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第106話:舞い降りる剣08


「……………………」


「天使のように純白の君は、ただ一つの片翼を広げて私の手をとりました」


 どこか旋律の覚える感覚。


「しかと握られた手にとまどう私を、あなたは少し困った顔で見つめましたね」


 穏やかに紡がれる歌。


「『あなたがいないと飛べないんだ』……シルクでつむいだ羽の隙間から太陽のような言葉が流れ込み、あなたの心を感じながら私は一枚の翼を得た」


 その何が心地よいのかも分からず。


「それは黒くくすんだカラスの羽で、でもあなたはとても綺麗だと――あれ。起きましたかマイマスター」


「あれ……?」


 私は新鮮で、けれど懐いた感覚を思い起こして目を覚まします。どこか想いに浮遊を感じつつ、けれども引力にソフィアを引っ張られているような。


「お目覚め御苦労ですマイマスター」


 記憶の途切れと、今居る場所の異色性で、私は状況に疑問を覚えます。


「ここは……屋敷……?」


「マイマスターに宛がわれた私室です」


「なんで此処に……」


「呪詛に倒れたマイマスターを当方がお運びしました。大丈夫でしょうか? あの呪いを受けて無事に済むとも思えないんですけど」


「大丈夫ですよぅ。あてられただけですから」


「その事が心配なのです」


「あの呪詛は……どうなったので?」


 長布にも似た影の呪詛。アレが奔流すると多分都市単位で滅亡が溢れ出す。


「現在沈黙しています。ただ解消したわけではなく、何というか……人間そのものに敵対していないと言いますか」


「でしょうねぇ」


 あの感覚を私は知っています。想い重なる意識の混濁……とでも言いましょうか。


 ベッドから這い出して立ち上がり、屋敷の外に意識を向けます。呪詛の触手がユラユラと何を呪うでも無く揺れています。まるで得物を見失った軟体動物の足のような感覚で。


「今のところアレは大丈夫なんですよねぇ?」


「人を襲ってはいません。けれど不用意に接触した人間を呪殺する程度には危険と見なされています」


「でしょうねぇ。アレが他者を浸蝕しないという方がどうかしています」


「マイマスター? アレが何なのか……貴女は御存知なので?」


「とある女の子の癇癪ですよぉ」


 少し笑んでしまいました。


「癇癪……」


「他のメンツは大丈夫なのでぇ? アルマやフィーネは……」


「一応無事です。ダイレクトストーカーに乗って事態の解決に動くと仰っていましたが」


「ジュリアンはぁ?」


「認識していません。何故?」


「パペットなら分かるでしょう。私以外で唯一あの呪詛に抗し得る唯識を持つなら」


 オートマトンとしての反応の鈍さが、この際の幸運です。


「アレは何です? 何故こんなにも胸がかき立てられるのですか?」


「少し幼稚ですけど、愛と呼ばれる感情ですよ」


「このソフィアにも似た淀みが……文学で語られる語感麗しいあの感情だと?」


「まぁ今回に関して言えばちょっと極端なんですけどね。そうですか。アレに触れてクォンタムギアがソフィアを……」


 ビーストを持たない純ソフィア体。完全に願望だけを願い望む真新な魂。


「こんなにも他者を呪うことを人は愛と呼んでいるのですか?」


 どこか戦慄の滲んだ声。感情が声に乗るのは果たして彼女の進歩なのか。


「ジュリアンは……逃げたんですね」


「まさかマイマスター……」


「追いかけないと」


「ダメです」


 毅然として、彼女が述べる。気持ちは分かる。アレに触れたのだ。普通に考えれば関わるというだけで重大事。


「愛が欲しいなら当方が諭して差し上げます。あの呪いに浸らなくても全身全霊をかけて当方が供給させて貰います。あんなものにかかずらうのはオススメできません」


「でも……ジュリアンが呼んでる」


「あんな汚泥を擦り付ける呪いをマイマスターは懸念するのですか?」


「ええ」


 即答。ほぼ簡潔に頷けました。


「他者には理解不能な想念の毒牙がジュリアン様として、マイマスターが処理すべき案件とはとても思えません」


 そう。意識を失う前に見た呪詛。いま屋敷の外に見える陰影。アレは他人には理解できない私だけを想う愛情です。その根幹が何なのかまでは理解できなくとも、認識としては知っている。ジュリアンと想いを重ねたときの懐かしい郷愁が教えています。トールだけを想う凝り固まった思念なのだと。


「マイマスターさえ動かなければアレは永い時を置かず駆逐されるでしょう。アルマやフィーネだって無能ではありません」


 むしろ最強に位置するストーカーですね。


「でもソレだとジュリアンが救われない。あの想いが否定されることを私は望まない」


「マイマスター!」


 パペットが私に伸ばした腕を差し向けます。


「そうですかぁ。ソフィアに目覚めましたものね。魔術も使えますか」


「当方はこの想いを失いたくないんです。あんなにも汚濁した観念にマイマスターを晒したくない。この蒼穹を蒼いと思う心は……間違っているのですか?」


「鮮やかでしょう? ただ見るだけでは……哲学的ゾンビでは覚えない感覚がソフィアと呼ばれる特権です。もっとも哲学的ゾンビも反応としては不足無いんですけどね。あくまで実感が伴うか否かの話であって」


「あの蒼穹を思う心があって、それでもジュリアン様をマイマスターは肯定するので?」


「きっと今あの子は自己嫌悪に陥っていますから。私が宥めないと」


「死ぬんですよ?」


「愛の重さは理解しています」


「なら当方の愛にだって理解を示してください!」


「うん。でも。私はジュリアンの剣なので」


 多分ソレだけで私の結論には十分すぎて。


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