第60話:少女が見た流星03
「あの流星がトールだったのか?」
星空を眺めて煌めく流星を見た少年……ジュリアンは宿の部屋の中で驚きを示した。異世界召喚に際して大気圏突入をする無謀さはまぁコッチとしても呑み込めなくて。色々と言いたいことは在れども、そもそもこっちの世界では魔術を使える場所は限られるとのこと。
つまりこうやって縁を結んだジュリアンとの邂逅に演出を加えるなら空から降ってきたというのも少し納得は行きます。
「特異点……ねぇ……」
ここで根掘り葉掘り聞いてもしょうがないので、サラッと上澄みだけ世界のルールを知る。
ことほど理解の又従兄弟程度には認識も追いついた御様子で。夜の山中を何故ジュリアンが身を置いて、そこに賊が現われたのか。こっちとしても事情の把握に賊らの語り口が有用だったので助かったと言えばその通りなんですけど、普通に疑問も覚えます。
「騙された……というか嵌められたというか……」
なんでも政治的に敵対する勢力がおり、其処を衝かれたとのこと。もともとは知人を訪ねて長期休暇で遠出したところに、裏で金銭を受け取った護衛の一部が裏切って……という具合。つまりさっきの賊が元々彼の護衛を買って出て山中人気のないところで殺そうと。
「しかもサクラメント持ち」
肩の高さで両手を開き、勘弁といった心地でジュリアンは言葉を吐きました。
「貴族の馬鹿どもがこちらで護衛を用意しますと言ったときは何の冗談かと思ったが……まさか俺様を暗殺するためのものだとは」
「迂闊ですねぇ」
「政敵は多いからな」
「貴族の私設軍が一部暗躍してあなたを襲ったと」
つまり、
「政敵というと、もしかしてあなたはぁ」
「ルミナス王国の王子だ。ちょっと政治的に問題の在る……な」
空を眺めつつ、彼は疲れきった声を絞りました。
「でもよかった。あの流れ星がトールで」
「こっちとしてはシャレになってないんですけどねぇ」
「ていうかあんな空から落下して大丈夫なのか? 痛むところは?」
「大丈夫ですよ。普通なら死んでますからぁ」
「そ、それもそうだな」
あ。若干引いてますね。
「それで先の『助けて』……って何だったんですかぁ?」
もちろん王子様なら政治事情もあろうけども。
「あーっと……そうだな。異世界の客分にどう話したものか……」
「難しい話でぇ?」
「いや。単純に人手が欲しいってだけなんだが。あまりに情けなく……」
「ふむ」
「それにトールは女性だし」
「可愛いですか?」
「うん。綺麗だぞ。特にその艶やかなロングヘアーは芸術だ。黒なんだが光の反射で青っぽくも見えるよな」
鴉の濡れ羽色……と日本では言います。黒髪ロングってステータスだ。
「元々髪には霊的な力が込めやすいと私の世界では信仰されていまして。子どもの頃から伸ばしているんですよぅ」
宿のサービスでハーブティーを飲みつつ、爽やかに述べ奉る。
一応巫女としての側面有りきで。
「で、まぁアンドロギュノスを動かしたいんだが一人ではどうにもならず……」
「アンドロギュノス」
その言葉は知っていました。魔術師なら一度は聞く観念です。
「何ですかぁそれは?」
「魔法遺産の一種だ。俺様が王国から譲り受けたオーパーツだな」
「要するにアーティファクトですかぁ」
つまりそのオーパーツを動かすには一人じゃ辛いと。
「他の方に応援を求めなかったのですかぁ?」
「色々と不都合があって……な」
俺様主義かと思えば案外繊細チックな箇所もあるらしいですね。
陽気に心地よい春を感じつつも、風の冷やっこさはもうちょっと何とかならないか。
「私ではダメなのですか?」
「いや。可能性はあるんだが……俺の願いをストルガツキーが叶えてくれたのなら……多分……きっと……」
「願望機でしたか。その願いを聞いた気がしたのは錯覚では無かった……とぉ」
そういうわけで。
ハーブティーを飲みつつ歓談し、願望機ストルガツキーの考察を交えつつ時間を潰しました。山道からコッチ馬車に拾って貰うまでは歩きだったので疲労はなくとも汗はかきます。幸いにも此処には温泉が引いてありまして。死火山があるので温泉には困らない土地柄らしく、私の綺麗好きにも合致した宿でした。




