第27話:月は何故落ちてこないのか?05
「向こうの世界の常識。知って得することはないよ」
「知りたいんだよ。信綱の世界のことをだよ」
さいでっか。
「重力っていうのは……要するに物と物とが惹かれあうって性質」
「魅力的だよ」
「ですです」
コックリと頷いてやる。
「さて、僕とオレンジが乗っているこの馬車は浮いてるよね?」
「浮いてるだよ」
「魔術を切ると?」
「落ちるんだよ」
「何で落ちるんだと思うかにゃ?」
「え? だって……世界ってそういうものだよ?」
「それを当然と受け止めるか否かで認識が変わってくるんだよ」
「だよ……」
「さて……重力の定義を思い出そう」
「物と物とが惹かれあう力だよ」
「つまり」
僕はソファに寝そべったまま学ランのポケットに入れていたこっちの世界の貨幣……コインを取り出して親指で弾く。コインは上方に向かって跳ねると重力に捕まって落下。結果として馬車内の床を転がった。
「これが物と物とが惹かれあうってこと」
「だよ?」
わかっていないらしい。当たり前か。
「僕はコインを弾いたね?」
「疑いようもなくだよ」
「そして落下した」
「だよ」
「僕が上方にコインを弾く力が重力に負けた証拠ってこと」
「何に引かれたんだよ?」
「…………」
ちょいちょいと地面を指し示す。
「床とだよ?」
「まさか。もっと下」
「もっと下っていうと……」
「大地とだよ」
「っ!」
オレンジは絶句する。理解したらしい。
「つまり……この世界にある物が全部落下するのは大地と惹かれあっているから……ってことだよ?」
「そゆこと」
コックリ。
「重力は質量が大きければ大きいほど強力に作用するんだ。だから僕とオレンジの間にも重力は作用しているけど僕ら程度の質量じゃ重力を感じることは出来ない。大地という巨大な質量があるからこそ重力は強力に作用し物体を惹きつける……ってわけ」
「は~……だよ」
「ただ、これだけの理論だと太陽や月も大地に向かって落下しないのは不自然ではあるんだけどね……」
リンゴが木から落ちた所を見たニュートン先生は等しく月も落ちるはずだ、なんて考えたから万有引力を発見したわけだけど。
「そう言えばお月様は落ちてこないだよ。なんで?」
「うーん。それについては前提条件があるんだけど」
「いいよ。時間はいくらでもあるし。王都まで二週間くらいはかかるから」
さいでっか。
「じゃあ講義を続けよう。少し話が逸れるけどこの大地に果てはあると思う?」
「わかんないんだよ」
だろうね。
「冒険者たちは広い世界を見聞きしているらしいけど少なくとも大地の限界を聞いたことは無いんだよ」
もし聞いてたらこっちがビックリだ。
「例えば大地や海の果てに限界があって断崖絶壁になっていると思ったりは?」
「そうだと言われても納得は出来るだよ」
「結論から言えばそれは有り得ない」
「そうなんだよ?」
「そうなんだよ」




