例え話をしよう
町から離れたところに小高い山がある。
その山へ向かって雑木林の中を真っ直ぐ進む途中、水の流れる音を頼りに道を逸れていくと、そこだけ円形に落ち窪んだ崖が見つかる。
その崖の下には、どこか御伽話に出てきそうな漆喰の壁に橙色の屋根瓦を持った家がポツンと立っている。小さいながらも二階建てで、二階の屋根から突き出る煙突からは常に白い煙が短い尾を引いて出てきていた。
格子が十字になっている丸窓はいつも閉まっており、一階にある玄関扉は開いたところを見たこともない。
崖の上から見える景色といえば、その家とそれをそっくりそのまま写す小さな池のみ。
そうなのだ。
円形の崖の下は半分は陸地、半分は池なのである。実際には池かどうかは微妙なところである。どこからか地下水が湧き出しているからそうなっているのかもしれないし、単純に雨が溜まっただけの大きな水溜りかもしれない。日によってそれが青く透き通ってかなり深いところにある底を見せる限りでは、池ーーー或いは溜池と言っても良いのかもしれない。
話が戻るが、そんなところに家が建っているのである。水の音を頼りに来たのに水が流れる様子はどこにもなく、突然目に飛び込んでくる崖とその眼下の家。誰が想像できようか。
「あ、水の音だ。この音から推測するに……あっちに崖があってその下に家があるぞ!」
普通、そんな思考にはなりはしない。そもそも水の音はその崖のある場所からもう少し離れたところから響いているし、相当下手な歩き方をしなければその家は見つからない場所にあった。
そんな辺鄙な場所にある家に。
ある日ーーー。
その家が建てられて十余年。家主以外に初めて扉を開く者が現れたのだった。
開けた者はこう言った。
「俺をあんたの弟子にしてくれ」
若い少年の声が狭くて小さい家にこだましたのであった。
「弟子ねえ」
驚きの声も上げずに家主であろうその女は振り返ると、楽しそうにそう言った。
物で散らかる書斎の椅子に座る女は、玄関扉を開け放った格好のままの小さな少年へと体を向けて座り直した。
「弟子ってなんの弟子だい?」
よく晴れた青空のような髪を女は指でくるくると巻きながら、上目遣いで聞いてきた。
口振りは古いのに、声はとても澄んでいた。海のような深い蒼色をした瞳が少年を一瞬虜にする。
だが、すぐ我に帰った少年はこう言った。
「あ、あんた、魔法使いなんだろ。俺に魔法を教えてよ!あんたの、魔法使いの弟子になりたいんだ」
「おやおやそうかい。まあまあ、とにかくお入りよ。そこで話す事でもないだろ?」
「じゃ、じゃあ!弟子にしてくれるのか!?」
「早まるでない。ほれ、こっちへおいで」
手招きをされた少年は扉から手を離し、中へと入っていった。玄関扉が閉まると部屋に散らばるように置かれた鉱石が蝋燭よりも遥かに明るい光を放って部屋を照らし始めた。それはまるで陽の光がそのまま部屋に入り込んでるかのような明るさであった。
「うわあ」
「なあにを呆けておる。こっちだ、少年。人をもてなすのはかなり久しぶりのことだから、あまり文句は言わんでくれよ」
そう言って女は、本や書類が積まれた脚の短いテーブルをひっくり返して、それらを全て床に落としていった。乱暴な割に埃は一切たたなかった。
女は積み上がった本を椅子の代わりにして座ると、少年にもそれを促した。少し緊張した面持ちの少年は、女のそれに素直に従った。しかし、そのせいか、女が虚空からティーセットを出すところを見逃してしまっていた。
「ほれ、これぐらいしか用意できないが、どうぞ召し上がれ」
紅茶と焼き菓子がテーブルの上に並べられていた。
少年がそれらに手をつけ始めると、女は嬉しそうに笑顔を作った。
「正直に言うとだな。君が初めての来客なのだよ。お気に召してくれたようで、私は安心した。好きなだけ食べていいぞ」
そう言うとまた桜色の唇が綻んでいった。
「しかしなあ。弟子になりたいとは。驚きだね」
「驚いてなかっただろ」
「驚いてたさ。とてもね」
菓子と紅茶を口に頬張りながら少年が言うと、女は苦笑した。
「魔法を教えてほしいと言っていたね」
「んぐ……。ああ、そうだ!あんた、魔法使いなんだろ。それもとびっきりすごい」
「これはまた。どうしてそう思うんだい?私は君にそんな自己紹介をした覚えはないんだがね」
すると少年は立ち上がり言った。
「俺は知ってんだぞ!あんたが世界で一番最強の魔法使いだってことを!俺は見たんだ。あんたが一人でドラゴンを倒したところを!」
「私がドラゴンを?」
「証拠だってある!これを見ろ!」
首を傾げる女に少年は一握りの鉱石を突き出した。するとそこから白い肌に青い長髪、蒼い瞳を持った女の姿が浮かび上がってきた。
ーーー『術式起動には、レイネ・マヌエルの承認が必要です。証を提示してください』ーーー。
そこから浮かび上がる手の平サイズの女の姿と声は、正しく今少年の前にいる人物と瓜二つだった。
「あんた、伝説の魔導師レイネなんだろ」
少年は言うと、沈黙の後に生唾を飲み込んだ。
伝説の魔導師レイネーーー。
それはかつて、魔獣に苦しめられていた人々を、その身一つで全てを救った大英雄の名前であった。土を踏めば大地が花咲き誇り、空を駆ければ虹ができ、腕を一線横に薙げば山が平地になり、彼女の吐息は大地を凍りつかせ、時には命をも蘇らせたという。それ以外にも各地で様々な逸話を持つ実在した大英雄。
正に御伽噺に出てくるような人物である。
『レイネ』と名指しされた女はーーーしかし、それに答えなかった。笑顔のまま困った表情を少年に向けていた。
「なんだよ、なんか言えよ」
「と言われてもね」
「レイネなんだろ!」
少年は尚も食い下がる。
今も少年の手に握られる鉱石からは青髪蒼眼の女性が映し出され、同じ言葉を繰り返していた。
女はそれを見て肩を竦めて言った。
「君の言う魔導師レイネって、よく聞く御伽噺のやつだろう?」
「ああそうだ!青い髪に蒼い瞳を持つ英雄の話だ!」
「だったら私はレイネではないよ、少年」
嘘だ!と少年は口にしようとして、女に静止させられた。
「だってその話は遠い昔が舞台の話だったはずたろう?だったら、その人は確実に死んでいる筈だ」
女は少年の目を真っ直ぐ見てそう言った。
しかし、少年は女の言ったことに納得を示さなかった。
あの時、高い空の上で人の数十倍もの大きさを持つドラゴン相手に、女は素手を数回振るうだけで肉片に変えていった。あの光景は嘘ではない、と少年は断言できた。夢のはずがない。現にその時拾った鉱石は今とここにあるのだから。
「レイネは生きてる。あんたがレイネなんだ!」
少年は、女がレイネであるという証拠を突きつけながら声を上げた。
しかし、女はそれでも縦に首を振らなかった。代わりに自分に向けられた少年の手を両手で包み込み、そっと拳を解いていった。
女の手に鉱石が移った時には、既に映し出されていた魔導師レイネの姿は消えていた。
「これだって、そのレイネの話が好きな人が作った玩具かもしれない。私に似ているのはほんの偶然だよ。町のどこかに歩いていた私をその人は盗撮したのかもしれない。音声なんてのは、女性の声であれば大体似るだろうし」
女は諭すようにそう言った。
しかし、少年は眉間に皺を寄せ、駄々を捏ねるように反論した。
「あんたが空を飛んでたのを見たんだ!そしたらこれが落ちてきたんだ!玩具なんかじゃない!」
「困ったなあ」
「嘘つくなよ!あんたはレイネだ!魔法を俺に教えてくれよ!!」
「落ち着け、少年。ほら、一度座りなさい。ね?君の話を聞かないとは言っていないだろ?」
女は新しく菓子と紅茶を用意し直した。それも、今度は目の前で用意するのではなく、一度裏に隠れてからである。どうやらこの子の前で魔法の類いを見せるのは、よからぬ反感を買いかねないと思ったからであった。
差し出すと少年は膨れっ面で頬張り出した。食べてる姿は実に子供らしかった。
女は説得するなら今のうちにと思い、居座りを直した。おそらく、頭ごなしに自分がレイネではないと言ったところで聞いてはくれないだろう。
女は軽く息を吸うと、笑顔を作った。
「では、そうだな。もし、私がそのレイネだとして、君はなぜ魔法を教わりたいんだい?」
「そんなの決まってんだろ?レイネは魔法を生み出したすごい奴なんだぞ。レイネから魔法を教われば、俺は絶対に強くなれる!レイネの次に世界最強になれるんだ!」
「世界……最強、か」
いきなり壮大な野望が少年の口から飛び出てきて、女はこめかみに人差し指を当てた。途端に気が重くなるのを感じる。
伝説の人物、魔導師レイネを伝説たらしめているのは何も世界を救ったからという理由だけではない。
少年の言った通り、彼女は魔法を見つけ、その法則を解き明かして世界に広めた張本人なのである。
確かに少年の言う通り、魔法の第一人者から魔法の手解きを受ければ彼女の次に凄腕の魔法使いとなれるだろう。
単純な考えだが、確かに的を射ていた。
「最強ねえ。確かに彼女の魔法は現代と違うし、この世の誰もあの域には達していないからね。魔導師レイネが生きていたら誰もが教えを請うだろうね」
「だから、教えてって言ってんじゃん!!」
「簡単に言ってくれるなよ、少年。私には君にまだ問うことが沢山あるんだよ。物事を急いている様では、そもそも魔法の何たるかを学ぶことすら難しいだろうさ」
然も師が弟子に向かって言いそうなことをレイネは口にした。するとそれは効果的面だったようで、少年はぐうっと口を噤んだ。
「どうして、魔法を教えて欲しいんだい?」
「だから最強になりたいから!」
「これ。急くな言うとろうが。最強になりたいと言うのは魔法を学び、扱えるようになった後の結果論であろう?そうではない」
「じゃあなんだよ」
不機嫌そうに言う少年に女は肩を竦めた。
大人相手も大概だが、子供相手もなかなかままならないものだな、と女はつい思ってしまった。
それがいつのことを思ってなのかは、彼女にしか分からない。
「君は魔法に何を求める」
「魔法に……もと、める?ってなんだ?」
魔法とは即ち、現象を引き起こす力。
「魔法に何を望む」
その力の根源は己の意思。
「魔法に何を期待している」
力を使うことへの責任は、いずれ想像を軽く超えて己を苦しめることになる。
「少年の言う、『サイキョウ』とはだから何を以ってして『最強』なのだ?」
魔法を使う者は皆、その力を持て余す。
術の種類によっては幼い子供でさえ、大人を殺すこともできてしまう。
女は少年が口にする最強という言葉が、単に他者をねじ伏せる為だけの中身の無い目標にしか聞こえなかった。
おそらく本当にそうなのだろう。
単なる憧れと単なる羨望。最強という、安直な考えから生まれる夢を少年は言っているに過ぎないのだ。
(まあ、そこは子供らしくていいとも思う)
呼吸をして自身の身体を脳味噌で動かす以外に、魔法を通して事象に干渉し行使できるというのは、人間誰しも何かしら思ってしまうものである。それは責めるべき点ではない。
ーーーしかし。
だから、敢えてそう聞いた。
少年は女の思惑通り質問の意味が分かっていないのか混乱している。
しかし、頭のどこかでは分かっているのだろう。その言葉を口にするかどうか迷う仕草もしている。
「思ったことを。考えていることをただ教えてくれればいい。なに。私は君の本当のキモチを知りたいだけなんだ」
女は背中を押した。
それも満面に笑みを湛えて。
単純に武力を求めてのことならば、それを大人らしく叱責し、「そんなことに魔法を使うのなら教える義理はない」と言ってしまえる。
それは女がレイネかどうかという以前の問題で、弟子にするという選択肢を潰すことができる。
無用な押し問答を避け、話を切り上げる。
そして、最後に言う台詞を女は既に用意していた。
「魔法は教えることは出来ないが、何か困ったことがあれば私は君の力になろう。いつでも歓迎する。お互いに楽しいお話が出来ることを私は願っているよーーー」
ーーーまたね。
と。
女は心の中で拳を握り、グッドエンディングへ王手を掛けた。
なにせ、これでまた少年は来てくれるだろうし、次はもっと有益な会話を楽しむことができるはずだからである。
さあ、少年よ。さっさと心の内を吐いてしまえ!
女は実に欲望剥き出しに思考を回転させていた。
すると、少年がついに声を発した。
「わっかんないよ!!!魔法が何かとか知らないよそんなのっ!!そんな難しいこといいんだってば!俺はとにかく最強になりたいんだってば!レイネみたいな、最強で最高の大英雄になりたいんだってば!!!」
少年の大音声が狭い部屋を反響していった。
「……………ぁ、あれ?」
答えを待ちわびていた女は思考と耳が遠くなるのを感じつつも、思惑と違う方向の返事が来たことに天井を見上げた。
「なあレイネ!俺を弟子にしてくれよ!」
話が完全に元に戻ってしまった瞬間だった。
「魔法を俺に教えてくれよ!最強になって、英雄になりたいんだ!」
少年は元気いっぱいである。
女はついに笑顔を崩し、難しい顔になった。
(ならばあるまい仕方ない)
そう考えると、女は初めの時よりも多く息を吸って、言った。
「じゃあ、君は今から最強だ!」
青髪蒼眼の女はビシッと少年を指差すと、腕を組み満足気に言葉を締めにかかった。
「ーーーこれで文句あるまい!」
女はしたり顔だった。
「…………は、はああああああ!?!?!?」
一瞬遅れて、少年は不満な顔を全面に出すと絶叫した。
しかし、女はその反応を喜ぶかのように鼻を鳴らしてた。
「何を驚いている?少年はもう最強だ。良かったではないか」
「良くなんかない!なんだよそれ!俺が子供だからって馬鹿にしてんのか!」
少年は顔を真っ赤にして怒り出した。
無理もない。相手が子供でなくとも怒る台詞である。
しかし、女はそれに全く動じず、少年を落ち着かせようとはしなかった。
続く言葉の声音は相変わらずだった。
「馬鹿になどしておらん。少年よ?私はレイネなのだろう?あの大英雄にして最強の魔導師レイネ・マヌエルなのだろう?」
「だったらなんだってんだよ!」
「その私が少年を最強であると認めたのだぞ?その事実が覆ることはなかろうて」
「ち、違う!!そうじゃない!」
「いや、なにも違わんよ」
反論しようとする少年に、女は目を眇めて黙らせた。
次いで、唐突にまた笑顔を作って言った。
「例え話をしよう」
立てられた人差し指に少年の視線が移る。
そして、その人差し指は女の胸元に動いていった。
「私が君の言うところのレイネであったなら、どうして少年はその言葉を疑うのかな?」
「だってそんなのおかしいじゃないか。俺は何にもしてないのに、最強になれるはずないだろ!魔法だって何も知らないんだぞ、俺は!」
少年は必死に反論してきた。
すると女を指し示していた指が、少年へと移った。
「もう一度言おう。君は最強だ。その真実は揺るがない。それを少年はそれでも疑うと言うのかい?」
「だから、言ってるだろ!そんなんで最強になれるわけないだろ!ふざけるなよ」
「ふざけてなどいない。少年は言ったではないか。私がレイネなのだろう?あんたがレイネなんだ、と。では、私は魔導師レイネだ。その事実を私は受け入れよう。なにかおかしいかい?」
女が問い掛けると急に少年は押し黙った。
「君が言い出したのではないか?だから私はレイネだ。この空間には少年と私しか存在しない。他者はおらず、お互いしかその存在を認めることができない。その世界でレイネである私が、君を最強と認めるのだ。誰がそれを疑う?二人しか存在しない世界で、私以外の誰が君を最強たらしめることが出来る?」
「だって、そんなの」
少年の表情が徐々に歪み出す。
「せっかく最強になれたと言うのに、君は泣くのかね?悔し涙を流して、それを否定するのかね?最強はそんなのじゃないと、間違っていると、言うんだね」
「だって、……だってそんなの違う、もん……。俺はレイネに魔法を教えて……欲しいんだもん……」
やり過ぎたと女は思ったが、しかし罪悪感を抱くことはなかった。実際、嘘偽りを言っているつもりはなかったのである。だが、少年の様子を見て何も思わないほど、嫌な人間でもない。ただ女の目的は自分の正体を有耶無耶にしたかっただけなのだから。
「君はもったいないことをした。だけれど、賢い子だ。人から言われた言葉ってのは自分の思う言葉の本質とは違うんだ」
大人気ない女に理屈をこねくり廻され反論出来なかった少年は、その女に抱きしめられると声をあげて泣いた。
そんな少年に女は、
「安心なさい。少年ーーー君は」
金髪のボサボサ頭を優しく撫で、
「最強になれる」
そっと囁いた。
「さて、そろそろ泣き止みたまえよ少年。言っただろう?例え話だと」
「泣いてなんかない」
「そうかい。ならば、私の胸元が濡れていることは不問にしよう。結果的にいじめてしまったわけだし」
女がぽんぽんと少年の頭に手を置くと、邪魔そうに手で払われた。ご機嫌斜めな様子だ。
これはもう次は家を訪ねてくれはしないだろう。女はそう思って、少年から潔く身を引いた。
「さあ、そろそろ」
「あのさ」
「ん?」
「……なんでもない」
女が別れを切り出そうとした瞬間、意図せず少年と被ってしまった。女は言葉の続きを促したが、少年は首を振って玄関のあった方向へと先に行ってしまった。
その場のタイミングというのはあるもので、女はそれを外してしまったことに少し後味の悪さを感じ、自身にため息を吐いた。
人との交流を苦手する女は、少年が向かった後を走って追いかけることが出来ず、ゆっくりとした足取りでそこへ辿り着いた。
開け放たれた扉を見て、もう行ってしまったのかと女は落胆した面持ちで扉に手を掛けた。
すると、その扉が途中で重くなり動かなくなった。
良く見ればその端には小さな手が掛けられている。
「どうしたのだ?何か忘れ物かい?」
「うん」
「そうか。なら私が取ってこよう。何を置いてきたんだい?」
訊ねると少年は姿を見せて、次いで首を横に振った。
そうじゃない。
一言、少年は言うと真っ直ぐ女を見た。
「あんたの弟子にしてもらうの忘れてた!」
その時、女がどんな顔をしていたのかは少年にしか分からない。
なにせ、そこにいるのは女と少年だけなのだから。
少年は女の目元から頬にかけて手をなぞらせると、腕を組んだ。
「レイネは寂しがり屋だったんだな」
「たわけ、あほう。……私はレイネなどではないわ。寂しがり屋でもない!」
「へえ〜。いいよ、なんだって。俺があんたをレイネだって言うんだからあんたはレイネだ」
少年は、にししと笑って言う。
「俺の師匠になるレイネに、お願いがある」
「何を今更。君は最初からねだりづくしじゃないか」
「じゃあ遠慮なく!」
女が袖で顔を拭うと、目の前の少年は両手を女に向けて伸ばして言った。
「俺に名前をくれ!レイネの呼びたいようにでいいからさ。これから最強になる魔法使いに名前をおくれよ!」
「これはまた」
図々しい童だ。
レイネは言うと、少年の手を掴まずにその金髪目掛けて手を伸ばした。
「少年は少年だ!!」
生意気な少年の頭を豪快に撫で回す。
「え、ええ!?ちょ、ちょっとやめて!」
「少年が成長したら、それに相応しい名をやろう。なあに、平気さ」
「だから、頭から手を離してっ」
「少年ーーー君は最強になれる」
そうして辺鄙な場所の家に住う女に、幼くも生意気な男の子の弟子が出来た。
女の名前はレイネ。
本名、レイネス・フィン・マグノリア・エヌマエル。
人は彼女を英雄と讃え、世界最強の魔導師と称した。
対する弟子の名前は、ただの『少年』ーーー。
世界最古にして最強の魔導師に『最強』を約束された唯一の弟子である。
その日から、止まっていた女の時間は動き出し、少年はその歩みを頂きへと突き進めていくこととなる。