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第57話:プロローグ


 例えば感情というものは不安定ながら揺れ動くものだ。そこに定型は存在しないし、およその確定もない。決まった反応を返すだけなら感情がなくても人は生きていける。殴られたら殴り返せば良いのだ。けれど時に人は感情を持て余す。殴られても我慢する人も居れば、右の頬を殴られたら左の頬を差し出す者まで。その無意義さを罵る人間も居れば、貴重な愛を見出す者も居る。結局、個人の人格と前後の損得によって感情と呼ばれるモノは無限に形と色とを変える。


 私にとっても読めないものがこの不定形でした。


 どうしてこうもあらゆる物理法則を裏切ってくれるのか。あるいは非線形が量子コンピュータで再現出来れば、この問題にも決着は付くのでしょうか。


 愛情。恋慕。憎悪。義憤。赫怒。哀惜。後悔。損得。


 あるいは面従腹背。


 それらの感情が一から生まれ十を創る過程で全ての人間が一致するならまだしも世界は分かりやすかったでしょう。


 けれども殴られて愛を感じるものもいれば、細やかな挑発に憎悪する者もいる。いや、そもそもに於いてどんな損得勘定が働いたか……他者に厚意では無く挑発を向ける人間というのが社会的な生物の根幹に於いて矛盾をきたすのだ。


 ある一つの行動に際しても、愛憎が入り乱れるのが人間で、霊長で、人なのだ。


 私なんか殴られたら相手が土下座するまで殴り返すんですけど、中には黙って我慢する輩もいる。それらを比較するだけでも人間の多様性はどうにも深淵だ。


「怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ」


 ニーチェはそんな格言を残した。


 それでもその深淵。算出不能の感情によって人の文明は営みを続ける。何時だってそこには無数の感情があって。だから不規則にドラマは生まれる。


 由もないことを語りすぎました。


 でも私がこの場で思ったのは、そんな感情……もっと言うと願いと呼ばれる意識を耳にしたからです。


『助けて』


『誰か私を助けて』


『ああ。せめてお星様。この孤独を払拭能われば……』


 世界の那辺。


 私の持つ耳はあまりに標準なれど、希に願いも聞こえてきます。何処の何奴が何時ささげた祈りかまでは知りませんけど、私の心に陶酔にも似た酩酊を与えて久しい。


 それが私だからそうなるだけで、人によっては他者の願いは疎ましいと思う者も居るでしょう。私以上に「助けなきゃ」と思う者も居るでしょう。あるいは儚い願いと一蹴する者もいるでしょう。ある種の一つのテーゼに対して人は無限のアルゴリズムを持っています。では皆一様にすれば問題がないのかと言われるとソレも困ってしまいまして。多様性というのは人間に限らず生命の根幹にして生存戦略。多く在るということは、この世の画一の攻撃から身を守る意味で有益な一手ではあり申し。


 みんな違ってみんな良い。


 ――結局そうなるのでしょうか?


 私はどうすべきでしょうか。


 耳を塞いで無視? 願いを叶えるために身を運ぶ? その不幸を嘲笑う?


 どれも出来る気はします。


 けれどもこんな感情さえ現代魔術では再現可能な事象というのは皮肉に過ぎて。


『俺様の王子様』


『星の王子様』


『マイプリンス』


 そんなご大層なモノでも無いんですけどねぇ。


 私はその不定形に形を与えました。


「うん」


 心は少し春風で。暖かながら涼やかで。サバイバーと呼ばれるのもおかしくないほど厄介事には巻き込まれ。


「アーカーシャクローニック……」


 全てが運命だとして、では何故そんな複雑煩雑な思考をアークは人間にお与えになったのか。というかこんな宇宙のちっぽけな地球に人間原理を適応して。


 そう考えることすらも私固有の感情で。


「ああ。感情すらもアリスメチックならまだしも平和だったろうに」


 好意を向けても悪意で返されることがある。


 悪意を向けても慈悲で許されることがある。


 慈悲を向けても無情で殺されることがある。


 結局のところ神のみぞ知るわけで。


 この宇宙が全て再現可能な現象とは魔術の基礎なんですけど、それでも恒星の公転を演算できるアリスメチックが人の感情の複雑さを数式に出来ないって言うのもなんだかなぁですね。


「ああ、きっと」


 だから世界は舞台で男女は役者。


 シェイクスピア曰く。


「それでも」


 もしも不幸に嘆く女の子がいて、それを嘲笑う悪意があって、そんな誰も悼まない不幸だけが在るのなら……介入するのも悪くないかな……なんて思えて。


 自己の必然……ではありません。


 私にだって複雑な心地はありまして。思う心はプラスとマイナス……並びに虚数軸にも展開可能。そのどれを選び、どれを捨てるのか。


『いつも一人ぼっちの俺様に……友達を……』


 多分ソレは同情で。


 多分ソレは施しで。


 多分ソレは上から目線で。


 でも何よりも雄弁な助けたいと願う心で。


 愛を演算不可能とするこの世界で、ただ胸に燻る熱だけがこれから先を想起させる。


 遠からん者は音に聞け。近くば寄って目にも見よ。


 これは一人の意地っ張りが一人の愚物に愛を求める話です。


 御代は聞き終わってからよろしく御願いします。


 そうですね。


 まずは星の大気圏に突入するところから。


 この遠からず燃え尽きるはずの帚星に願いを込めた少女が……そんな流れ星を見たことから話しましょうか。


 でもやっぱり感情同様に願いも理路整然とはしておらず。人が変われば夜空の流れ星に託す願いも十人十色。


 いやほんと。生物の多様性というものは、こうまで複雑緻密にする必要があったんでしょうか?


 ボッと大気摩擦が熱を持つ。


『助けて!』


 そんな有り難がられても、裏切られたときに反動が酷くなるだけな気もしますけどね。


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