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私は犬になっても自分勝手だった

犬が弱り傷口に虫が湧く描写と安楽死させるシーンがあります。

大変不快に感じられたりトラウマになられる方もいらっしゃるかと思いますので、読むかどうか熟考なさった上でお決めになってください。

この回を飛ばして次の最終話を読まれてもそれほど問題はないかと思います。



 子どもたちは家族の手によって新しい家へと引き渡されていった。


 どこへ出しても申し分ない子たちだったから貰い手がすぐについたのは誇らしいけれど、その先で大切にされているか心配で私は自然と空を見てぼんやりすることが増えた。


 彼女がブラッシングしてくれたり、遊んでくれたり、外へ連れ出してくれたりしたけれど巣立っていった子どもたちの穴を埋めることはできなかった。


 元々散歩の途中で出合う犬との交流が苦手――向こうは挨拶のつもりだろうけどお尻の匂いを嗅がれるのは正直イヤ――だったし、ボール遊びも勝手に身体が反応して駆けていってしまうのはすごく疲れる。


 ご飯だって本当はドッグフードじゃなくて味の濃いものや甘いチョコレートの方がいい。


 寝るのだって毛布じゃなくて温かくてふかふかのお布団の方が良かったし、お風呂だって毎日入りたいし、お出かけだってひとりで自由に行きたい。


 この環境が()を守るためであることも理解しているし、十分に大事にされていることだって分かっている。


 分かってるけど。

 記憶さえなければと思ってしまう。


 彼女は変わらず飼い主としては満点なのに私はいつまでたっても犬として生きられないでいた。


 そんな私にがっかりすればいい。

 ダメな犬にばかり構わずに外へ出て自分の人生を楽しく生きればいいんだ。


 小屋の外で誘ってくれる彼女を無視すると彼女の匂いが悲しい香りになる。

 何度も振り返りながら遠ざかっていく足音は重くて寂しい響きがした。


 鼻先だけを外に出し上目遣いで空を見る。

 青くなんかない。

 灰色の空を。



 顔の周りをブンブン虫が飛ぶ音で目が覚める。

 うっすらと目を開けると小屋の外は太陽の光で真っ白だった。


 喉が渇いていて水を飲みたかったけど身体が重くて動けない。


 その間でもずっとハエが飛んでいて追い払うとしたけど尻尾を振ろうとして力が入らず、耳だけが僅かに動いただけだった。


 ああ。

 とうとうこの日が来た。


 首の後ろ側が熱くて痛い。

 なにかが集団で動いている。

 シュワシュワと炭酸が弾けるような音を聞きながらゆっくり目を閉じた。



「――――」


 名前を呼ぶ彼女の声を人間の四倍の聴覚が拾う。


「――――」


 駆け寄る彼女の匂いを人の1000倍以上の嗅覚が感じる。


 動けなくても彼女のことは分かる。

 だけど目はよく見えなくて黒いシルエットだけが映るだけ。


 抱き起こされる感覚。

 そのまま車に乗せられて。


 向かった先は動物病院。

 先生が勧める対応策はふたつ。


 弱りきり無残な姿の彼女を看病することではなく――私は安楽死を選んだ。


 苦しみを長引かせるのはかわいそうだからと逃げた。

 こんな時だけ飼い主面して泣きながら先生と母と死ぬのを見届けた。


 私は悪い飼い主だった。


 仔犬の頃の愛らしいときだけ可愛がり、散歩だって自分の行きたいときだけ。

 雷が怖いのに花火大会に連れて行き、ブラッシングだって半年に一回か二回くらい。

 猫が来てそっちに夢中になって、仕事にかまけて彼女を顧みなくなった。


 彼女の死の後に幸せにしてやれなかったことを後悔しても遅いのに。


 人間の時だけじゃなく犬になっても自分勝手だった。


 だから泣かなくてもいいんだよ。

 あなたはとってもいい飼い主だったから。


 ありがとう。


 白い世界が広がってゆっくりと意識がばらばらになっていく。

 身体が軽くなってふわりと浮かんだ。


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