第54話:乙女に神風の舞い降りて17
「というわけで」
僕が言葉を発する。
「堂々立ち会われんことを」
パワー砦の山脈を越えて東方。
国の砦のすぐ近くまで来て僕は威勢よくそう言った。正確には僕の意識を乗っ取っている神風が……ではあるけど。
漆黒の鎧武者。
名を神風という僕専用のダイレクトストーカーは退魔剣正宗と斬撃剣村正の二刀流で構えて、てんやわんやする蒼の国の砦からダイレクトストーカーが現れるのを律儀に待っていた。
その間に解説しよう。
退魔剣正宗は先にも申した通りアンチマジックを具現した剣である。
正確には鋭い二等辺三角形の三角柱に簡素な柄をつけただけの代物だけど、この剣に触れた魔術は雲散霧消する。
もう片方は斬撃剣村正という。
柄こそ物理的な物だけど刀身は紫色に光る信号兵器だ。
外観だけなら紫色のライトセイバーやビームサーベルを思い浮かべてもらえればいいだろう。
もっともああいったエネルギーによる刀身ではなくあくまで信号兵器であり、一定条件の出力をこそ可能とする剣と呼ぶにはいささか心もとない剣ではあるんだけど。
ところで子どもの頃ホールケーキを包丁で切り分けた時に包丁の厚みの分の質量は何処に消えたのか悩んだことがある。教養を身につけた今なら結論として包丁によって鋭利に圧縮されたのだと知っているのだけど……それは果たして本当の意味で「切った」と言えるだろうか。
そんなことを思う。
だけど現時点において斬撃とは高密度の圧縮か削減を指して言うものだ。
理屈として神風の持つ斬撃剣村正はコレと乖離する。
村正は信号として物体を通過すると、通過した質量の分子間力を零にするのだ。
圧縮でもなく削減でもなく、分子と分子を切り離す分断。
すなわち完全な形での斬撃。村正はそれを可能とする。
しかも信号兵器だ。
物理的な防御などスルリとすり抜けて通過した質量を剣閃に沿って分断せしめる。
つまり現状防御不能の剣なのである。
試したのは今回が初めてだったけど上手くいったらしい。量子テレポーテーションや超弦励起を持ち出しても良かれ。
蒼の国の砦から哨戒任務に就いていたダイレクトストーカー二機を切り捨てたのだから。
ちなみに諜報部員によると蒼の国の国境砦のダイレクトストーカーも計七機らしい。
二機を切り捨てたのだから残りは五機。そして僕は律儀にダイレクトストーカーの出動を待っている。
何のためかって? リスクとリターンをアンバランスにさせるため以外にあるまい。
閑話休題。
「その意気や良し」
答えて赤と青と黄と緑と白のダイレクトストーカー計五機が現れた。
たしか聞いた限りだとナイトシリーズと呼ばれる蒼の国の特別機らしい。
それぞれが勇ましさと高潔さとを並列させた……正に騎士の如きダイレクトストーカーだった。
ちなみに大佐のヴォジャノーイもあるはずなんだけど、どうやら今回の戦いには加わらないようだ。
白いダイレクトストーカーが僕に問うてくる。
「哨戒していた友機はどうした?」
「無力化させてもらいました」
「ほう?」
挑発だろう。いやまぁ事実だから皮肉られたところで何か感慨を覚えるものでもないのだけど……。
「燈の国にこんな芸達者なストーカーがいるとはな」
「畏れ入ります」
「要件は……聞くまでもないか」
「はい。フォースを返してください」
「断る……と云ったら?」
「力尽くでも」
「中々の騎士道の持ち主だ」
くつくつと笑っているつもりなのだろう。
白いダイレクトストーカーは肩を震わせた。
ちなみに言わせてもらえれば僕に騎士道は存在しない。侍としての武士道さえもない。
あるのはただ最小の労力で最大の戦果を……である。
あくまで敵のダイレクトストーカーの起動を待ったのは都合上しょうがなかったからと言っても過言じゃない。神風はヒュンヒュンと正宗と村正を振るう。
うん。
いい感じじゃよ~。
「愛洲陰流、上泉伊勢守信綱が神風……参る!」
そして神風は加速した。
「ファイヤーフォール!」
「ウォーターランス!」
「エアエッジ!」
「マテリアルショットガン!」
四色のダイレクトストーカーが僕目掛けて魔術を放つ。
運動強化。
僕は高く跳躍することでそれを避ける。
「速い!」
当然だ。
元より魔素魔力変換効率がこっちの世界の人間の数百倍。加えてスケールリミッターの開放によって多量の魔素を獲得し、なお神風の表面積は他のダイレクトストーカーの二倍から三倍に匹敵する。
魔術そのものはただの運動強化だが、それはこの世界においては致命的な意味を持つ。
着地場所は敵機のまとまりの側面。
正面から側面にまわることで一対五の状況を、一対一の五回に振り分けるのだった。




