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ブランコを漕ごう、空を見よう

作者: 白井卓郎

明日、恐らく僕は死ぬだろう。

今思えば退屈な人生だった。といってもまだ17年しか生きていないわけだが。

死を宣告したのは父だった。

「父さんと一緒に死んでくれないか?」俯き気味に僕に言った。

母は1週間前、父が仕事を失くした日に出て行った。正しい判断だったと思う。

僕はどうでもよかった。こんなことを言うと学校の先生なら「そんなことないだろう、お前の人生だぞ」と語気を強くして怒ってくるに違いない。ただ、本当にどうでもよかったのだ。

「3日後に死のう。その間にいろいろな整理をしてきなさい。整理が終わったら、家に来てくれ」

何故父が、僕が逃げ出すと考えなかったかはわからない。今こうしている間も遠くに逃げようと思えばできるのだが、不思議とそんな気分にはならなかった。

これで、退屈な人生を終わらせることができる。僕はある意味、この事態を喜んでいるのかもしれない。

家を出ようとするとき父から40万円ほどの札束を貰った。父が言うには退職金の一部らしく、好きに使っていいらしい。

退職金はこれくらいしか貰えなかったのかと聞くと、父は自嘲気味に笑いながら「お母さんと借金がほとんどもっていっちゃったよ」と言った。

その日はホテルに泊まってすぐ寝た。チェックインするときに子供が泊まりにきたと怪しく思われたかもしれないが、どうせ3日後には死ぬんだから、かまわなかった。


1日目、死は明後日に迫っていた。僕は特にやることもなかったので普段と同じように学校に行き、普段と同じように生活してきた。

放課後、特に親しい友人も彼女もいないので暇をもてあましていたら、偶然本屋を見つけたので立ち寄った。

特に読みたい本もなかったので、適当に選んだ小説と雑誌を数冊買った。

ホテルに帰ってからは買ってきた小説を一気に読んだ。

小説は、病気と戦いながら生きる子供たちを書いた本だった。

世の中には生きたくても死んでいく人もいるのに、自分みたいな心中という道を選ぶ人もいる。

僕はなんだかおかしくなってきて笑ってしまった。


2日目、朝起きても学校に行く気はなんとなくしなかったので、今日は無断欠席をすることにした。

無断欠席なんてするのは初めてだったが、罪悪感などは微塵も感じることはなかった。

僕は買ってきた雑誌に目を通し始めた。そのうちの1冊は今気づいたのだが、大人向けの雑誌だった。

その雑誌をぱらぱらとめくり始める。どうやら、この県内の風俗の紹介のようだ。

死ぬ前に一度くらいこういうことをしてみてもいいかもしれない。

部屋を片付けるとチェックアウトを済ませた。最初は3泊していく予定だったが、今晩は公園ででも寝るようにしよう。

僕は電車で歓楽街に向かった。

昼間からここに来たのは失敗だった。まるでゴーストタウンのようにひっそりとしている。

しょうがなく、ぶらぶらと歩き回ることにした。そうして、今に至るわけだ。


夜になり、街はコンセントをさした電化製品のように輝きを取り戻し始めている。

僕は、どこの店に行こうかを決めずにただ歩き回っていた。雑誌は持ってきていたが、最初で最後の店くらい自分の感性で決めたい。

そう思っていたのだが、勧誘に引っかかり連れて行かれてしまう。

連れて行かれた店は、少々寂れた所だった。いかにもやらしいことをしますオーラが出ている。

そこは料金前払いせいだったので僕はお金を払った。2時間で3万円コース、こういうところが初めてな僕は高いのか安いのかはわからなかった。

「お客さん、指名とかはありますか?」とボーイが尋ねてきたが、僕はここで働く子を知らないので、いないと答えた。

正直若くて可愛い子を期待していたのだが、そんなことはなかった。

30代後半くらいの人で、名前をミキと名乗った。顔も一般的な顔だった。

ミキはちょっと恥ずかしそうにしながら「私こういうところで働くの初めてであなたが初めてのお客様なんです」と言った。

驚いた。これくらいの歳になってこういう仕事を始めるものなのだろうか。もう少し若いうちから始めるものだと思っていた。

僕はそれがやたらと気になったのでそれを尋ねてみた。

「この仕事をどうして始められたんですか?」

すると彼女は顔を赤らめて言う

「実は、私親の借金があるんです。それで急に1週間以内に返せっていわれて……そんなたいした額じゃないんですけどね。一週間以内に返すとなると難しくて」

ありがちな展開だ。親の尻拭いをするために働く孝行娘。それで短期間で稼ぐためにここにきたわけか。

「すいません、余計な話しちゃって。はじめましょうか」

と言い始めたが、僕はそれを制した。

「これ、使ってください」

と言って僕は使った結果30万円になってしまった札束を彼女に手渡す。

彼女は唖然とした顔で、こっちを見ている。僕は何も言わずに店を飛び出た。

公園のブランコに腰掛ける。今、自分の中には不思議な満足感と、ああいう店にいったのに何もせずに出てきてしまったというほんの少しの後悔があった。

もしかしたら彼女が話したことは全部嘘かもしれない。本当の始めた理由を言うのが恥ずかしくてとっさに嘘をついたのかもしれない。

だけどそんなことはどうでもよかった。僕は人の役に立ったのだ。

そんなことを考えるうちにほんの少しの後悔が薄れていく。

僕はなんだか走り出したい気分になった。大声を出しながら走り出したい。こんな気分は初めてだった。


別にわざわざ死ぬ必要はないのではないか。


彼女を見ると、なんだかそう思えてきた。

なぜだかはわからない。自分より哀れな人を見たからかもしれない。

生きたい、父と一緒に。いいことがあるかはわからない。あの時死んでおけばよかった。そう思うかもしれない。

だが、そう思うことができるのも生きているからなのだ。


明日、父にそう言おう。もしかしたら、それでも死のうと言ってくるかもしれない。

そのときはあの女の話をしよう。あの、哀れな女の話を。


僕はブランコを思いっきり漕いで、宙に浮かんだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] とにかく明日が気になりなる小説ですね。今、を生きているというよりは、明日があるからとりあえず生きてみたい、気持ちを直感で感じました。 シリアスというよりは希望という、ひねくれたジャ…
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