第51話:乙女に神風の舞い降りて14
哨戒任務二日目。
僕たちは山道を歩いていた。燈の国と蒼の国の国境(少なくとも燈の国が定義しているソレが、ではあるが)は山……と云うより山脈によって引かれている。無論山深くに入ってしまえば敵兵との遭遇確率が指数関数的に増加するため山の二合目くらいまでを哨戒することになっている。別段僕にとっては苦行でもなんでもないんだけど。
「お兄ちゃん」
「あいあい?」
「魔力頂戴」
「あいあい」
僕はアリアとキスをして魔力を注ぎこんだ。少なくともアリアが神風に変形しうるだけの魔力を供給する。そして再度山道を歩く。
「……むぅ」
「ですわ……」
フォースとミシェルの視線が痛かった。別にアリアにキスしたからって君らが嫉妬する理由にはにゃらにゃいんじゃにゃいかにゃ……とは思うものの恋心が制御できるのならばハーレクインロマンスなぞ存在しないわけで。結局のところ黙秘権を行使する他ない僕だった。なにこの背徳感?
「あーあ」
クイと水筒に入っている水を飲む。口内を湿らせて嚥下。
「つまらない任務だなぁ」
と言いたかったけど、
「…………っ!」
僕の言葉は雲散霧消して絶句と相成った。僕の結界に反応する重低音が鳴ったのだ。金属の噛み合う音がする。駆動音もする。なにより機動に際する地面の振動が明確に敵の正体を伝えた。完全にこっち側の認知外。僕の五感触手にだけヒットしている。
「フォース。ミシェル」
「……何?」
「何ですの?」
「逃げて」
「なにゆえ?」
「なにゆえですの?」
「敵襲だよ。ダイレクトストーカーが三機」
「っ!」
フォースとミシェルは予想通りに絶句した。
「ちっ!」
と舌打ちが聞こえてきた。ダイレクトストーカーから。それも蒼の国のソレではなく味方機ヴォジャノーイからだ。
「聡い餓鬼だ……」
大佐の声には忌々しささえ浮かんでいた。ヴォジャノーイの巨大な手にフォースは捕えられる。
「アリア!」
「動くな!」
アリアが神風に変質するより先に脅しが効いた。
「少しでも抵抗すればフォースは握り潰す!」
大佐は口調すら変わっていた。そして大佐のダイレクトストーカーたるヴォジャノーイはフォースを握りしめたまま蒼の国の三機のダイレクトストーカーと合流する。
僕とミシェルとアリアは呆然とする他ない。
「大佐?」
アリアが責めるような視線をやる。
「なにゆえ裏切りを?」
「言ったであろう? パワーの下にいては出世が出来ないと。パワーの泣き所であるフォースの確保と燈の国のフェアリーシリーズであるヴォジャノーイの献上によって私は蒼の国の少将の座を約束されている。裏切りの報酬としては十分だ」
……なるほどね。
「させると思う?」
これは僕。いささか急展開だけど状況は決して悪くは無い。が、それは一瞬のうちに一変した。僕はダイレクトストーカーにばかり気を張っていて、それ以外に意識が向いていなかった。その隙を狙って一本の矢がミシェルの肩を貫く。
「ぐ……が……っ!」
ミシェルは突然の痛みに呻く。
「ミシェル!」
呼ぶが答えは無い。
「ははは。それは毒矢だ。パワー砦に早く戻って解毒の魔術を受けなければミシェル殿は毒死するぞ?」
確保されたフォース。毒に犯されたミシェル。アリアは命令を待つ目で僕を見た。
「フォース!」
僕はフォースの名を叫んだ。
「約束を忘れるなよ!」
激昂する僕に、ダイレクトストーカーに握りしめられているフォースは、
「……うん」
と頷いた。後は事後処理をするだけだ。僕はアリアとミシェルを小脇に抱えると、運動強化の魔術を掛ける。そして二日掛けて辿り着いた場所に三時間で逆行……パワー砦に辿り着くのだった。功を奏した。毒の影響によってミシェルは一晩苦しむが解毒の魔術の作用によって死には至らないという。
「やれやれ……」
安堵してしまう。少なくとも現時点では。




