第26話:月は何故落ちてこないのか?04
で、ある程度の必需品を鞄に詰め込んで高級馬車の中。
一般的な馬車と違いスペースは広く取られ、椅子は寝そべって余りあるほど。その上で御者が浮遊の魔術をかけて荷台(というには豪華すぎるけど)を宙に浮かせているため地面の振動は一切伝わってこない。
感覚としてはアレだ。エレベータ。こっちの世界には無いだろうけど。
で、ふよふよと室内が浮いている不思議な馬車の空間を僕はオレンジと共有して王都までえっちらおっちら。
それはいいんだけどさ……。周囲の状況はどうにかならないものだろうか。
まるで大名行列だ。女王陛下の馬車は多数の兵士たちが警護しており安全に不安はないのだけど、百二百じゃきかない兵士たちがぞろぞろ歩いているのは神経質すぎる気もする。オレンジに何かあってからじゃ遅いのは重々承知してるけどね。
ちなみにフォースとミシェルは置いてきた。というよりオレンジにとって用があったのは僕だけなので招待されなかったと言った方が正しい。フォースの魔術の訓練をミシェルに任せるのは少し不安だけどパワーの意思とオレンジの口添えで強調して忠告しておいたから蔑にはしないだろう。一応、風の属性と行使した魔術から物理的に再現可能な知識も埋め込んでおいた。僕が帰る頃にフォースも少しは魔術師らしくなってくれればこれ幸い……なんてにゃ。
「さて」
馬車の中に備えられているソファに寝そべっている僕は、僕を見てニコニコしているオレンジに水を向ける。
「なんでよりによって僕?」
ちなみに馬車は防御魔術と防音魔術がかけられているため安全かつ安心の親切設計。騎士の数人が僕とオレンジを二人きりにすることを当然ながら危惧していたけど最終的にオレンジに寄り切られた。南無。
「私が信綱に興味を持ったからだよ」
「四十点」
「パワーに聞いたんだよ」
あ。やな予感。
「信綱って異世界の人なんだよ?」
どうやって聞いたなどと野暮は言わない。この世界は拡声器型のマジックアイテムがあるくらいだ。電話の代わりをする魔術器が有っても不思議じゃない。
「ま~そ~ですね~」
否定してもしょうがない。
「加えて生身でパワーの駆るダイレクトストーカーたるハイパワーを退ける戦闘能力。ダイレクトストーカーのマジックサーキットをオーバーフローさせるほどの魔素魔力変換効率。ねね。信綱の元いた世界の魔術師って皆そうなんだよ?」
「知らないよ」
心底本音だ。
「僕は基準……あっちの世界で僕以外の魔術師を知らないからね。でもまぁ多分ではあるけど僕以外にも魔術師がいるとしたら僕と同等かそれ以上の魔素魔力変換効率じゃないかな? なにせあっちの世界はこっちの世界の数百分の一の魔素濃度だから。薄い魔素濃度でそれなりの結果を得ようとするなら必然こっちの世界の数百倍の魔素魔力変換効率を持たないと現象たり得ない」
「ほほう、だよ」
オレンジのソレは納得顔だった。
「どうやってこっちの世界に?」
「知らないよん。気づけばだにゃー」
「何かしら異世界同士で繋がってるのかな、だよ?」
胡蝶の夢かもしれないけどね。
「ま、相互作用の一つたる重力は別次元にもエネルギー使ってるから弱いだなんて理屈もあるくらいだから異世界もあるかもしれないけどね」
「じゅーりょく……って何だよ?」
「あー……」
そう云えばこっちにニュートン先生はいないんだっけ。万有引力なんて概念が存在しないのだろう。




