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これは家族が望んでること

交配について詳しくではありませんが書いています。

読む方にとっては気持ちがいいものではない可能性があるのでご注意ください。



 ある日猫がやってきた。


 お父さんの友達から譲ってもらった仔猫は血統証付の猫でなんとも愛らしく、そして品のある顔をしていた。


 彼は家猫なのでなかなかお近づきになれないけれど、窓越しに顔を合わせることはあったし、気まぐれに家人たちを振り回す姿を見ているとだんだん小さい弟のように思えてくるから不思議だ。


 こんなに魅力あふれる猫が来たのだから彼女の関心も私から彼へと向かうに違いない。

 実際私はそうだったから。


 なのに――だ。


 彼女は彼を可愛がりつつ、ちゃんと私との時間も大切にしてくれた。


 高校を卒業して働き始めた彼女から貴重な休みを奪うことにひどく罪悪感があったけど、私が散歩を嫌がると彼女が泣いてしまうのでそれもできない。


 逆に毎日のように行けなくなったことを詫びるように仕事から帰ってきた彼女はボール投げやロープの引っ張りっこをして遊んでくれたし、雨風がひどい日は玄関に入れてくれて雷に怯える私に寄り添ってくれたり、寒さが厳しいときには温かい毛布を小屋に引いてくれた。


 どうしてこんなに尽くしてくれるんだろう。


 犬だったことがあるからわたしの気持ちが分かるんだろうか?


 でも記憶があるのは私だけのはずなのに。


 こんなに完ぺきにご主人さまをされると私がどれほどダメな飼い主だったのかいやでも身に染みてくる。


 もちろんそんなことずっと前から分かっていたけどさ。



 彼女と再会してから四回目の春がきて、私は迎えに来た知らない男の人に引き渡された。

 お母さんが男の人に頭を下げ、彼女が私の首をぎゅっと抱きしめてきて。


 なにかが始まる。


 自分の体の兆候からそのなにかがなんであるかは薄々気づいていたけど。

 ちょっとすぐには受け入れられない。


 リードが引かれてパニックになる。


 いやだ!行きたくない!


 全力で抵抗して身をよじって逃げようとするとお母さんと彼女が必死になって私を宥めようと名前を呼んで声をかけてきた。


 人の言葉は分からない。

 分からないけど。


 これは家族が望んだこと。


 私だって彼女にやったこと。

 やってもらったことだ。


 ならばこれは避けられない運命なんだと抵抗を止め諦めて男の人に従った。


 惨めな気持ちのまま車に乗せられ連れて行かれた先で小さな部屋に入れられる。


 掃除がしやすそうなコンクリートの床。

 小さな窓がひとつ。

 水が入った容器。

 すのこの上に敷かれた薄いけれど清潔な毛布。


 匂いを嗅ぐと知らない匂いがして落ち着かないけど他に居場所もないので毛布を鼻先で動かして寄せた上にゴロリと丸くなった。


 暗くなってご飯を持って来てくれたのは女の人。

 気遣うように声をかけてくれたのだけは分かるけど、食欲はなかったのでそのまま寝て過ごした。


 耳を澄ますと私以外の犬の気配と声がして、そのどれもがなんだかせわしない。


 高揚するような匂いが私からもしている。

 それでも不安と怖さがそれを上回って逃げ出したくなった。


 帰りたい。

 お家に。


 でも終わらないと帰れない。


 ちゃんとやらなくちゃがっかりされてしまう。


 怖いけど。

 彼女も通った道。


 彼女もこんなに怖かったんだろうか。


 きっとそうだ。


 泣きながら悔やみ、そして死にたいほどの恐怖を胸になんとかその場に留まるしかなかった。



 夜が明けてご飯を手に入ってきた女の人が減っていないのを見てがっかりとした仕草をした。


 新しいのと取り替えて出て行ったのを確認してから起き上がって匂いを嗅ぐ。


 家のとは違ってちょっとだけ良いものなのか、おいしそうな香りがしているそれをもそもそと食べる。


 悔しいけどおいしい。

 残すつもりだったのに全部食べちゃったよ。


 一応一食分ハンストらしきものをしたんだから不満だということは相手に伝わっているだろうからとよしとする。


 食事を終えて水を飲むと我慢できない生理的な欲求がやってきた。

 部屋の中をウロウロと歩いてみるけど、とてもじゃないけどそんなことでは気がまぎれない。


 悔しいけどこれ以上はどうにもならないので部屋の隅に用意されているペットシーツの方へすごすごと向かう。


 匂いを嗅ぎ、鼻先で柔らかとか漏れないかを慎重に確かめてからその上に乗った。


 元人間だった私としては排泄したものを自分の手で始末できないことが心をへこませることのひとつなので、ペットシーツの端を鼻と口を使ってブツの上にかけて隠そうと努力したけど半分くらいしか隠れなかった。


 とほほ。


 落ち込んでいたら昨日の男の人がやって来て首輪にリードをつけた。

 もちろん帰れるわけじゃない。


 これからが本番だから。


 部屋を出される前に男の人はぶしつけにお尻の方を見てくるので尻尾を巻き込んで軽く唸ってみた。


 噛まれちゃ困ると思ったのか、それともそこまでして確認するまでもないことなのか。

 あっさりと引き下がって私を連れて部屋を出る。


 屋根のある外の通路を行って別の建物に入った所に犬を連れた女の人がいた。


 私と同じ犬種。

 見るからに私より大きくてがっしりとしている。


 目が合ったとたんに匂いがきつくなった。


 相手も。

 私も。


 私は人間の記憶と意識があるけど体は犬だから、生命を残そうという純粋な反射で反応してしまう。


 怖いけど。


 家族が望んでる。

 体は種を残そうとする。


 しょうがない。


 今は心を無にして犬としての自分へ切り替える。


 ありがたいことに男の人も女の人もその道のプロだから一瞬で済んだ。

 ちょっとあっけないくらいだった。


 それでもぐったりと疲れていて、車に乗せられ家族の元に帰ってきた後は彼女が仕事から帰宅するまで寝て過ごした。


 彼女が優しく頭を撫でてくれてやっと安心できる場所へと帰って来たんだって自覚できてちょっと泣いた。



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