第一話「“プリンス”とはこの私、八王子姫乃です!」
あれは、いつのことだっただろう。
初めて少女漫画を親に買ってもらった私は、そのドラマティックなストーリーと魅力的なキャラクターにそれはそれは感動した。
そして、多くの女子のように「こんな風になりたい」と憧れたものだ。
え?誰にって?そりゃあ…
主人公と結ばれた、〝ヒーロー〟に、決まってるでしょ?
◻️◻️◻️
「八王子様!!おはようございます!!」
「あぁ、おはよう」
登校中の私に挨拶をしてきた女生徒二人に挨拶を返すと、きゃあっと顔を赤くしていた。可愛いもんだ。
え?『様』って呼ばれてるからお嬢様学校なのかって?
いやいや違う。
私が通っている開城女子高校は、偏差値が日本でトップなこと以外はいたって普通の私立の女子高だ。
あ、でも制服は白いラインの入ったグレーのブレザーと、赤いチェックのスカート、深緑のリボンタイで日本有数レベルに可愛い。
その上非常に校則が緩い。
なぜかスクールバックとワイシャツだけ指定だけど。
じゃあ何で八王子様なんて呼ばれてるんだよ?
そうお思いになったことだろう。
ふっふっふ…。何を隠そう、私、八王子姫乃は_
_私立開城女子高校の〝プリンス〟と呼ばれているのである!
『様』付けは当然だ。つまりは世に言う「女子高の王子様」である。ちなみに二年生だ。
私が廊下を歩けば皆振り返り、会話をすれば顔を赤くする。
一年生の時のバレンタインには下駄箱、机の中など隙間という隙間にはチョコがぎゅうぎゅうに詰められ、告白されるのに忙しかった。
自分で言うのもなんだが、あふれ出るオーラが最早王子なのだと思う。
抑えられない輝きと薔薇が宙に舞っちゃうのだ。
いやぁ、モテない男子たちには申し訳ない。
「ふっ…」
私は己の憧れに着々と近づいている自分に酔いしれ、微笑む。
今の笑みだけで少なくとも五名の生徒が頬を赤く染めたのが目に入った。
私の憧れとは…そう、初めて読んだ少女漫画「ぷりてぃ♡kiss」のヒーロー、一ノ瀬ヒカルくんである。
その端麗な容姿はもちろん、主人公に対する優しさやさりげない気遣い、学年トップの成績を維持する影の努力…全てにおいて完璧だ。
私は彼に近づくため、それはそれは血のにじむような努力をしてきた。
まず、腰まで伸ばしていた黒髪をバッサリと切った。
襟足が長めのベリーショートだ。
それから、笑顔の練習。
くしゃっと笑う素の表情も大切だが、ヒカルくんのような誰をも魅了する美麗で優し気な微笑みは一朝一夕では身につかない。
次に、勉強。
日本の最高峰、開城大学へのエスカレーターでの進学が可能なこの高校に通うため、私はヒカルくんと出会った10歳の頃から必死に勉強をした。
合格した時の感動は忘れられない。
最後に、運動。
残念ながら先天的なセンスを持たなかった私は、中学ではどの部活にも入らず、一人走り込みや体育で行う各スポーツの基礎練習に励んできた。
その結果、体育祭や球技大会では選手に選ばれ、エース並の活躍をすることができた。
他にも食事のマナーや立ち振る舞いなど、様々な努力を行った。
いやぁ、今でもあの日の自分はよく頑張ったと思う。
しかし、まだだ。まだ、ヒカルくんには及んでいない。
何かが足りないのだ。
私はそれを見つけるまで、日々己に磨きをかけてゆく心積もりだ。
「ひーめのさんっ!今日も王子オーラぷんぷんですねぇ」
通学路を歩いていた私に、ニヤニヤしながら肩に手を回してきたのは私の幼馴染、烏野夕貴だ。
きつめのパーマがかかっている肩まで伸ばした茶髪、派手なメイク。
見た目はガッツリギャルである。
つーかぶっちゃけ、いかつい。ギラっとしてる。
幼馴染じゃなかったら絶対関わりたくない。
中身は割と、普通なんだけどね。
「うーるっさいなぁ」
この子の前だと、私もつい素が出てしまう。
スーパー庶民派で言葉遣いが悪めの平凡な本当の姿を晒せるのは、夕貴だけだ。
二人で話しながら校舎に入る。
もちろん、道行く女生徒に爽やかな笑顔を振りまき、学園のプリンスとして堂々と歩きながら。
__夕方。
「あーっ。今日も授業終わったあああー」
ぐてぇ、と背もたれに寄りかかって夕貴が言う。
後ろの私の席の机に夕貴の髪が広がった。
「もー。髪、髪!セット崩れるよ」
毎日完璧にやっているんだから勿体ない。
窓際、一番後ろという最高の席に私が陣取っているのは、クラスの子達が
「八王子様はお好きな席にお座りください!!」
と言ってくれたからだ。
しかし、夕貴が私の前の席になったのには別の理由がある。
我がクラスのボス的存在である彼女が、その権力を有無を言わさず堂々と振りかざしたからである。
「あたしは姫乃の前ねー」
と、当たり前のように席を移動させてきたときは流石だと思った。
誰も何も言えない、圧巻の立ち振る舞いである。
唖然としている私に、当然でしょ?とでも言わんばかりの表情で不敵に笑ってきた彼女は、正真正銘の我がクラスの支配者だ。
私が保証しよう。
スクールバックに教科書を詰め、帰りの支度をしていると、一人女生徒がこちらに近づいてきた。
「あ、あの八王子様っ…!」
「ん?なんだい?」
真っ赤な顔で話しかけてきたその子に、微笑みで対応する。
「その、先生が、八王子様を呼んでいました…」
だんだんと尻すぼみになっていく彼女は今にも倒れそうだ。いやぁ、プリンスというものは罪深い。
「そっか。わざわざありがとう」
改めてもう一度微笑んでから立ち上がり、頭一つ小さい彼女の頭にポンっと軽く一回手をのせると、きゃああと周りから声が上がった。
170センチの平均よりは大分高めなこの身長も、プリンスとしては有難い。
「気をつけて帰ってね」
そう言って、鞄を手に取りその場から立ち去る。
話しかけてきた子が友達に支えられていることを横目に確認しながら、私は今日も自分のプリンスさ加減に満足した。
言われた通りに先生のもとに行くと、50代男性である彼も心なしか頬を赤く染めながら仕事を任せてきた。
どうやら音楽の教科係である私に、印刷した楽譜を音楽室まで運んでほしいらしい。
◻️◻️◻️
言い忘れていたが、開城女子は中心に存在する共同棟を挟んで、同じく名門の開城男子の隣にある。
高校では男女別学だが、音楽室、美術室などの特別教室はその共用棟にまとめられている。
より高い質のものを生徒が扱えるようになっているのだ。
体育館やプールも共同で、どの施設も歴史は感じられるものの、抜群に綺麗だ。
日頃の手入れの賜物だろう。
ありがとう、ウチの掃除をしてくれている業者さん。
ちなみに、開城男子とは共同棟があるとはいえ授業の教科が被ることはないため、姿を目にするくらいであまり鉢合わせすることはない。
◻️◻️◻️
音楽室は共用棟にある。そこそこの距離があるので、帰りは少し遅くなってしまうなと息をついた。
いやいや。学園のプリンスたるもの、どんな仕事も爽やかな笑顔でこなさなくてはならない。
鍵を借りるため職員室へ赴いた。
そのまま楽譜を受け取り、音楽室へ歩く。
何人かの女生徒に
「私がやります!!」
と声を掛けられたけれど、丁重にお断りさせて頂いた。目指すは雑用も謙虚にそつなくこなすプリンスである。
◻️◻️◻️
_やっと着いた…と音楽室の前で一息つく。鍵を開けようと鍵を鍵穴に差し込んだ。
「あれ?」
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