストーカー養成学院での講義。魔術学で習ったことは、私の魔術論に一石を投じます。
「分かったか? トール」
「理解不能」
こっちの世界で言う魔術は、まずそもそも選ばれた人間の特権。世界の裏側に設定されたストルガツキー術式基盤……つまり魔術の設計図を認識し、それを特異点の魔力で出力すること……と今度は生徒の出て行った教室でジュリアンが教えてくれます。
「で、魔術には火、水、土、雷、風の五種が存在し」
「属性まであるんですか……」
「え? トールの世界にはないのか?」
「無いとは言いませんけど時代後れの産物です」
「でも根源を区分けしないと世界認識が」
いや。そもそも根本に於いて五種の現象で説明できるなら元素周期表を中学生が覚える必要がありませんから。
「そうなのか?」
「例えば水なんて水素と酸素出来ていますけど、要するにコレは水素を燃やして出来る物質です。つまり火と水は相互性がありまして。そもそも水が火によって燃えないのは、既に水素が酸化している……つまり燃え滓だからです」
「水が燃え滓……」
「ちなみに雷はエネルギーで物質としての土や水とは根本から乖離する現象です。風は大気の密度と流動による物で、別に世界の根源とは何の関わりもありません」
「しかし五大属性で魔術は出力されるしなぁ」
そこがちょっと分からないです。
「魂で呪文を詠唱し、言葉で術名を宣言。コレによって魔術を発動するのがこっちでの魔術の理屈だぞ。もちろん詠唱は意識の中で出来るから、実際に見ると術名の宣言だけでやってる感はあるがな」
「ジュリアンも?」
「まぁ魔力は感知できるぞ」
其処も分かんない。
「にゃー。トールは魔力感知出来ないにゃ?」
「アルマの、その当然のように現われるクセどうにかなりません?」
「トールに踏まれたいから……」
奇特なお人で。
踏み踏み。
「にゃぁん」
「屈辱的じゃないんですか?」
「ありがとうございますにゃ」
「でも魔力を感知できなくて、そもそも魔術は使えるのか?」
「出来ますよぅ。というかそもそも魔力って何……って話にもなりましてぇ」
「前もそんなこと言ってたな」
「魔術のエネルギーじゃにゃいにゃ?」
「じゃあ聞きますけど火にも水にも土にも雷にも風にもなれるエネルギーって何ですか?」
「むぅ……」
「にゃ……」
魔力。
端的に述べるとあまりに安易だ。魔術を使うための力。では万象に成り代わるその力が何なんだと言われると、属性魔術の理論は破綻する。
「トールの世界では魔力って定義されているのか?」
「まぁそこそこねぇ」
「そう言えば特異点じゃない場所で魔術使えるよな」
「そうにゃのにゃ?」
そうなのです。アルマの疑問に素直に頷く。足でグリグリ。
「じゃあ魔力って何にゃ?」
「いくつか候補はあるけども、私が支持しているのは素粒子ですねぇ。もっと言うと量子」
「漁師?」
量子です。
「端的に言って、これ以上分解できない最小単位の存在ですよ。あらゆる物質、エネルギー、空間が持つ存在濃度。これを意識で操作できればつまり理論上あらゆる現象が起こせる」
「素粒子」
「だからジュリアンやアルマが魔力を感知するというのが納得いかないんですぅ。そんな最小単位を区分できる感覚器があるならもうちょっと人間って賢いですよぅ?」
「にゃー。でも特異点とソレ以外の場所に認識を改めるのも事実だにゃ」
「それなんですよねぇ。つまりこっちの魔力は素粒子では無い可能性がある。もっとも魔法そのものはこっちでも変わらないみたいですけどぉ」
「魔術は違うって言ったにゃ」
「魔術ではありません。魔法ですぅ」
「何か違うのか? 俺様としても今更識別もしないものだが……」
「いや。講義する程でもないんですけどぅ」
とはいえ説明は必要ですか。




