第111話:舞い降りる剣13
「例え世界を滅ぼす願いを直接的に叶えるストルガツキーの負の端末が願望を具現しても、この世の善悪は等価です! あるいは魔王とは別の意味で正しい願いを叶える正の端末だって存在するはずでしょう!」
「俺様が魔王だと言うことが問題だ!」
「だから貴方の剣になると誓ったじゃないですか! その全ての苦難を切り裂いて錆に還す! もしも泣きたくて凹んでしまい自虐が止めどなくても! ただ私だけは無条件に貴方の味方なのですよ!」
「本当に……」
「だから呼んでください。私とジュリアンの愛の結晶」
「この魔王機は?」
「破壊します。この衛星軌道上なら……魔王のサクラメントも使えるでしょう?」
魔王の魂を宿したジュリアンだから……あまりに破滅に過ぎて、地上では使えない彼女のサクラメント。ディフェクターの誹りを受けても具現することのなかった霊魂武装。覚醒と言うには、それは自然と其処に在った。あらゆるソフィアの世界を見る唯識で、ただ自我によって自然法則を塗りつぶす魂の技術。
切った現象に四則演算を適合する。
ジュリアンの持つサクラメント。
――演算剣アリスメチック。
「――カモン! サモン! 衆妙之門! 呼べば応えよアンドロギュノス!――」
どこからともなく私とジュリアンの愛機が量子的に現われます。この理屈と手段も、もう慣れましたね。
「いえ。それはもうアンドロギュノスですらありません!」
「では何なんだぜ?」
「私の激情とジュリアンの純情で進化した…………最古の巨人にして最新の巨人。名付けるならば機械愛神アンドロギュノス・アモーレ!」
「アンドロギュノス・アモーレ……」
「――ソウルトレーサー起動。ファンタジックマニューバ!――」
足場として造った空間隔絶千引之岩に立った巨体。漆黒の刺々しいダイレクトストーカーは手に三十もの色相に変遷する輝かしい魔剣を持っていました。ジュリアンのサクラメント。演算剣アリスメチック。ガシンと金属音がして演算剣をストーカーの私が構えます。同時にジュリアンを失ったダイレクトストーカー=グラープシュテルンも最後のソフィアの残光だけで、こちらに荷電粒子砲を吐き出します。そのアギト……口内に内蔵されたバスターランチャーは私の金剛夜叉と同じ程度には威力相応で。
「――演算剣オーバードライブ! アリスマジック!――」
そのビームをアリスメチックは正面から切り伏せます。正確には引き算を適応して目減りさせます。
――俺様のサクラメントなのにあっさり使うな。
「言っておきますけどジュリアンの呪詛って私にしてみれば公開オナニーみたいなものですからね?」
――は?
意識共有のジュリアンの困惑がこっちにも伝わってくる。私は演算剣を構えて、せめて学院だけは焼き滅ぼそうとする魔王機に相対し、けれども苦笑を浮かべてジュリアンをからかいます。
「ジュリアンが私をどう思っているのかも全部伝わりましたから」
――プレイとか?
「こっちの《※自主規制》に《※放送禁止用語》を突っ込んで、しかも《※公開自粛》させながら《※表現検閲》の真似事を――」
――あああああああああっ。
「だから好きですよ。ジュリアン」
漆黒の機体に三十色に変遷する剣を掲げてアメイジングフィニッシュを起動させます。
「コォォォォォォ」
魔王機もまたこちらを敵と見据えて荷電粒子のチャージ。が、ちょっと遅いです。
「その儚き希望を胸に。壊れそうな愛を抱えて」
与えるは極値。
「敵する者に、恋慕の薄い刃を刺し込み血を流し。紅の涙よ。空に零れよ」
グーゴルプレックスでさえも届かない領域のエネルギー運用。
「愛する者に、吹き荒れる女神の吐息にも似た涼風が頬を撫で。等しく想いの星に還れ」
演算剣アリスメチック。
「無垢なりしは愛の調べ。聞こえる魂のレクイエム」
事象を零で割る……この世界には許されない理屈に合わない裏技。
「第零必崩絶壊霊魂武装御業! お楽しみはコレからだ!」
その名は――、
「――リーマンスフィアインパクト!――」
超巨大剣が敵対するダイレクトストーカー、異星の魔王を切り裂きます。宇宙が真白に塗りつぶされました。白々炯々と染め上がった純白の色に、瞳も視覚も意識すらも奪われて。そして焦ったように宇宙が色味を取り戻すと、そこには魔王機グラープシュテルンの存在は破片も残らず消失していました。
――リーマン球面……インパクト……。
演算剣を最も残虐に扱った必殺技。こればっかりは基準世界出身の私でないと扱えないでしょう。唖然とするジュリアンにクスリと笑います。
「言ったでしょう。私はジュリアンの剣になると」
ところで。
「それでジュリアン」
――なんだ?
既に引力には手を引かれており。なら言うべき事は一つで。
「きみはどこに落ちたい?」




