第2話、それは怪人のようで。
4月、それは出会いの季節。俺は今日、スーツケース一つ片手に辺鄙な田舎から抜け出して、大都会K市へ引っ越してきた。やはり人の数は異常だ。俺が以前住んでいた田舎なら、包丁をどんなに振り回そうと、家族にしか当たらなかったが、ここでなら大量殺人になってしまうだろう。気をつけなくては。
さて、なんのためにわざわざ人の多い大都会へ引っ越してきたかと言うと、理由は三つある。
一つ、高校は県内屈指の進学校に入学するから。これは、俺がもっと見聞を広め、田舎の故郷を立て直したい。そのために学力を身につけたいから。というのが表向きの理由だ。本当の理由はもっと単純で、田舎の馬鹿高に入って父親に馬鹿呼ばわりされたくなかったからだ。親父と来たら、いつも何かと俺に突っかかってくる。内容も日によってまちまちだが、毎度思わされるのが、俺より親父の方がガキくせぇという事だ。
そして二つ、家から離れすぎているのでルームシェアを始めるから。最初は母親に言われたのだ、始発の電車に乗れば学校に間に合うよと。だが家から駅まで徒歩40分、始発の電車に乗って乗り換え含め2時間、合計して約3時間もかかるわけで、毎朝そんな生活を繰り返していたら俺は過労死してしまう。そもそも往復に6時間なんて勿体なくて仕方がない。そこで、ルームシェアを始めようとしている人が居たのでその人にメールでお願いし、今日からお世話になるという訳だ。運のいい事に都会とは思えないほど破格の値段で泊めてくれるらしく、親も一人暮らしではないという事で納得してくれた。
三つ……、それはある種使命のようなものだろうか。こればかりは父親も母親も反対する気にはなれなかったらしい。その使命というのが、今俺の目の前にいるコイツ……。
「グヘヘヘヘ、全員グルグル巻き巻きだぜぇ全員ッ……!」
怪人を退治することだ。
いきなり突拍子もない自己紹介となってしまい申し訳ないが、俺の名前は松本ヒロシ。10年前にヒーローとして目覚め、それから怪人を倒す生活が始まった。俺の住んでいた田舎は貴重な鉱石が多く発掘されるらしく、地球外生命体とも言われる宇宙塵が何度も攻めてきていたのだ。
そんな村を守るために立ちはだかったのが当時小学一年生の俺。くぅ、カッコイイね、俺。そして今はK市という大都会にてヒーロー活動をしにやって来た。新たな戦いの始まりという訳だな。
「た、助けてくださいっ!」
やれやれ、最近大都会で怪人が出没するという話をオーナーさんから聞いてはいたが、まさか引越しの当日に出会すとは。しかもこんな朝早くから駅のホームで会社員らしきオッサンを襲って。怪人というのはどうも暇人らしい。ちなみに怪人の事はルームシェアをしてくれるオーナーさんが教えてくれた。当時どんな理由で親を説得してもルームシェアを認めてはくれなかった。しかし、オーナーさんが教えてくれた怪人情報のお陰でヒーローをやっている俺は両親の反対もなく引越しができたという訳だ。
オーナーさんは「怪人が最近出没するのでご両親も心配ですよね」というメールをくれただけなのだが。まさかそれが理由で引越しが決まったとは思いもよらないだろう。
それにしても、周りの人間は見て見ぬふりだ。都会の人間は薄情だとおじいちゃんが泣いていたが、なるほどこういう事なのか。確か都会にもヒーローは居ると聞いていたが。あ、駅員さん居るじゃん。通報しろよ、ほら、怪人だよ? 通報しろ……あ、今目を逸らした。今目を逸らしたよな。
「ったく。都会ってのはこうも他人に興味ないのかねぇ……おい怪人、そのオッサン離せよ」
「あぁ? お前なんだお前。俺様に歯向かうってのか俺様に?」
蔓が絡まり合い形成された人型の形状のそれは、紫色の顔をゆがめて笑う。よく見れば顔のパーツは全てコチョウランに似た小さな花の集合体で、時折花びらが風に揺れている。なるほど、怪人の名前の由来はここからか。確かに花だ。だが、物凄く気持ち悪い。
「お前以外に怪人は居ないだろ? ほら、さっさとオッサン離せよ」
「えっ、そうなの?」
「何キョロキョロしてんだよ。むしろお前には何が見えるんだよ」
「ほらほらー向こうに怪人が!」
怪人が慌てた様子で指した場所には、確かにスキンヘッドの……。
「あれは外人だよ!」
「いえ、私生まれも育ちもこの街です」
もはや外人ですら無かった。
「良いからはよオッサン離せよ」
「ちっ、分かったよ」
渋々といった形で吐き捨てた怪人は、オッサンのカツラをポイッと投げ捨てた。
「そっちはいらねぇよ! オッサンとカツラを切り離すな!」
「ばーかばーか、せっかく捕まえたんだせっかく。俺様が返す訳ねぇだろ俺様が。コイツは俺様の養分となって死ぬんだからなコイツは!!!」
怪人の事だ。素直に言うことを聞くわけがない。それにいちいち口調がうるさい。ここはさっさと倒して静かになってもらうとしよう。
「分かったよ怪人。今からお前をぶっ殺してやるから安心しろ」