第110話:舞い降りる剣12
「――と言われましても」
そもそも私は何故此処でこうしているのでしょう。魔王機グラープシュテルンの名を知らずとも、かの衛星軌道上に存在するダイレクトストーカーが脅威であるのは見て取れます。多分抗し得るのが私だけだと言うことも。意識さえも手放すほど苛烈にして過剰な想いを受けて、なのにそんなことが可愛い純情なのだと。他に述べることもなく。
「さて、では破壊しますか」
「魔王機のABC装甲を?」
パペットのソフィアは困惑に揺れています。絶対防御の観念はこの世界の住人には常識にかなり近似した信仰なのでしょう。その無意識での確信が、かの装甲を絶対的なものに昇華しています。ただ為す術がないかと言われればそれも否で。
「――金剛夜叉――」
全てを貫く神なる雷。魔王の軍勢を一撃で滅却した火。インドより古来伝わり密教によって信仰を為した基準世界の現代魔術でなら、あるいはステージは同じで。
魔王機に差し出された腕から星の躍動とも取れるプラズマの塊状が、在る意味で魔王の荷電粒子よりも活発に熱を持って撃ち出されます。大気そのものが焼けて風が悲鳴を上げる。その貫通性は類を見ず、金剛夜叉明王の神性をも具現する魔術は空に浮かぶティターンのABC装甲を熱し、溶解し、貫通して蒸発させ、音のない宇宙で爆ぜ割れ星の輝きと相成りました。
「な……に……それ……」
「現代魔術。金剛夜叉。私の切り札ですよ」
「なん……」
「そもそも終焉剣ホライツォントや終焉剣レッツトエンデも大概でしょう。まさか戦略級の効果を持つ魔術をあっちの魔術師が持っていないとでも?」
とはいえ基準世界では魔法に検閲が入るので気軽には使えないんですけどね。
殆ど核兵器にも準じる威力の金剛夜叉は地表に向けて放てない。相手が空……というか宇宙にいるから何とか撃ち出せましたけども。空に咲いた爆発から逆算するだけでも、仮に地上で使った場合、魔王機の悪意が無くても焦土と化すのは想像に難くないでしょう。
「――金剛夜叉――」
さらにもう一発。本体である胸体から分離した魔王の右腕と左腕が、熱蒸発して虚空に消え去ります。まぁこれくらいならむしろ穏当な方で。あっちの世界の魔術師……たとえば無形魔法遺産の星喰い姫あたりになると超銀河団を呑み込むブラックホールとか具現できますし。おかげでエア仮説が否定されたんですけど。
「コォォォォォォ!」
果たして困惑はダイレクトストーカーのものか。搭乗しているストーカーのものか。
「パペット。私をあそこまで運んで」
黄昏空に浮かぶ魔王機を指差して、私は苦笑してしまいました。
「了承するとでも?」
「断れないよ。あの呪詛を思ったのなら」
「マイマスターは良い性格をしておいでで」
「照れる」
欠片も思っていないんですけど。バサリと熾天使の翼が広がります。三対六枚の光の翼。ソフィアを得たクォンタムギアの持つ霊魂武装。ゼクスフリューゲル。黄金色に輝くダイレクトストーカー……ペサードイーグルがパペットの意思に直接的に追従して水を掬うように抱えた私ごと衛星軌道の高みまで羽ばたきます。ああ。星がよく見えますね。
「それでどうするんですか? 金剛夜叉で本体も焼き尽くして万事解決?」
「そんなことしたらジュリアンまで焼殺することになりますよ」
それは私の望む処じゃない。
「当方は望むところなんですけど。なんなら願望機ストルガツキーに願いましょうか?」
「是非止めて」
頭の頭痛が痛くなる。言語として間違っていても。
「コォォォォォォ」
「――千引之岩――」
今度は面防御の千引之岩を立方体の要領で具現し、魔王機を閉じ込めます。世界を隔絶するこの立方体の中は、在る意味で世界から幽離した新たな異世界とでも呼ぶべき領域になります。
「羽ばたいて! パペット! あの星に届くまで!」
「宇宙に行って大丈夫なんですか?」
「準拠世界ならセーフなんだよね。そもそも私は流星として堕ちたんだし!」
「?」
まぁそれはパペットには意味不明で。完全に隔離した異界に私は飛び込みます。障壁の維持と展開は完全にコッチの裁量。
「ジュリアァァァァン! ゴールドバーグゥゥゥゥゥ!」
魔王機の胸部ハッチに魔力を流し込んで解放します。即座にコクピット。虚ろなるアイスブルーの瞳……男装の麗人の胸ぐらを掴んでググンと溜め。グッと引き離し、そこから強烈に引き込んで頭突きをかまします。
ガツン!
「ぅぇ……ぁ……?」
「この癇癪ヘタレうじうじっ子め!」
「トール……。死んだんじゃ……俺様が殺した……」
「なんで私が死んだ前提で話を進めるのです!」
「だってこの魔王機グラープシュテルンは……トールを悼むために星を墓標にするダイレクトストーカーだぞ?」
「でしたら当てが外れましたね! ざまぁみろ!」
「トールはズルい……。どんな男の子より凜々しくて、どんな女の子より可愛くて、なのに優しくて寛容に富み慈愛に長けていて。俺様みたいな欠陥品には勿体ないほど。トールは俺様のモノだけど……でも俺様はトールに相応しくない……」
シュンと項垂れるジュリアンも趣があるんですけど!
まだ掴んでいる胸ぐらを引き寄せて、近付いたジュリアンの唇に唇を重ねます。
「――――――――ッ?」
「愛していますよ。この世界の誰よりも!」
「あんなにも呪われて、なのにお前様は俺様を認めるのか?」
「あんなにも愛されて、なのに私はあなたに更に惚れ直す可能性を破却しろと?」
「愛……」
「私を独占したい愛でしょう。胸焼けもしましょう。重くも在りましょう。けれどその苦しみの総算の分だけ……ジュリアンはトールを愛していることの証明なのですよ!」
「こんなにも歪な感情を、お前は眩しいとでも言うのか……ッ!」
「少なくともあなたに判断の是非は求めていませんね!」
グンと引っ張ってまたキス。




