第37話:月は何故落ちてこないのか?15
僕は神風と成り神風を動かす。ヒュンヒュンと正宗を振って具合を確かめ、
「だいたい理解は出来た。これは試運転も兼ねてるんでしょ?」
「肯定だよ」
オレンジの声は皮肉気だった。
「うん。なら始めようか」
僕は正宗を構えてレーヴァテインと対峙する。ガシャリと鈍い金属音が鳴る。
「燈の国が王たるオレンジ……畏敬を以て参るだよ!」
「愛洲陰流、上泉伊勢守信綱が相手仕る」
名乗った次の瞬間、レーヴァテインが空高く跳んだ。レーヴァテインの背中から吹き出す炎の翼は飛行能力だけじゃなくて加速能力も持ち合わせているらしい。見事な跳躍だった。レーヴァテインが両手に持った細身の剣を頭上に構えて振り下ろす。空中にいるのに器用なことだ。
「フレイムブレイド!」
フレイムブレイド。その名の通りにレーヴァテインの剣閃の延長線上に炎の刃が生まれ、神風に向かって襲い掛かる。空中から焦熱の斬撃を生み出し飛ばす技術は大したものだけど、お生憎と神風の持つ正宗には及ばない。スケールリミッターを突破して得た大量の魔素を過不足なく魔力に変換。アンリミテッドキャパシティ仕様のマジックサーキットに注ぎ込む。力が神風に行き渡るのが伝わってくる。そして僕は襲い掛かる炎の斬撃を正宗で打ち払う。熱量は散り散りとなって空間に撹拌された。レーヴァテインは未だ中空。別にこっちも跳躍してもいいんだけど、まずは様子見だろう。
「さすがにこの程度じゃ折れてくれませんか、だよ……」
「さすがにね」
神風に意識を持っていかれている以上苦笑は出来ないんだけど。
「退魔強化……すごく便利な魔術ですけど、剣一本に具現化しなくとも装甲にかければ無敵じゃありませんか、だよ?」
「イメージリミッターがあるから無理」
「イメージリミッター……だよ?」
「名の通りの想像限界。ダイレクトストーカーに乗ることで大気に晒す表面積を増やして突破することの出来る限界をスケールリミッターって言うでしょ? それにあやかってイメージリミッターって名前を付けてみた。人の魔術の質と理想とによる天井打ち」
「…………」
「こっちの世界では四大元素論が主流でしょ?」
「だよ」
「火は水に消され、水は土に堰き止められ、土は天舞う風に届かず、風は火に呑みこまれ燃料と化す。グルグル回る強さと弱さ。そしてそれを属性としてイメージしている以上、属性ごとにしか人は魔術を扱えない」
「だよ……」
「それがイメージリミッター。ちなみに僕のイメージリミッターは侍。剣を極めたるを至上とするからこそ、剣の魔術が使え、逆に言えば剣の魔術しか使えない。即ちそれが僕のイメージリミッターであり、剣を媒介としてしか魔術を起動できないってこと。だから退魔の魔術も剣にて打ち払うという形でしか顕現できない」
「それが弱点でもあるってことだよ?」
「まぁね」
「じゃあこんなのはどうだよ?」
レーヴァテインは手に持った剣の切っ先を神風に向ける。
「フレイムレイン!」
直訳して炎の雨。その名の通りに魔術が起こる。レーヴァテインの周辺に多数の炎の矢が生まれたかと思うとそれらはまさに雨の如く神風へと降り注いだ。退魔の魔術が剣を以てしか顕現できない以上、手数や多方向からの攻撃の弱いのは必然。雨の如く降り注ぐ無数の灼熱は一つ一つにオレンジの力強い魔力を感じられた。全てを打ち払うのは無理、
「なのが普通だろうけどね」
叶わないけど苦笑したい気分だ。思考強化によって固有時間を引き延ばす。運動強化で神風の機動能力を底上げする。退魔強化でアンチマジックを顕現する。降り注ぐ炎の雨が思考強化によってゆっくりと認識できる。そしてその引き延ばされた固有時間の中で神風のみが超速で動ける。結果……、
「なっ……!」
オレンジが絶句する。僕が神風目掛けて降り注いだ炎の雨を一つ残らず切り払ったからだ。僕にしてみれば当然の結果なのだけどどうやらオレンジが驚くには十分らしかった。
「無茶苦茶だよ……」
否定はしないけど、そこまで大した芸でもない。それが濁りない僕の感想だ。
「まだやる?」
少なくともフレイムレインの三倍以上の手数で来られても切り払える自信がある。
「じゃあ最後にもう一つだよ」
オレンジのそんな声に応えてレーヴァテインが背中の炎の翼を羽ばたかせ天高く昇っていく。深紅のシルエットが遠近法で小さく見える……と思っていたら太陽が生まれた。天体としての太陽自体は空に浮かんでいる。それとは別に太陽と誤認するほど巨大にして強大な炎の塊が出来たこと……そしてそれがレーヴァテインの能力であることを疑う余地は無かった。
「信綱……いくんだよ……!」
疑似太陽から決意を秘めた声が聞こえる。
「どうぞ」
気負いなく僕。
「サンライトフォーリンダウン!」
まさに火の魔術の極致。燈の国を治める最強の魔術師の具現。灼熱の業火をその身に纏って落下加速度と推進加速度とを併用した突撃。その威力は推して知るべし……だ。
「お見事」
だけども僕は皮肉った。超加速と超高温の突撃および斬撃は正宗に触れた途端枯葉の様に散ってしまったからだ。
「……っ!」
レーヴァテインの剣と神風の刀が拮抗する。
「なんで……だよ……!」
「たしかに威力は凄まじいけど単純なキャパが正宗に追いついていないよ。である以上炎と推進の魔術は正宗で無かったことになる。なら残ったのは落下加速度と上段から振り下ろされた剣速だけ。防ぐのはそう難しいことじゃない」
そして僕は拮抗させていた正宗でレーヴァテインの剣を打ち払い、体勢を崩したところに正宗を突きつける。
「まだ続ける?」
「降参だよ」
それが決着だった。




