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ミケーレ


「当て馬にも心がある」


アリーチェの元婚約者の話です。


誤字訂正しました。

誤字報告、ありがとうございます。



 

 僕はミケーレ。


 僕のまだ終わらない人生の話をします。

 どうか最後まで聞いて欲しい。

 あまり、楽しい話ではないかもしれないけれど。





 僕の住む国は、黒の森という魔物の住む不思議な森の南西にある国で、ただ「南西の国」と呼ばれている。

 僕はその国の南東側にある伯爵家の次男として生まれた。


 家は兄上が継ぐから、僕は兄上を支えるため、物心つく前から色々学ばされた。

 その中で、剣がとても手に馴染んだ。軽い木剣を振ると、風を切る音がしてとても面白かった。

 代わりかどうか分からないけど、勉強は、いまいちだったと思う。

 魔術はもっとダメだった。この先、生活に必要な魔術がやっとな程度にしかならないと、魔術師から太鼓判を押された。


 兄上が統治する伯爵領を武の面から支えることを心に決めた。


 それが覆ったのは、そう決心して一月も経っていなかったと思う。


「ムコイリ……?」


 鳥か何かの名前?


「国の西にある伯爵家の長女と婚姻をして、女伯爵として立つ妻を支えるように」と父から言われた。


 枯れ枝を両手に持って、鼻を垂らしていた五歳児に言うことではないと思う。


 案の定、乳母が苦笑いして、後で説明しておきますと僕を連れ出してくれた。


 僕は十五歳になったらお嫁さんのお婿さんになって、お嫁さんの家で暮らすことになると。

 身体を鍛えて強くなることも大事だけど、お嫁さんが兄上のように伯爵を継ぐから、伴侶として支えるための勉強も頑張らなければならないと。


 詳しいことは分からなかったけど、僕が頑張ろうとした剣の道はもういらないってことは分かった。

 兄上を支えることが役目と思っていたけど、それももういらなくなったことも、分かった。


 僕はいらないのか。

 だから他所(よそ)に出されるのか。


 僕は、足元から真っ暗な怖い何かに飲み込まれていったけど、逃げられなかった。


 そこからは実はあまり記憶にない。日常のこととか勉強のこととか、ただ過ぎていっただけ。

 五歳なんてそんなものかもしれないけど、ひどく孤独だったことは覚えている。


 光が射したのは、少ししてから。

 王都で婚約者に初めて会った時だった。


「はじめまして、ミケーレ様。アリーチェです」


 そう言って微笑んでくれたアリーチェは、文句無しに可愛くて、驚いた。

 僕はきちんと挨拶出来たか覚えていない位、舞い上がった。


 三つ年上の僕の婚約者(アリーチェ)


 領地が王都を挟んで反対にあるから遠くて頻繁には会えないけど、アリーチェは魔術が使えるから、火の鳥に伝言を覚えさせて、僕の部屋まで飛ばしてくれた。

 そんな魔術はとても使えない僕の声も覚えて帰ってくれる優れ(もの)だ。


 アリーチェは火の魔術は得意でも、他は僕と同じ位のからっきし。いわゆるそれだけに特化した天才型だった。

 勉強は、コツコツ努力型で、毎日遅くまで勉強しているみたいだった。


 僕も負けてられない。

 そう思うと、今まで以上に学ぶことに意欲的になった。


 月に一回の火の鳥便で、アリーチェに妹が生まれたことは知っていた。

 年々複雑になる後継ぎ教育に追いつけず、家族との仲もうまくいっていないことも知っていた。


 総領娘なのに、中々必要な物も手には入らないことがあると知ったので、アリーチェに届くまでは一月くらいかかるけれど、父と母に頼んで定期的に色々物を贈った。

 日用品から学用品、母に頼んで女性に必要な物まで、ありとあらゆる物を贈った。

 それもアリーチェからは「もういい」と言われてしまう。


 ……取り上げられて、手元に残らないのだと言う。取られる度に悲しいので、もう大丈夫、と。


 父と母に訴えるも、他家の教育方針に口は出せず、贈った物をどう扱うかもその家の中のことだから、どうにも出来ないと言われて唇を噛んだ。


 婚約してからは年に数回は会えるように、社交シーズンは王都でお茶会をしていた。

 まだ夜会には出られない年齢なので、親にくっついて王都に出て来て、どちらかの屋敷で会っていた。

 このお茶会のために、僕は勉強も何もかも頑張ったと言っても過言ではない。


 僕が十一歳、アリーチェが十四歳の時のお茶会で、さすがにこれはおかしいと思った。

 まもなく成人するアリーチェのドレスは、明らかに子ども用だった。

 サイズは何とか直しているものの、弾けそうな胸周りやレースで隠していても膝が見えそうな丈。

 年頃の娘が着るには見るに耐えないほど幼く、アリーチェの身体に合っていないドレスを見て、さすがに母がアリーチェの母に物申した。

 総領娘にドレスも買ってやれない事情があるなら相談して欲しい、と。


 アリーチェの母は一瞬呆けて、アリーチェを見ると、ぎょっとしてアリーチェの手を引っ張って出ていってしまった。


 なんだ? アリーチェの姿にまさか今気がついたのか?


 そしてアリーチェはもうお茶会に出てこなくなった。

 出てこない……伯爵家がアリーチェをお茶会に出さない言い訳は、アリーチェの後継ぎ教育が忙しいから、というお粗末なものだった。


 僕とアリーチェが火の鳥便でやりとりしているなんて思ってもいなかったのだろう。その頃には、アリーチェの家は妹中心のありえない内情になっていた。


 アリーチェからは成人の祝いもやらないことになったと連絡が来た。


 通常、貴族の子どもは成人するとお披露目の会を開く。夜会だったりお茶会だったり、はたまた寄親(よりおや)の開催する会に便乗させてもらったり、うちにはこんな子がいますと公表する意味がある。

 婚約が決まっていなければ相手探しの第一歩となるし、後継ぎは顔繋ぎになるからだ。


 伯爵家の後継ぎが、それをやらない。

 社交界では色んな噂が飛び交ったが、アリーチェは後継ぎとして既に領地経営に携わっており、積極的に表舞台で顔を繋いでいた。未成年なので夜会にこそ出られないが、夜会前の茶話会には主催者に呼ばれて顔を出すことも多く、社交界では次代の女伯爵として認知されていた。


 それに加え、アリーチェの両親の変貌ぶりも領地では知らぬ者はいなかった。

 さすがに社交界全体や王宮にまでは知られてはいなかったみたいだが、良識の元に堅実な領地経営を行い、やっと授かった長女をとても大事にしていた伯爵夫妻が、下の子可愛さに上の子に異常な対応をしていると、知っている者は大勢いた。


 それでも皆静観していたのは、アリーチェが無事に表舞台に出てきていたことと、僕と婚姻したら伯爵はアリーチェに爵位を譲り引退すると明言していたからだ。


 アリーチェからも「時が解決する」と言われていた。


 それでも、なぜアリーチェがそんな扱いを受けなくてはならないのか、僕は納得がいかなかった。

 だけれども、まだ力もない子どもの僕に出来ることはほとんどなくて、思春期真っ盛りだった僕は、素直にアリーチェを心配できずに、火の鳥には最後までそう託すことはなかった。


 今思えば、このあたりで誰かが……いや、僕が、動いていたら、今、ここに、アリーチェはいてくれたかも知れない。


 僕の、()に。





 アリーチェの十五歳の誕生日に着くように僕はアリーチェに会いに行った。

 父から伯爵への訪問伺いは、またアリーチェの勉強が進んでいないと断られてしまったので、こっそりと向かう。もちろん父は了承済みだ。


 アリーチェに、いつもは僕の部屋に飛んで来る火の鳥は、誕生日には僕に向かって放ってほしいとお願いしてある。


 侍従と護衛と三人でひっそりと旅をして、アリーチェの誕生日に何とか間に合った。アリーチェの家の間取りは事前に調査済みである。陽当たりの悪い二階の角がアリーチェの部屋だ。僕たちはこっそり庭に入った。


 陽が落ちて、星が瞬く頃、火の鳥が僕の目の前に降り立ったので、窓を開けるよう言葉を託して帰す。


 しばらくして、二階の窓が開いてアリーチェが顔を出した。

 手を振る僕に目を見開いたアリーチェは、静かに窓を閉めて庭に降りて来てくれた。


「……ミケーレ!」


「こんばんは、アリーチェ」


 素直になれない僕は、大好きなアリーチェを前に挨拶をするのが精一杯。

 本当はアリーチェが心配で心配で、十五歳という成人の節目をきちんとお祝いしたくてやって来たのに、しばらくぶりに会う彼女に胸が詰まって何も言えなくなってしまった。


 ん、と贈り物を差し出す。

 これだけは、自分で直接渡したかった。


「白い、ばら? ……私に?」


 アリーチェは両手で受け取ってくれた。

 物を贈っても見つかったら取られてしまうだろう。

 維持の魔術をかけてもらった白バラ一輪に、アリーチェの好きな水色のリボンをかけてある。


 騎士は、剣で忠誠を、白バラで愛を誓う。東の国の風習だけれど、まあまあ広まっている愛の告白だ。

 大衆(ロマンス)小説など読みそうにないアリーチェは知らないかもしれないが、却ってそれでいい。

 というか、僕は正式な騎士ではないけれど、気持ちをどうにか伝えたかったんだ。


 いつか、婚姻する前にはきちんと伝えるから、今はこれで。

 後三年で、婚姻できる歳になるから、待っていて。


 何も言わない僕に、アリーチェが微笑んで僕の額に口付けた。


 口を菱形にしたまま固まった僕は、侍従と護衛に抱えられ、伯爵邸から引き上げた。


 は、はれんちな……。





 それから、相変わらずアリーチェには会えなかったけれど、火の鳥便は僕の所にやって来ては彼女の声を届けてくれた。僕も彼女に声を託す。

 そうして、ようやく僕は十五歳になり、いよいよアリーチェと婚姻する日を具体的に決めようと、父と母とアリーチェの父伯爵の元へ行くことになった。


 馬車から見える、冬の抜けるような青空がどこまでも美しかった。


 やっとだ。やっとここまで来た。やっとアリーチェの肩の荷を僕の方に下ろしてやれる。

 十年も婚約していたのだから、婚姻日は早くて良い。何ならこのまま婿入りしても良い。


 そんな僕を父と母が苦笑いし、かつて共に旅をしてくれた侍従は盛大に笑っていた。(この野郎)





 誰がこの時、想像できた?

 この僕が、父が母が、アリーチェを捨てることになるなんて。





 アリーチェの家に着き、応接室に入って、アリーチェの母の横に座る子どもが目に入った。


 ああ、これが妹か……同席させるのか? なぜ? としか思わなかった。

 むしろ、忌々しく思った。


 その子どもが僕を見た。

 そして大きな声でおかしなことを言い出した。


「私がミケーレ様と婚姻したい!」


 ……何を言い出したんだこのガキは。


「そうかい? じゃあそうしよう」


 そう言ったのは、アリーチェの父で。


 いや、おかしいって。

 お前らふざけんなよ!!


 父も母もそれは出来ないってきちんと拒否してくれた。


 おかしなガキに中断されたが、とっととアリーチェとの婚姻の日を決めてしまおう。そうしたらこいつらはここを出て行くのだから。


 するとガキが喚き出した。


「なんでお姉さまばかり! ずるい! 先に生まれただけで伯爵位もミケーレ様もお姉さまのものだなんて! ずるい!」


 カッとなった。

 お前は後に生まれただけでアリーチェからほとんど奪い取ったじゃないか!

 ……いい加減にしろ!!


 黙ってられないと口を開きかけたところで、アリーチェの父がにこやかに言った。


「では、当伯爵家はヴィオラと婚姻する者に継がせよう。可愛いヴィオラに大変な領主などさせられんからな」


 あまりの言い分に頭が白くなった。

 アリーチェは可愛くないってのかよ!?


 この十年、アリーチェが血反吐を吐きながら後継ぎ教育を受けてきて……アリーチェが伯爵を継がない? ……解放、される?


 ただの僕と、ただのアリーチェに、なれる?


 心が揺れた。


 瞬間。

 心のすべてが鈍くなった。(もや)がかかったようになり、最後には「僕が伯爵になることを望む両親」に説得される形で、頷いてしまった。


 何を受け入れたのか、理解することなく、僕は頷いてしまった。


 一言も言葉を発さず、ただ、「あなたもか」と僕を見ていたアリーチェの姿だけが、脳に焼き付いた。





 領地に帰る途中、侍従が何度も王宮で魔術師に見てもらうように進言してきた。

 明らかに僕たちの様子がおかしかったのだろう。


 だが、父はその必要はないと、ミケーレが伯爵になるのだと興奮して語り、母も学んできたことがより活かせるわね、と微笑んだ。

 僕は、頭の中の(かすみ)と心の(もや)の中、今、自分がどこにいるのかも分かっていなかった。


「ミケーレ様、泣いている場合じゃありません! しっかりなさってください! アリーチェ様はどうしたのです!?」


 僕は、何も言わずに無表情でずっと涙を流していた。





 侍従の計らいで、領主館には魔術師が呼ばれていた。

 帰って来て早々に魔術師の診断を受け、「魅了」の魔術をかけられていると告げられた。


 魔術師は、解呪はしたが、影響が抜けるまでは数ヶ月もしくは数年かかり、それまでは、正常な判断が出来ないため、隔離が望ましいと言った。兄上と侍従たちはそれに従った。


 魅了の術は、時にはその者の財産も命も差し出させる禁術のため、影響が抜けるまでは信用する者以外との接触は禁止される。

 僕と父母は、魅了の術の影響が抜けたら消える(しるし)を額につけられ、これが消えるまでは何を言っても部屋から出してはならないと言われ、閉じこめられた。

 魔術師は、伯爵位にある者を魅了した犯罪として王宮に報告し、以後は宮廷魔術師の管轄になると言って帰って行った。


 僕は、心の(もや)が薄れるにつれ、あの日、あの場の状況が何度も頭の中で繰り返され、悲鳴を上げた。


 アリーチェの名を呼びながら、部屋から出ようとしては押し戻され、それを何度も繰り返していた。

 僕も押し戻す侍従も傷だらけになり、お互い泣きながら叫ぶ。


「アリーチェを迎えに行く! 退け!!」


(しるし)が消えてからおっしゃい! 魅了の状態でまたアリーチェ様を傷付けるおつもりか!!」


 命がけの取っ組み合いが毎日行われ、多い時には五人かかりで押し戻された。


 そんな日々にも終わりが来る。

 ある日、窓から夏の雲を見ていた僕は、透き通った中にいるような気持ちになった。

 霞も靄もなく全てが透明(クリア)

 急いで鏡を見ると、額の(しるし)は消えていた。


 急いで侍従を呼ぶと、僕の額を見た侍従は大泣きして崩れ落ちてしまった。


 アリーチェを迎えに行くため、取るものも取らず出ようとしたが、兄上がやって来た。


「ミケーレ……。良かった……良かったな」


 泣きながら抱きしめられ、どれだけの苦労と心配をかけたか思い知った。

 父と母はまだ(しるし)があるという。兄が一手に領内の全てを背負っていたのだ。


「兄上……ご心配をおかけして申し訳ございませんでした」


 痩せた。

 兄の身体を抱き締め返して詫びると、兄はそっと身体を離し、居住まいを正した。


「アリーチェ殿の所に行くつもりだろうが……それは叶わない。お前に告げなければならないことがある。苦しんで(しるし)が消えたばかりのお前には酷だが、隠さずに告げる」


 告げられたことは、到底信じられないことだった。


 僕とアリーチェの婚約は解消され、ヴィオラと婚約が成立していること。


 アリーチェは廃嫡され、家を出されたこと。


 行方知れずだったが、叔母のいる森境のボスコンフィ領で保護されていたこと。


 そして。


「……婚、姻?」


「そうだ。アリーチェ殿は平民となり、ボスコンフィ領で知り合った冒険者の男性と婚姻し、国を出た」


「アリーチェが、他の男と婚姻? そんな馬鹿な、ありえない!」


「……なぜありえない? アリーチェ殿にはもう婚約者はいない。良い縁があっただけだろう」


「僕がいるのに!?」


「父も母もお前も、ヴィオラ殿との婚約を了承した。魅了の所為(せい)か? 魅了の魔術はかかれば恐ろしいが、ヴィオラ殿ほどの弱い力では、心をしっかり持っていれば、そもそもかからないと魔術師は言っていたぞ。父上たちはお前自身が伯爵になるという夢を見て囚われたかもしれないが、お前は違うだろう? 何にそんなに心を取られたんだ? ……そうして魅了されてアリーチェ殿を捨てたのは、こちらだ」


「僕は、……アリーチェが伯爵にならないなら、ただの、ただの……夫婦になれるだろうかと……」


「……馬鹿だな。伯爵を継ぐアリーチェ殿を否定したも同じだ。同調してつけ込まれたな。……魔術師を同行させるべきだった。警戒していなかったから自衛もなしで、勉強料にしては高くつき過ぎたな」


 もう言葉にならず、慟哭するだけの僕を兄上はいつまでも抱き締めてくれた。


 僕の悪夢はそれで終わらなかった。


 今回の件は国王陛下が裁定され、アリーチェの父伯爵の指名通り、ヴィオラの伴侶が伯爵を継ぐように王命が下された。


 王は、天恵(スキル)として魅了を持つ者を国が管理出来なかった一面もあり、ヴィオラを更生させることで、国と伯爵家の責任とした。


 アリーチェは既に廃嫡され、責任を取る立場にない。


 僕たちはアリーチェが廃嫡される一端となったことで、責任を取る立場となっていた。


 ヴィオラが成人して婚姻するまでは、分家の当主が伯爵代理として領地の管理を行う。


 ヴィオラの婚約者は、僕だ。


 たった一度、訳も分からず頷いただけで、僕の大切(アリーチェ)は、僕の側から永遠にいなくなった。


 もう何もかもが手遅れだと兄上は言う。

 腹を、括れ、と。


 アリーチェ、それでも僕はあなたに会いたい。


 あの日、渡した白バラの意味を伝えたい。

 あの日、頷いてしまった意味を伝えたい。


 もう、今更と言われても、どうか、伝えたい。


 アリーチェ、僕はあなたを愛している。

 ずっと、愛している。


 もう僕の元に火の鳥は訪れなくても。

 もう、取り返せなくても、ずっと。





「寝ちまったのか?」


「隊長。……ミケーレ、散々身の上話をして、潰れました。こんな飲み方して、これ、何を喋ったか覚えてないヤツですよ」


「お前に任せちまって(わり)ぃな、シュリ。同郷だから気安いんだろうよ」


「同郷と言っても、随分離れていますけどね。ただ……」


「ん?」


「いえ、世間は狭いな、と。俺がいたボスコンフィ領とミケーレの地元は街道も違うのであまり行き来は無い土地同士なんですが」


「ああ、森境(もりさかい)と国の南の方だと、そうか」


「ミケーレの元婚約者とは会ったことはありませんが、多分、その人と一緒になった冒険者は、俺、知り合いかと」


「そいつぁ……また奇妙な縁だな。男はどんな奴だ?」


「そうですね……、どんなに(よご)れても、心の芯は(けが)れない、ずるい人ですかね」


「なんじゃそりゃ。(おり)ゃ、難しいことは分からんが、こいつ(ミケーレ)の想い人は幸せになれそうか?」


「きっと。懐に入れた人はとことん大事にする忠犬のような男でした」


「そうか。……なら、こいつの願いは、半分叶わないなぁ」


「願い、ですか」


「そうだ。お前はこいつと班も同じで歳も同じだから教えておいてやるが、こいつは、南西の国から()()に預かっているんだ。二十歳になるまでに騎士に叙勲され、武勲を立てれば、この(東の)国に永住が許される。永住が許された時は、今の婚約を解消し、元婚約者を伴いたいと希望しているんだ。……だが、お前の話が本当なら、願いの半分は、なあ」


「……さらっと事情を漏らして、俺を巻き込みましたね? 面倒事(ミケーレ)を丸投げしないでください」


「はは! バレたか! まあ、こいつは被害者でもあるから、温情をかけられたんだ。十五の成人したてのガキに全部背負わせて終わり、って訳にゃいかんだろ」


「いや、俺に言われても」


「温情を南西の国の国王陛下に陳情したのは、ボスコンフィの領主、ね。お前()()、世話になったよな?」


「ぐ」


「それにな。今、従騎士の中で一番の面倒事は、お前(シュリ)だし。お前、面倒見がいいから貧乏くじ引いているのが目につくけどな。東の国の騎士団は仲間を決して裏切らない。お前も周りからちゃんと守ってもらっているの、分かっているよな?」


「……分かっています」


「なら、いい。こいつ(ミケーレ)、頼むな?」


「……はい」(ミケーレ係任命)





 酔い潰れた僕の頭の上で、そんな会話がされているなんて露ほども知らず。


 僕は兄上から顛末を聞かされた後、アリーチェを保護したボスコンフィ辺境伯夫人に、アリーチェに会わせて欲しいと何度も手紙を書いた。


 辺境伯夫人からは、アリーチェはもうボスコンフィにはいないと丁寧な返事をもらったけど、僕は諦めなかった。


 兄上からは、もう遅いと何度も諭されたけど、納得できるまで足掻きたかったんだ。


 直接会って懇願しようと思い詰めていた時、僕の前に金色の猫が現れた。炎のように揺らめく猫は、アリーチェの火の鳥のように僕に話し出した。

 火の鳥と決定的に違うのは、一方的な伝言ではなく、猫を通して会話が出来ることだった。


 魔術師として圧倒的な力を見せつけたのは、辺境伯ジュリオ。


 辺境伯は、アリーチェへは加害者でも、ヴィオラからは被害者でもある僕が、加害者(ヴィオラ)の責任を取れというのも酷だと言った。

 加害者側の親族として、慰謝料がわりの提案をすると。


 このままヴィオラと婚姻して伯爵位を取るも良し。後継ぎは望めなさそうだから、分家から養子をとって、継がせるも良し。


 もうひとつ、道を示してやろう。

 東の国の騎士団に入団し、騎士となって武勲を立てるがいい。東の国が手放したくないような騎士となれたら、ヴィオラからも解放してやろう。

 従騎士として最低三年はかかるから、そうだな、二十歳まで、お前に時間をやる。二十歳になっても武勲を立てられなければ、大人しく成人したヴィオラと一緒になるんだな。


 で、どうしたい?


 金色の猫が意地悪く笑う。


 そんなの、決まっている!


 僕は東の国の騎士となって武勲を立て、アリーチェを迎えたいと言った。


 辺境伯は、()()()が手放すとは思えないが、アリーチェが、何者にも強制されず、自ら望むなら東の国と調整しよう、と言ってくれた。





 ならば、僕は、望むよ。

 アリーチェと共にある未来を。

 どんな形でも、人生をかけてでも。





 僕は東の国の騎士団に入団した。


 やがて。

 僕は、従騎士候補生として、厳しい訓練と実戦を仲間と共に乗り越え、騎士について西の国へ魔物たちの討伐に派兵されることになる。


 そこで、他の男の妻となった愛しい人(アリーチェ)と再会することになるなんて、この広い世界での有り得ない縁を恨み、嫉妬で心が粉々に砕けて、とても苦しめられることになる。


 どんな形でも。


 そう望んだのは確かに僕だけど、「そこだけ」叶えられるなんて、逆にひどいと思う。


 僕の人生はまだまだ終わらない。

 ……僕のアリーチェが、他の男を見ているのを側で見ている、僕の人生は、続く。




読んでくださり、ありがとうございました。


ミケーレはこの先も叶うことのなかった初恋に身を焦がします。


幸せは自分の感じ方ひとつ。


この先、ミケーレは幸せを感じるかは、ミケーレ自身の問題です。


いつか、きっと、何かを掴み取ると思います。いつか。



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