私のために
動物病院で混合ワクチンを打ってもらって様子を見てから私は外へと出された。
お父さんの日曜大工で柵がつけられ洗濯物を干すテラスから家の裏までは自由に動いて回れる上に、寝転がってもゆっくりとしたスペースがある小屋まである。
そんな至れり尽くせりな環境で私の犬としての生が始まった。
朝ご飯を食べてお父さんと彼女が学校や仕事へと行くのを尻尾を振って見送った後はお母さんが洗濯物を干しに出てくるまではのんびりと小屋の中で過ごす。
お母さんの足音が近づいてきたのが聞こえたら、のそりとテラスの方へ行き座ってお出迎え。
頭を撫でてもらったら邪魔にならないようにすみっこで見守る。
おとなしくしていたら褒められるので嬉しいけど、ご褒美のジャーキーは匂いが好きじゃないから微妙なところだ。
お昼前にはお母さんはパートに出かけるのでやることがなくなる。
仕方がないので小屋に戻ってウトウトするしかない。
退屈だ。
家の門が開くずいぶん前から彼女の匂いと駆けてくる音が聞こえて鼻と耳がピクリと動く。
あくびをひとつして起き上がり、柵の前へと移動する。
彼女は学校の制服姿で走って帰って来てなんだか一生懸命喋ってくるけどなにか良いことでもあったのかな?
分からないけど彼女が嬉しそうだと私も嬉しいので尻尾を振ってジャンプすると、心得た!とばかりに笑って家の中へと急いで入って行き、着替えて出てくると首輪にリードを繋いで散歩タイムが始まった。
あれ?
別に散歩を催促したわけじゃないんだけどなぁ。
首を傾げて彼女を見上げると満面の笑顔が返ってきたのでまあいっかと歩き出した。
彼女は学校で部活に入っていないのかいつも真っすぐに帰ってくる。
そして天気のいい日は必ずお散歩へ連れて行ってくれた。
年頃の女の子なんだからお友達と遊んだり、デートとかしたりすればいいのにほんとうに毎日寄り道せずに帰って来てくれた。
私が可愛い盛りを過ぎて成犬になったら彼女も飽きてかまわなくなっていくだろうと思っていたのに。
大きくなっても変わらない。
学校が休みの日はブラッシングまでしてくれる。
なんとも理想的なご主人さまだ。
なにも返せないだけに申し訳なくなってくる。
なかでも一番申し訳ないというか、恥ずかしくて死ねることといったら散歩中に我慢できずに目の前で排泄してしまってそれを持ち帰るために処理してくれている時だ。
ほんっとにごめんなさい。
しょんぼりしていると彼女は不思議そうな顔で私を見ながら優しく頭を撫でるんだ。
だから余計に申し訳なくて情けなくなってくるんだよ。
私はそんなにいい飼い主じゃなかったから。
こんなによくしてもらっちゃいけないのに。
これじゃあ私への罰にならないよ。
どうしてこんなこと。
私はバカだから地獄へ行って分かりやすい罰を受けた方が良かったんじゃないかな。
閻魔さまの考えなんてさっぱり分からないから。
そして今日も彼女は急いで帰ってくる。
私のために。