第25話:月は何故落ちてこないのか?03
「な……な……な……」
「なに? このちんちくりんと知り合いなの?」
ポンポンとオレンジ色の頭を叩きながら僕が問う。
「やっほ、だよ」
オレンジは気さくに使用人に手の平を見せた。対する使用人の反応は苛烈を極めた。一瞬で膝を床につき、頭を下げる。平身低頭の伏礼だ。
「ちんちくりん。お前偉いの?」
「私というより私の立場がね」
苦笑と微笑の間でオレンジは言った。使用人が頭を下げて平伏したまま問う。
「如何な用でございましょう女王陛下。生憎とお嬢様は現在就寝中ですが……」
ん?
思考強化。僕の固有時間が引き延ばされる。使用人は何て言った? 女王陛下? それって……つまり……、
「女王陛下?」
と~とろじ~。
「えへん。燈の国の女王だよ」
胸を張るオレンジ。
「このちんちくりんが燈の国の女王陛下?」
「上泉様、陛下に対してあまりに不敬でございます……!」
えーと……え?
中略。
「う~ん。美味しいんだよ。ナイスな仕事だよ」
ちんちくりん改めオレンジ女王陛下は起きてきたフォースとミシェルの意識を金属バットでホームラン。驚愕し畏れ入る二人に気さくに言葉をかけて僕たちは四人で朝食をとることになった。
あまりといえばあまりの展開だ。
しかも僕の場合は百回ギロチン刑に処されても文句の言えない不敬罪までおまけについてきたりして……。別にそれで畏れ入るほど可愛い性格はしてないけどフォースやミシェルにしてみれば朝食の味なぞわかってないことはさすがに察せられた。無念なり。朝食後、僕とフォースはコーヒーを、ミシェルとオレンジはミルクを飲んで一息つく。
「あの……それで……女王陛下……如何な用でございましょう?」
ミシェルが恐縮しながら聞く。三点リーダは躊躇いの証。彼女にしては珍しい反応。
「ブロッサムには畏れながら用はないんだよ。私の用は信綱」
「僕?」
「うん」
さっぱりと頷かれた。そしてオレンジはミシェルの使用人にマグカップを渡すと、
「あ、ホットミルクお代わり」
と言った。命令とも言う。
「ちんちくりんを解消したいのでいっぱい牛乳飲まないとだよ」
あっはっは。殺されるのかな僕は?
一応何があっても良いように運動強化の魔術だけはかけておく僕だった。
「気にしてんの?」
僕が聞くと、
「信綱が言ったんじゃん。私のことをちんちくりんって」
ムスッとしてオレンジ。
「女王陛下になんてことを……」
ミシェルが面白いように青ざめた。
「別に不敬罪に問うわけじゃないから安心していいんだよ? むしろ遠慮ない対応なんて久しぶりだから新鮮かも」
さいですか。
「で、信綱だよ?」
「何でしょう女王陛下」
「オレンジでいいよ」
「じゃあオレンジ」
その辺の遠慮はない。フォースとミシェルと使用人に戦慄が奔ったけど……まぁ気にしてどうなるものでもあるまい。僕の元いた基準世界の日本では王政に縁の無い環境だったから王族と云うものに畏れ入る必要も感じなかった。所詮庶民ですよハイ。
「何の用?」
「私の家に招待したいの」
「オレンジの家っていうと……」
「うん。燈の国の王城だよ?」
「なして?」
「信綱を気に入ったから……という建前だよ」
本音は別にあると。聞いてもしょうがないから聞かないけどね。コーヒーを一口。
「だいたい、ちんちくりん……」
「あのぉ信綱? あまり罪を重ねないでもらえます?」
今更でしょ。
「立場が女王陛下なら護衛もつけずにこんなところにいていいの?」
「そういうの煩わしいんだよ。それに信綱に会うのに威嚇する人間連れて来たら気さくに話し合えなくなるんだよ」
それは確かに。
「というわけで女王命令だよ。信綱は私と一緒に王都に行くんだよ」
「まぁ行けと言われるなら行きますけど」
状況に流されやすいなぁ僕。




