第23話:月は何故落ちてこないのか?01
「というわけでシクヨロ」
僕は僕とフォースの生活必需品を大きなカバンに詰め込んで背負い(運動強化の魔術で肉体を強めているため大質量である荷物も羽毛程度の重さにしか感じていない)フォースを連れてミシェルの寮部屋へとお招きいただいた。
「…………」
ミシェルは口をへの字に歪ませて僕とフォースを見ていた。しばし沈黙。僕はニコニコ。フォースはおどおど。そしてミシェルが聞く。
「庶民? なぜフォースまで?」
「その庶民っての止めない? 僕には上泉伊勢守信綱って名前があるんだけどな」
「では信綱……と」
「フォースも僕を信綱って呼んでいいよ」
「……いい……の?」
「うん。大歓迎」
「じゃなくてっ」
ミシェルが軌道修正。若干不機嫌だね。だいたい察しているけどね。もちろん面倒だから知らないふりをしてるけどね。ていうか興味ないんだけどね。状況に流されてるだけなんだけどね。
「何か問題が?」
「私との決闘の約束を覚えていますの?」
「ミシェルが勝ったら僕がミシェルと相部屋になる……だったっけ?」
「そうですわ」
「だからこれからシクヨロ」
「何でフォースまで一緒にいますの?」
「はあ? 質問の意図は明確に」
「これ以上なく明確ですわよ!」
「だって僕とフォースは一緒にいなきゃいけないし。決闘の条約にフォースの扱いは含まれていなかったから判断はこっちの勝手でしょ?」
「その辺はニュアンスでわかるでしょう!」
「文句は僕じゃなくてパワーに言ってくれない? フォースの扱いはパワーの采配によるものだから僕に言われても……ねぇ?」
「パワーお姉様が関わっているんですの?」
「さいですさいです」
ていうかパワーお姉様って。まさかそっちのケじゃあるまいな?
「……あの……やっぱり……私は……お邪魔じゃ?」
「気にしなくていいって。もっと気楽に構えようよ」
というわけで、
「お邪魔しまーす」
ただいまの方がいいのかな? まぁどっちでもいいか。僕はズカズカとミシェルの部屋の中に入っていった。
「上泉様。お荷物をこちらへ」
ミシェルの部屋には使用人がいた。荷物を預ける僕。ミシェルに聞いたところ、三人体制でミシェルの世話をしているとのこと。さすが貴族。
「うわ。広いね」
「貴族専用の部屋ですもの」
またしてもさすが貴族。色々と見て回った結果、だいたい僕とフォースが今まで住んでいた部屋の三倍近いスペースがあることがわかった。そしてダイニングに戻ってくると、使用人が紅茶を用意してくれた。僕とフォースの生活必需品は、適当な場所にキチンと使用人が置いてくれた。着替えやら身支度品やら本やら何やら。有難い限りだ。紅茶を飲んで溜飲が下がったのか……ミシェルの表情から不機嫌さは抜けていた。
「フォースまで来るなんて予想外ですわ」
「……あう。……ごめんなさい」
「いいじゃん。この部屋、僕ともう一人くらい余裕で受け入れられるじゃん」
「そうですけど……」
例えは悪いけど何だかクリスマスのプレゼントが意にそぐわなかった子どもの落胆のような印象を感じた。
「せっかくダブルベッドを用意いたしましたのに……」
聞かなかったことにしておこう。僕はすまし顔で紅茶を飲む。使用人は一人がミシェルの背後に待機していて、もう二人は仕事に従事していた。
「ていうか僕が負けたら僕に魔術の指導をしてくれるって話だったよね?」
「ですわ」
「だったらついでにフォースにもお願いできない?」
「と言われましても……」
「無理?」
「とは申しませんが魔素から魔力への変換効率はどこまでいっても当人の問題です故」
それもそうだね。
「それなら僕だって指導の必要なくない? 僕の魔素魔力変換効率は一般のソレの数百倍なんだけど」
多分ダイレクトストーカーに乗らず生身で戦えばサラマンダー相手にも勝っていた自信がある。僕にとってダイレクトストーカーに乗ることは一種の憂鬱だ。
「だから庶民……信綱は劣等生なんですの」
「まぁ確かに負けたけどさ」
「信綱の魔術は思考強化と運動強化と斬撃強化と退魔強化……間違いありませんわね?」
「だね」
「せっかく多量の魔力を操れるんですから四大属性の魔術も覚えるべきです。信綱の今の能力では接近戦しか行なえないではないですか」
「とはいってもうちの伝統だからなぁ」
裏上泉文書にはその四つしか伝わっていなかったし、実際剣による戦いを前提とした魔術であるため他は必要なかった。状況に流されているだけとも言う。僕の悪癖だ。
「特に不便を感じる物でもないしね」
紅茶をズズズ。
「と・に・か・く! その強大な魔力の正しい行使を叩きこんでやりますわ! あなたの素質なら一流の魔術師になれますし、そうすればブロッサム九世に見劣りしない格が得られますわよ」
「別に僕は問題視してないんだけどなぁ。それよりフォースの指導をお願い。ほら……あれ……ノーブレスオブリージュって奴?」
こっちの世界にもあるかは疑わしいけど。
「それを言われると……」
あるらしい。ミシェルは困ってしまって赤い目を細めた。ちなみに自身の部屋にいるためミシェルの赤い髪はシニヨンではなくリボンで括られたセミロングだ。
「そんなわけでフォースの指導をよろしく」
「信綱も必要です」
「僕には退魔強化があるからだいじょ~ブイ」
「アンチマジックだけでは戦術の幅は広がりませんわ。何よりそれでは私が困ります」
「さいですか~」
だから何だって感じなんだけど。いやまぁ言いたいことはわかるけどそれに付き合う身にもなってほしかったりほしくなかったり。紅茶をズズズ。
「じゃあフォースが一定の成果を上げたら僕も指導してもらうことにするよ」
「なにゆえ?」
「友達だからね」
他に理由はいらなかった。




