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非道

 

 呆然とするアイリスに一斉にトランプ兵達が押し寄せる。それはまるで海の波の様で、一度触れれば逃れることなど叶わないと諦めを覚えるほど。


 アイリスはその波を否定する様に顔の前を腕で覆う。それは為す術がないことを表していた。


 「どけや!!」


 彼女だけではなくその様子をはたから見ていた俺からしても、トランプ達の猛襲は鬱陶しさを感じさせるものだった。俺はその鬱憤を晴らす様に言葉とともに抜刀し斬り伏せた。斬った瞬間から次々と押し寄せるトランプ兵。槍や、サーベル、矢がやたらめったらに向けられるが、俺はアイリスの周りを駆け巡り、一匹一矢たりとも近付けなかった。


 「伏せてろ。そうすれば大丈夫だ」


 俺がそう言わずともアイリスは体を出来る限り縮こませ、まるで追い込まれたネズミの如く姿だった。


 俺が彼女を守る為に飛び込んだと同時期に行動を開始していた『犬』が、トランプ兵を吹き飛ばしながら俺の側へと駆けてきた。


 「主人様!」

 「アイリス、犬の背中に乗れ!」


 俺が槍兵の異様なコンビネーションを崩しながら彼女へとそう告げるが、彼女は怯えているのか地面から動こうとはしなかった。


 くそ……達者なのは口だけか。


 槍兵の槍を奪った俺はそれを振るい、兵士どもとの距離を開くと、怯えたアイリスの首根っこを掴むと一気に犬の背中へと放り込んだ。アイリスからグェっと聞こえたのはきっと気の所為だ。それに本当に急ぐ状況で手段なんて選んでられない。犬だっていつまで持ちこたえられるか分からないんだから。


 アイリスを乗せたことを背中の感触で分かったか、一気に犬は駆け出した。


 「森の中で落ち合いましょう」


 それだけ俺に言い残すとその巨体からは想像出来ない程の初速で犬は駆け、トランプ兵の包囲網を突破してしまった。俺を置いていったのは懸命な判断だ。そうすれば、追っ手の数は分担されるからな。



 俺は返事をすることなく、今度は奪ったサーベルで二刀流でトランプ兵を屠ることに集中した。せめてもの援護に犬とアイリスに突き出された槍に、落ちていた盾を蹴り飛ばしてそれを弾き飛ばしてやった。さて……


 「────シュレッダーにかけてやりたい気分だが……今回は特別に一人一人切り倒してやる」


 俺を囲む残されたトランプ兵を見て、俺は少しだけ血が沸いた。






 血は出ず、悲鳴もあげないトランプ兵を数十体屠るったところで未だ絶えない増援に、若干の苛立ちと諦めを抱き始めていた俺は、戦いの中で法廷を見渡して脱出できそうな経路を探す。陪審員や傍聴席にいた動物達は既に逃げ出していた為に、確認するには苦労しなかった。


 特に『上部』は。


 持っていたサーベルは既に折れていた為、背負う形で装備していた鞘を左手に持ち直し、俺はそれをトランプ兵の一人の鳩尾に突き出す。攻撃を受けた彼は痛みに膝と手を着いた。即席の踏み台の出来上がりだ。


 「じゃあな。また会えたら」


 せっかく作った踏み台を踏み、俺は跳躍する。そして脱出口と選んだ天井付近に備えられた窓を突き破ると外へと出たのだった。




 森の中へ入りしばらくしてのこと、木の幹に引っ掻き傷があるのが目に入った。比較的新しいものだ。犬からの信号であるとすぐに分かる。なんせこれは俺達で予め決めておいた信号方法だからな、気が付かない方が可笑しかった。


 「主人様」


 そして幾分もなく、俺は犬達と落ち合うことに成功した。彼女達が身を隠していたのは岩肌に少しだけ出来た窪みであった。体を丸めた犬の真ん中にエプロンドレスの少女が震えながら縮こまっていた。


 「逃げ切ったな」

 「はい。ですが……」


 犬の視線の先は腕から血が流れるアイリスであった。拾ってきた猫の如く大人しさであり、先ほどの奔放さは微塵も感じさせない。


 「痛むか?」


 膝を折って目線の高さを合わせながら問うが、目線を合わせることなく俯き、アイリスは首を縦に振った。


 「傷を見せな」


 差し出された腕の傷は深くはないが、見ようによっては出血の有様で重傷にも見えた。手当ぐらいはしてやらないと。


 懐にいくつか入れてある消毒液やら包帯やらを俺は取り出すと、腰を下ろして手当に取り掛かる。その最中で漸く落ち着いたのか、アイリスは口を開いた。


 「……一体何が起きてるの」


 消沈したトーンのその声にこの現状が、自分の知っている『不思議の国のアイリス』とは異なる展開になっている事は気が付いているみたいだ。


 「……こ、こんなの知らない……私…き、傷が痛むの……いや、そんな事じゃなくて……私の知ってる話と違うって言いたくて……あの、あの……」


 しかし尋常ではない様子を見せる彼女がパニックに陥っているのは明白だった。


 「落ち着けよ。確かに不測の事態が起きているってのは事実だけど、さほど問題はねーよ。なんせ俺がいるからな」


 包帯を巻いてやる中でアイリスの目線が向けられているのに気が付く。それは怪訝と表現するのが相応しい程にジトーッとしていた。


 ……こいつやっぱし信用してねーな。どうせ話半分に聞いてたんだろうってのは察しがついた。


 「随分と自信家なのね、こんな状況だってのに。やっぱり夢の中の住人って突飛な性格なのかもね」

 「おーっと? まだ俺の事を所詮夢の中の存在だとしか思えてないみたいだな。あんな入念に説明してやったってのに」

 「当たり前よ……こんなヘンテコなの現実であるもんですか」

 「ほーん……じゃあこの腕の怪我は痛くねぇってか?」

 「……痛いけど」

 「それでも信用出来ねぇの?」

 「出来ないわ」


 こりゃとんだ天邪鬼だな。古今東西、夢の中で痛みがありゃ、人間誰でも現実であると理解するもんなんだけどなぁ。このお子ちゃまはそれだけじゃダメらしい。でも心の中じゃこの世界に恐怖心を抱いていても可笑しくはない筈だ。なんせ軽傷といっても怪我はしているのだから。それが説得力を生む。


 「────じゃあいっそのこと俺が君を殺してやろうか。それでもこの現象は終わり、世界は元に戻るからな。一人の命で世界中が救われるんだ、安いもんだろ?」


 俺の言葉に彼女も息を呑んでいる様子だった。勿論こんなのは本気じゃない、ただの確認だ。彼女自身この世界での自分の命に対して執着があるかどうかの。


 「なによそれ……そんな話もルールも聞いてないわよ!」

 「当たり前だ、今初めて言ったからな。さあ、どうする?」

 「……やめてよ。分かったわよ。貴方の言っていた事は信用するわ」

 「そうだな、その方がいい」


 分かってくれたようで良かった。命は大切にした方が良いし、この世界を甘く見るのもやめて欲しい。俺は傷を覆う包帯を少しだけキツく巻き念を押すようにして処置を終えた。


 それにしてもこれからどうしたものか……どうしてこのストーリードミネーションが元来の流れとは異なり、アイリスが殺されそうになったのか。それが分かる事によって彼女の死以外の解除方法が見えてくる気がした。


 切り株に座って考える俺にアイリスは嫌みたらしく独り言をごちる。


 「……もしかして貴方が来た事によって、お話が変わっちゃったんじゃないかしら」

 「聞こえてるぞ。 ……それはねーよ、今まで数十と物語の世界を渡ってきた俺はその都度色々な干渉をしてきたけど、本筋を変えてエンディングが迎えられないなんてことはなかった。きっと何か別の問題があるはずなんだ」


 たとえ悪役ヒールがいなくてもストーリードミネーションは進むにつれてエンディングを迎えられる事を、俺は身をもって知っている。悪役を倒す、宝を見つける、王子様と幸せになる……お決まりのエンディングは色々あるが、アイリスの話はそれらとは異なる終わり方をする。全ては夢の中の話であり、姉の膝の上でアイリスは目を覚ます。そしてそれを見つめる姉の視点で物語は終わるのだ。何か重大な事を成した末のエンディングではなく、嬉々として夢の出来事を話す妹の姿を見て考えに耽る姉の姿のジュブナイル的な黄昏のシーンで。


 今はそれがあと一歩のところで、目が覚められない状況ということは、どうにかしてアイリスの眼を覚ますことが出来ればエンディングを迎えるはずなのだが……


 「お前、姉貴はいるか? 勿論現実世界での話なんだけど」

 「いないわね。一人っ子。欲しかったけどね」


 いないのか……もしかしたら現実世界の姉の行動によってエンディングへいける条件が揃うのかと思ったが、そうではないみたいだ。くそ、てんで分からないぞ。


 「もしかしたら……寝る前にしたことが原因かも……」


 思い当たる節があるのか、アイリスがそう言う。


 「何をしたの?」

 「コーヒーを一杯飲んだわ。ミルクをいっぱい入れたからカフェオレみたいなもんだったけど」

 「……寝る前なのにコーヒー?」

 「だからミルクをいっぱい入れたんだって。本当はホットミルクにしようと思ったけど、つまらないからコーヒーにして、ミルクで割ったのよ」

 「ふーん……美味そうだな」

 「美味しいわよ! 私カフェオレ作るの得意なんだから。今度作ってあげる」

 「機会があればな。だけど、コーヒーが直接的な原因とは考えにくいな。それは就寝する前の話だろう。ストーリードミネーションには関わっていないと思う」


 だが貴重な情報は貰った。主人公役に選ばれた人間は睡眠状態であったのだ。ストーリードミネーションに巻き込まれるのは就寝している人間に限られることではない。起きている状態でも問答無用で主点として選ばれることもあるし、俺の経験上、そういった巻き込まれ方の人々のが多かった。


 「でも……それ以外は私としても心当たりが……」


 何もないか。残念だが直接答えに繋がるヒントは貰えそうにないな。俺はそう思うと立ち上がった。


 「どうしたの?」

 「ここもいつまで経っても安全とは限らないからな。少し移動しよう」


 女王の配下は大勢だ。距離を取ったところですぐに捜索の手が伸びてしまうだろう。逃げ切ったからといって過信は禁物だ。


 「ええ〜〜……もう? せめてもう少し休みたいわ」

 「ワガママ言うな、死ぬか生きるかの問題だぞ? まあ死ぬのが希望だってんなら無理には連れて行かないがな」

 「そんなわけないでしょ! ……でも私怪我人よ? 痛くて痛くてとてもつらいわ」

 「バカ言え。怪我してんのは腕だろうが。歩けないわけがないだろう」

 「歩く時には手を振るじゃない!」

 「振らなきゃいいだろ」

 「無理よ。私それが癖だもの」


 厄介な癖だな。まったく……


 「おい、犬、背負ってやれ」

 「お安い御用で」


 今まで俺達のやりとりを黙って見ていた犬がそう言ってアイリスの元で姿勢を低くした。御満悦な表情でそれに跨るアイリスに俺はほとほと呆れた。


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