第33話:月は何故落ちてこないのか?11
「ふと思ったんだけどだよ」
毎度たわ言を口にするオレンジです。
「信綱が私を調教すれば一国を差配できるんだよ?」
調教ってあんた……。
「私をセックス漬けにしてメス奴隷にして裸に首輪つけてリード握って『ご主人様』とか『メス豚』とか言い合って……」
「黙らっしゃい」
わりかし本気でオレンジの頭部にチョップをかます。
「うぐおぉ……」
頭を押さえるオレンジ。僕はそんなオレンジの両頬をつねる。
「どこでそんな知識を手に入れるの?」
「本だよ」
こっちの世界にも青年向け雑誌があるのだろうか? 写真や漫画の技術は無いだろうけど裸婦画くらいは本として纏められていてもおかしくはない……のかな?
「だから、ね? 私をメス奴隷にして一国の主になってみないかな、だよ?」
「オレンジはそれでいいの?」
「うんだよ!」
「…………」
躊躇いもなく言い切ったぜこの幼女……。
とりあえずチョップ。
「で? どこに向かってるの?」
「奇跡倉庫」
頭を押さえながらオレンジが先導する。
ちなみに時間的には王都に到着して二日目の昼。場所および状況的には王城の廊下を歩いている。朝食は簡素に、昼食はやや豪華に、それぞれ振る舞われた。食後のコーヒーが美味しかったので八十点。夕食が豪勢になるのは昨日の内に体験済みだ。国民の血税の上に成り立っている食事かと思えば罪悪感で味がわからなくなったりもするだろうけど、生憎そんな神経は持ち合わせていない。ところで神経ってなんで「神」の字が入っているんでしょうね?
閑話休題。
「奇跡倉庫って何?」
「燈の国の王が宝物と認定した物を保管……というより封印しておく倉庫のことだよ。昔から王への献上品や発掘品の中でも選りすぐりが封印されていて場合によっては傾国の物品もあるくらいだよ」
「傾国の物品って……」
「強力無比な魔剣とか大地を震撼させる魔導書とか、だよ」
奇跡倉庫についての説明を受けながら僕はオレンジに連れられて地下への階段を下りていく。曰く奇跡倉庫の警護にあたっている兵士たちはあらゆる意味で百戦錬磨らしく、オレンジ陛下以外の人間が近づけば即座に殺される可能性百パーセントだとか。オレンジ自身は手慣れたように兵士たちと合い言葉を交わして僕に事情を聴かせながら地下へ地下へと。
「どこまで行くの?」
「第零級奇跡封印庫」
固有名詞で言われてもわかんにゃいんですがにゃ?
「そこに封印されている存在と信綱を会わせてみたいんだよ」
「なして?」
「それだけの価値を信綱に見出したから、だよ」
「もしかして僕を王都に招いたのって……」
「そう。第零級封印物を扱える人材だと思ったからだよ」
はぐらかされた答えを今ようやく僕は聞くことが出来たわけだ。
「ほら、ついただよ」
そう言って(後で聞いた話だけど)オレンジは自身の登録されている魔力を魔術鍵に送り込んで第零級奇跡封印庫の扉を開ける。地下だから当然だけど手狭な部屋だった。お宝黄金ザックザクを期待したわけではないけど、お宝と呼べるものは一つしかなかった。それをお宝と呼んでいいかも疑問だったけど。
金属塊だった。
どういった光の反射吸収を行なっているのか少なく見積もっても三十色に光る金属塊が深紅のテーブルクロスの敷かれた台座に置かれていた。
そう言えば基準世界のフランスの伝説に王剣ジョワユーズが三十色に光るなんて聞いたことがあるね。まさか関連性があるとは思えないけど。
オレンジは第零級封印物である三十色に光る金属をポンポンと叩いて言の葉を紡ぐ。
「これはトテチタニウムっていうんだよ」
なんだろう……そのトテチタ走りで逃げていきそうな名前の金属は。
「別名ではカオスメタルとか千変万化合物とか呼ばれているんだよ。燈の国の伝説……というよりあまりに俗説的かつ信憑性が無さすぎてオカルトとして伝わっている存在。燈の国の王にだけ伝わる逸話では『燈の国を興した者』と呼ばれているんだよ」
「はあ」
生返事。




