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EP6【「おはよ〜っ」】

「いってらっしゃ〜い」

「いってきます……」


 翌日の朝。碧空りくは母に見送られながら、ゲンナリとして扉を開ける。

 昨日に母と妹に根元までごっそりと絞られて、早朝からもうヘトヘトだった。


「本当、大概にしてほしい……」


 恋バナが好きなのは良いが、嵐のように質問されるこちらの身にもなってほしい。


 既に扉の向こう側である母に恨みがましくそう呟きながら、碧空は瞼を擦る。

 今日の天気は快晴。日光は眩しく、こうしないと眠気が残る目は慣れてはくれない。


「りくくん!」


 欠伸も共に噛み殺し、出発しようと段差を降りれば、聞き心地の良い声が鼓膜こまくを叩く。

 微かなまどろみのある意識でそちらに視線を向ければ、素敵な笑顔の少女が一人。


「おはよ〜っ」


 音恵おとえだった。バッグを肩に掛けて、こちらに手を振ってきてくれている。

 その姿を見て、碧空は細くなっていた目を見開いた。眠気だって、一瞬で吹き飛んだ。


「音恵!?どうしてここに!?」


 昨日までならば、七海家の前であるそこには音恵がいることはなかった。

 二人は電車通学だが、仮に駅や電車内で探したとしても音恵がいることは無い。


 どうも彼女ははかなり早く登校しているらしく、碧空が学校に着く頃には既に責任座っているのだ。

 だから、いつも通りの時間帯に出た碧空は音恵がそこに居ることに驚いてしまう。


 だが、たしかに音恵がそこにいるし、朝から素敵な笑顔を自分に見せてくれている。

 そんな音恵は、碧空の言葉にこてん、と可愛らしく首を傾げた。


「どうしてって……りくくんと一緒に行こうって、思っただけだよ?」

「……っ」


 きょとんとした表情で、さも当たり前かのように言う彼女に、碧空は心臓がどくん、と跳ねる。

 恋人になってから降り注ぐ非日常の数々に、碧空はまだ夢の中にいるのではないか、と自分を疑ってしまう。


 しかし、親指の爪で人差し指を強く刺しこんでみても、やはり現実。

 このまま幸せな出来事が起これば、今後自分はどうなるのだろう……


「りくくん?」


 そんな事を一人考えていた碧空の様子を見て、音恵が一歩近づき呼びかけてくる。


「そ、それならいこうか!」


 碧空はそれで我に返り、顔を熱くしながらこくこくと勢いよく頷いた。

 視界は音恵を捉えようとするが、どうにも瞳が泳いでしまって右往左往してしまう。


「え?う、うん……じゃあ、はい」


 そんな碧空の反応に音恵は首を傾げるも、頷いて手のひらをこちらに差し出してくる。

 その頬はほんのりと赤く、碧い瞳が上目遣いでうるうると碧空を捉えていた。


「……え?」


 音恵の表情はとても可愛く映ったが、碧空はどういう意味かよく分からなかった。

 差し出された手と音恵の顔を交互に見て、まだ冷めない顔のまま首を傾げる。


「……手」

「……て?」


 小さく呟かれた音恵の言葉を碧空は飲み込み、それが''手''だと脳が処理する。

 その瞬間に、昨日の光景がフラッシュバックして、反射的にその手を取っていた。


「……えへへ」


 繋がれた手を見た音恵は、幸せを噛み締めるようににぎにぎと握り小さく笑う。

 その顔は、昨日のようにとても幸せそうな表情を浮かべていた。


 やはり小さくて、柔らかくて、温かくて。

 昨日と同じ感想を抱き、心臓が甘い鎖にぎゅっぎゅっ、と縛られていく。


「……行こう」


 もう理性が溶かされそうな今の現状から逃げるように、碧空は音恵の手を握り返して足を踏み出す。


「うんっ」


 そんな碧空に音恵は無邪気な声で頷き、碧空と距離を横に合わせる形で足を踏み出す。

 その足取りはとても軽そうに見えて、とても上機嫌なことが伺えた。


 跳ね上がて、締め付けられて。もう爆発しそうな心臓を、碧空は必死に、押さえ込んだ。

 本当、今後自分はどうなるのだろうか。甘い恐怖を感じつつ、碧空はそう思った。

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