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第三話「チャラ男の秘密」

「あぁー…。クッソ。完全に落とされた…」


俺、堤紘太朗は男子の棟に戻ってから廊下でしゃがみ込む。

幸いもう周りには誰もいない。


夕日に照らされているから。走ったから。

火照った頬が熱いのは、それだけが理由じゃない。


不意打ちが過ぎる。なんだアイツ…。




◻️◻️◻️




俺は天才ピアニスト、堤聡太朗の三男として生まれた。


当然のようにピアノの英才教育を受けた。

物心ついた時にはピアノがあることが当たり前の生活を送っていた。


父は天才と名高かったが、陰で下剋上ピアニストとも呼ばれていた。

彼は音楽一家の生まれではなく、ごくごく平凡な家庭の息子だったからだ。


だからトップにはなれなかったとよく父は零していた。


父はその自らは挫折した「トップを勝ち取る」という自分の野望を叶えるために、ピアノの名門一家の娘であった母と結婚し子供を産ませた。


もちろん上の兄弟もピアノを弾かされていたが、二人とも性に合わず結局俺しか残らなかった。


兄弟の中で一人賞を取り続ける俺に父は言った。

「最高傑作」だと…。


母はそんな父の本性などつゆ知らず、年の近い姉や兄を育てるのに手いっぱいで、俺の傍にはあまりいてくれなかった。


だけど母にこっちを見てほしくて、必死に練習し賞を取っていた。

そんな俺に周りの大人たちは必ず言った。



「お父さんの才能ね」



誰も俺の努力は見てくれなかった。

笑顔で称賛する反面、こびへつらうような表情が気持ち悪かったのを覚えている。


そして、この演奏はすべて父の才能、父の能力であると思えば思うほどピアノから俺は離れていった。


俺が公の場でのピアノ演奏から距離を置くと、褒めたたえていた父や周りの大人は途端に俺に興味をなくした。

コンクールでピアノを弾かない俺に、価値などないと言われているかのようだった。


母は何も言わなかったが、音楽一家の娘の子供が誰一人音楽の道へ進まないとなると、親からの圧力や世間の目線も厳しかったのかもしれない。


いや、父が突然家庭と距離を置くようになり、仕事にしか目を向けなくなった理由を察したのだろうか。


母が、俺がもう一度ステージの上でピアノの前に座ることを望んでいることは明らかだった。

そんな母には悪いと思ったが、父はもちろん、最早母とも視線を合わせることが苦痛だった。


その目が、俺に弾くことを強制させているようで…。


俺は、自由に…何にも囚われず弾きたかったのだ。



母は、わかっていても、信じたくなかったのかもしれない。

…父が、母の一家に入るためだけに愛のないを結婚したことを。


日に日に母は気力を無くしていった。

以前は家事なども母が行っていたが、今はもうすべて雇われのお手伝いさんに任せっきりだ。


離れの屋敷に一人移動し、ただ椅子に座って一日をすごしているらしい。

もう、五年は会っていない。


高校だって、本当なら留学して本場を経験するはずだった。

父の反対を押し切り、大学まで繋がったこの開城にどうにか受かってこの場にいる。


別に父を恨んでいるわけではない。彼は確かに努力でのし上がった才能ある音楽家だ。


ピアノのことも嫌いなわけじゃない。

いや…好きなのだ、それも心から。わざわざ鍵を借りて、学校で弾くくらいには。


でもそれを、まだ上手く受け止めきれずにいた。

自分はピアノが好きであり、本心ではそれを仕事にしたいと思っていること_父の才能で生きていく決意をすることを。


誰をも魅了し勇気づける音を紡ぐピアニスト。

俺がなりたいもの。しかし、父から受け継いだ能力を使わなければならない。


板挟みになっていた俺に、彼女の言葉はまるで天から降ってきたかのようだった。



「あなたの努力の成果でしょ」



あんなにまっすぐに、そんなことを言われたのは初めてだった。


父の話をすれば、皆必ず「だからか」と言った反応をする。


英才教育を受けてるはずだからとか、親の才能を持っているからとか、色々思われていたのだろうが…彼らが俺の努力に目を向けたことはなかった。


それを彼女は、あっけなく壊していった。

『俺の』努力だと。その成果だと。

一番欲しかった言葉を、まさかあんなに突然に与えられるとは思っていなかった。


簡単に、まるで当たり前のように。

当然だと口に出されたその言葉に、今どうしようもなく救われている。



「…ありがとう…」



本人はもちろん、誰もいない廊下で俺は一人呟いた。


八王子姫乃。彼女のことを想い出しながら_。




◻️◻️◻️




「姫―。なーんか同じクラスの奴が姫こと探してんだけど?」

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