第36話:月は何故落ちてこないのか?14
「乗って、だよ」
オレンジ……レーヴァテインが手を差し出す。
「へぇへ」
僕とアリアは黒と白の目線を交錯させた後、二人そろってレーヴァテインの手に乗った。そして僕とアリアを潰さない様に握ったレーヴァテインは整備庫から外に出て、翼を広げた。
「何事か」
と僕が思ったのも無理はない。
が、当然説明は無い。
レーヴァテインの背中からダイレクトストーカーの大きさに見合った巨大な炎の翼が現れると、それは意思を持ったように力強く羽ばたきレーヴァテインを以て空へと舞いあがらせた。ミシェルのダイレクトストーカーたるサラマンダーの噴出飛翔時間はほんの一時的なモノだったけど、どうやらレーヴァテインはガチで自在に空を飛べるらしい。
「なるほどね」
少なくともオレンジの実力が本物らしいことはわかった。おバカな発言とポヤッとした態度はこの秘めたる実力に支えられていたのだ。
王城から王都の上空を通過して、更地と化している一帯に辿り着く。辺り一面が荒野にして更地だ。おそらくダイレクトストーカーがいくら暴れても問題ないように造られた場所なのだろうことは想像が容易だった。僕とアリアはレーヴァテインの手から離れて更地に降り立つ。
「後は信綱がトテチタニウム……アリアをダイレクトストーカーに変質せしめれば八割方成功なんだけど、だよ」
了解。
「アリア」
「なぁにお兄ちゃん?」
「キスするよ?」
「ウェルカム」
そして僕とアリアはキスをした。僕は大気中の魔素を取り込んで魔力に変え、アリアをダイレクトストーカーに描き換える。白色の美幼女が漆黒のダイレクトストーカーと相成った。既に多量の魔力を受け取っているためか……それともハイオリハルコンの性質故か……それはわからないんだけどね。更に言えばマジックサーキットはアンリミテッドキャパシティ仕様だから僕がいくら魔力を注ごうが全て動力および魔術に変換することが出来る。
アリアから変化したダイレクトストーカーの外観は一口で言うのなら『鎧武者』である。波打つような多重装甲の日本甲冑を全長二十メートルの人型巨大ロボットで再現した……とでも言えばいいのだろうか。
ちなみにダイレクトストーカーのデザイン案自体は僕の物だけど一応のところ正当な理由もある。波打つような多重装甲を持つ鎧武者は必然西洋甲冑に比べて表面積が大きい。魔術が大気中から表面に触れて吸収される以上、蛇腹や多層の装甲は魔素の吸収効率が段違いに相成る。である以上魔素から魔力への変換量も自然と強力になるというわけだ。いや、まぁ、あくまで好みのデザインの延長線上の理屈でしかないんだけどね。はにゃーん。
「やれやれ」
僕は僕のダイレクトストーカーに触れてコクピットのハッチを開く。運動強化の魔術を自身にかけてコクピットまでひとっ跳び。それから(これはあくまで体験や経験からくるものだけど)アームと同じコクピットの座席に腰を下ろし背中を預け、魔力をダイレクトストーカー全体に行きわたらせると、ストーカーにはお馴染みの言葉を口にした。即ち、
「リンクスタート」
そして僕の意識は体を離れ甲冑武者風のダイレクトストーカーへと移動する。漆黒の鎧武者の動作の感覚を確かめると、魔力を通してトテチタニウムの性質を利用し剣を作り出す。剣といっても一般的なソレとは形を異にする。あえて表現するならば鋭い二等辺三角形の三角柱に簡素な柄を付けただけの代物だ。剣と呼ぶのさえ正確ではないけど少なくとも僕の意には沿っている。
銘を退魔剣正宗……と。
僕の有する四つの魔術の内、退魔強化を付与させられた剣だ。つまるところのアンチマジックを体現する魔剣で、正宗で受けた魔術を無効化する。防御用の剣だ。もう一つの攻撃用の剣である斬撃剣村正の構想もあるけど今は必要ないだろう。
「不思議なデザインだよ……」
レーヴァテイン……の中のオレンジが僕のダイレクトストーカーを見て呟く。そりゃそうだ。日本の鎧武者の出で立ちなんてこっちの世界には存在していないだろう。和風の甲冑を見る機会なんて無いに違いない。ここが準拠世界である以上、日本文化が伝わる国が無いとは言い切れないけどね。
「名を何と、だよ?」
「神風って言う」
「かみかぜ……だよ……?」
そう。神風。神の意志によって吹く追い風。和風甲冑のダイレクトストーカーをイメージした際に自然と頭に浮かんだ名だ。




