表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/55

ストーリードミネーション

 【大河 虎丸】


 ──22時42分。


 週三回シフトで入っているコンビニのアルバイトを終え、俺は近場の公園へと赴いていた。


 唐揚げ棒二本、フライドチキン二個。そのほんのりとした温もりをレジ袋から感じながら備えられた寂しげなベンチに腰を掛けた。


 「うひょ〜今日は大量ですなぁ〜」


 夕方時の混み合いに比べて夜はホットスナックの売れ行きが良くなかった。というか、品切れを恐れて昼番の人間が揚げ過ぎたのだ。しかしそのおかげで俺はこうして廃棄となった美味いものにありつけるのだから、まあ悪くない気分だった。


 本来廃棄時間が来たホットスナックは廃棄物として処理しなくてはならない決まりだが、ウチのコンビニの店長はそこの所の処置が杜撰であり、こうしてアルバイターや社員にあげてしまう事がしばしばあった。俺としては嬉しい限りだが、本人としては密告などされてしまったら最悪クビになるというのに、怖くないのだろうかといつも不思議に思っている。


 まあ、それはそれとして今は目の前のご馳走にありつくこととしよう。


 「────ほほ〜 確かに大量だなぁ旦那」


 しかしそんな俺に陽気な声が水を差す。聞き覚えのある声だ。


 「勿論俺達の分を考慮してその量なんだよなぁ、旦那?」

 「んなわけあるかよ『猿』全部俺のもんだ」


 夜闇の何もない空間が歪み、ぬるりと1匹の猿が現れる。焦げ茶色の体毛に、赤い顔面、それらはニホンザルの特徴であるが、その体の作りはまるでマウンテンゴリラの様に屈強だ。こいつこそ俺の仲間の一人、『猿』だ。そのまんま。俺の体に宿る『桃太郎』の力が生み出した副産物といえる存在で、自らの意思によって現れたり消えたりする、不思議な存在だ。


 猿は現れるや否や、電灯に照らされたベンチの俺の隣に座る。その顔はやれやれと物語っていた。


 「嘘だろぉ? ……おいおい、昨晩の働きの報酬は無しかよ」

 「昨日は昨日で夕飯食ったろ。いつもより奮発した肉使ったんだぞ? 豚じゃないんだ牛なんだよ、昨日は!」

 「それはありがたかったけどよ。あんな少しじゃ満足しねーって」

 「だとしてもこれはアルバイトで働いた俺へのご褒美だからな。お前に食う権利は無ぇ」

 「……そんなにコンビニ飯食ったら体壊すぞ」

 「猿がコンビニ語んなよ」


 猿は俺に意見しながらも視線は、依然レジ袋から逸らさなかった。


 「────おい『犬』よぉ、旦那の意見をどう思うよ」


 その言葉を合図にまた夜闇が歪む。そうして気が付けば、電灯の明かりの下にもう1匹の仲間が現れていた。


 「──そうやって私の意見を仰いで主人様を心変わりさせようとしているのだろうが、無駄だ。私達は配下に過ぎないのだから出過ぎた真似は控えろ」


 大型犬のレオンベルガーやらマスティフなんかを軽く凌駕し、ライオンさえもその巨大さには敵わないだろう、全長3メートルはある白銀毛の『犬』がそう俺にフォローを入れた。その全身は神々しさを感じさせる雰囲気を放っている。


 犬は仲間の中で一番従順なヤツだ。だから基本的に俺側へ着いてくれることが殆どだが、今回ばかりは鼻をヒクつかせ、敏感にホットスナックに反応を示しており、更に尻尾までブンブンと振っているところを見ると、食べたい欲求を抑え込んでいるのが見て取れる。


 猿はニヤリと笑みを浮かべて嫌らしく犬を見つめた。


 「お前、説得力ねぇなぁ〜」

 「侮辱するか! 猿、私はただ主人様の意を代弁したまで!」

 「はいはい、そういうことにしといてやるって。すぐにヒスるなよ、これだから雌は嫌なんだ」

 「貴様……!」


 男女差別を口にする猿に牙を剥く犬。正にこいつらは犬猿の仲。毎度ながら喧嘩腰のやり取りは見ていて辟易する。


 「止めろよお前ら、くれてやるから喧嘩すんな! 猿、犬を怒らせる様な発言は控えろっていつも言ってんだろ! 犬も分かりやすい挑発に乗るんじゃない! こいつの思うツボだぞ」


 俺はそう言って犬の頭をガシガシと撫でる。叱る意を込めて少し荒くしてやったんだが、なんだか犬は嬉しそうだった。しかしながら俺の言っていることも理解しているのか、黙り込んで反省している様子を見せる。一方の猿も面白くねぇと言いたげな表情だが、それ以上は反抗する様な発言も態度もとっては来なかった。


 これ以上こいつらを叱ったところでさほど意味はないだろうから、さっさと約束通りホットスナックをやる。


 おっと、こいつらだけにやるのでは差別になってしまうから『雉』も呼んでやろう。


 「──おい、雉も出てこいよ。このやりとり見てんだろう?」


 俺の言葉に答える様に空間が三度歪む。そして、飛翔しながら飛び出してきた一つの影は大きく弧を描いて夜空を駆け巡ると、羽ばたきながら着地した。


 「──空を司る雉。ここに」


 演技がかった登場と、口上はいつものことだ。これといった反応も返答も俺はしない。


 「犬と猿にホットスナックやるからよ、お前も食べないか?」

 「ホットスナックですか……? はぁ、それでしたら周りの衣だけ頂くのも可能で?」


 衣だけ? 唐揚げ棒もフライドチキンもメインは中の肉の筈だが……まあ、本人がそういうのであれば良いけどさ。


 「うん、いいよ。じゃあ中の肉は猿か犬にやるといいよ」

 「ならば雉、俺に寄越しなさい。肉は俺の好物でね」

 「何をいうかエテ公、それは私の物だ。主人様あるじさまの差し出されるものは等しく私の物と知らぬか単細胞」


 再び険悪な雰囲気になる2匹に俺は犬の前にフライドチキンを置き、猿の目の前には唐揚げ棒を差し出し、握らせた。途端に夢中になり貪る2匹に俺は少し呆れた。こいつらの争う姿には日々見ている中で飽きがきている。もう黙って仲良くしろよと思った。


 そして雉にも棒から外した唐揚げを目の前に置いてやる。雉も楽しそうにそれを啄み始めた。


 俺も彼らに倣って肉を食う。少し冷めたフライドチキンはそれでも美味しかった。なんとなく幸せの味っていう言葉が思い浮かんだ。


 春の風を浴びながらベンチの背もたれに寄りかかる。賑やかな仲間達を見つめながら今し方思いついた『幸せ』を少し考える。


 ─────幸せか。俺はもしかして現状のこの生活に幸せを感じているのか?


 その自問を容易く否定出来ない。満たされる心、やりがいのあるアルバイト、嫌いじゃない学校。この柔らかくも日常的な生き方に身を任せればどれだけ幸せになれるだろう。その甘えた考えを俺は目を細め虚空を睨み、否定する。そしてホットスナックを貪る自身の仲間達を見て、思う。


 ─────違うだろ。この犬、猿、雉が俺の中に力として宿った理由を忘れるな。


 『桃太郎』のストーリードミネーションを完結させて尚、俺の中に残る『主人公』としての超能力を忘れるな。


 全ては『ヤツ』を殺す為に。俺の憎しみの深さがあったからこそストーリードミネーションが終わっても、この力達は俺の体に残ったってことを忘れるな。


 絶対に見つけ出し、この手で葬ってやる。


 俺の両親と、幸せを奪い去った恨みを必ず晴らしてやる。今はまだ辿り着けなかったとしても、必ず……


 俺は消えない憎悪が依然薄まってはいない事を自覚しながらも腕時計に目をやった。時刻は23時に差し掛かろうとしていた。……今日はまだ動けるか。


 俺はベンチから腰をあげる。最近は進展していなかった『犯人』探しをしようと思ったからだ。


 事件の後、俺は田舎の祖父の家に引き取られていたが、高校に入学する為にこの街に戻ってきた。俺の産まれたこの街に。


 そして何故かは分からないが……本能というのか、シックスセンスとでもいうのか、それとも桃太郎の力が俺に宿ったからなのか……虫の知らせの様に、俺の頭はこの街にまだ『犯人』がいると確信して止まなかった。


 当然根拠はない。証拠だって。けれど俺の心はその確信を否定しない。それどころか日に日に確信は深まっていた。桃太郎の力が馴染んでいっているからなのだろうか……それも定かではないが、あの日覚えた臭い、音、気配、それら全てが俺に告げていた。『ヤツ』はまだいるぞと。


 だから日々、時間がある時は周囲を捜索したり、資料となりそうな物を回収したりと行動を起こしていたのだ。


 しかし最近はそれも難航していた。何しろ俺は刑事でもなければ、その手の人間にパイプがあるわけでもない。一人で捜査する限度がきていたのだ。


 鬼とやりあう力はあれど、一人の人間を探す力はなかった。一度、警察から戻ってきた母の遺品を仲間である『犬』に嗅がせ、もしかしたら付着しているであろう犯人の臭いから痕を辿れるかとも考えたが、あまりにも昔の出来事過ぎた為か、彼女の嗅覚でもそれは叶わなかった。


 そのほかにも思いつく限り独自に捜査を続けていたが、やはり限界がきていた。このままじゃいつまで経っても犯人には辿り着けないのは明白だった。


 しかしそれだからといって止めることは考えない。俺の両親を殺した犯人は未だにのうのうと生きている。その現実を考えるととてもそんな気持ちにはなれなかった。


 「……よし、行くか」


 踏み出す決意を再度固め、俺は歩を進める。今夜こそ何か見つかる様にと願いながら。


 「─────待たれよ主人様」


 そんな時だった。犬の制止する声が届く。


 「どうした?」

 「……臭う。これは……侵食の臭いだ」


 その言葉に肉を食べていた猿も雉も顔を上げた。侵食……犬はストーリードミネーションの事をこう呼ぶのを俺達は知っていた。


 「まさか、今日もなのか?」


 昨日『猿蟹合戦』を終結させたのにも拘らず二日連続でストーリードミネーションが起こるとは。あり得ない話ではないにせよ、少し驚いた。


 「見よ主人様、空は既に飲まれ始めている」


 犬のその言葉に従って観ると、空が確かにガラスが割れる様にヒビが入り、パラパラと細かなカケラが降り始めていた。そのカケラは地に落ちると、まるで真水の中に色水を垂らした様に、不気味に揺れ、濁り、地を『特定』の色へと染めていく。今迄にも幾度となく見てきた光景であった。


 染められた地から今度は多種多様の『地上物』が生えてくる。岩、木々、花、切り株、キノコなど、そのどれもが元からこの世界に存在していたかの様な質感と、現実味を帯びていく。


 瞬く間に世界は『舞台』へと変貌した。何かしらの物語の舞台へと。先程まで俺が足をつけていた土の地面はすっかりと短い草の大地に変わっていて、鼻孔を抜ける香りも街の夜の香りから、草木と花、そして何だか焼き菓子の様な甘い香りが少しだけ混ざった匂いに変わったのが分かった。


 そして月の照らす闇夜は消え去り、明るい紫色の空が広がる昼間の陽気が俺達を包んでいた。俺だけではなく、仲間達も同様にこの世界へと飲まれ、辺りをぐるぐると見渡していた。


 「森だな」


 見れば分かる事を猿が告げる。しかし彼の言う通り俺達は森の中にいた。木々が生い茂る樹海、そして木の根元には色とりどりのキノコの群生が確認できた。ピチピチと鳥の鳴き声が森の奥から聞こえてくる。


 「─────仕事の時間だな」


 俺はそう告げ腕時計を確認する。秒針の動きがピタリと止まっていた。決して壊れたわけではない。これこそストーリードミネーションの影響の一つである。この現象が起きている間、世界中の時は止まるのだ。動けるのはこの『物語』の登場人物達と、主点となる主人公。そしてストーリードミネーションに適応した存在である俺達のみに限定される。


 時を再び動かすにはこの物語をしっかりと完結させるか、これはあってはならない事だが……主点が死亡することである。物語を構成する主人公が死んだ場合でもこの世界は崩壊し、元の現実世界は戻ってくる。


 ……まあ、そんな展開はまっぴらごめんだが。


 俺は目を閉じて心を落ち着かせると、心の中でスイッチを入れる。すると、俺の周りを暴風が巻き上がった。そうして一瞬にして俺の着ていた学校制服が全く異なる衣服に変わる。


 薄緑の小袖に裁着たっつけ袴、足袋に草履、古き日本の装いに、その上から胴を守る為の、くすんだ赤色の鎧が覆う。しかしその上から羽織った蘇芳色の羽織は、和洋折衷な作りのものであり、現代的なデザインに近しい物だ。袖の長さは五分丈程度の肘までの長さ、裾は太ももの辺りまであり、ちょっとしたロングコートの様である。


 そして俺の誇りである髪色までも今は変貌していた。明るかった茶髪は黒く、腰に届くまでの長髪になり、それを後頭部で纏め流すスタイルになっている。加えてひたいには桃を模した金色のエンブレムがついた細身のハチマキが巻かれていた。


 現代社会と比べ明らかな非現実的な装い。だが、これこそ俺の『桃太郎』としての姿である。極め付けに俺の左手には鞘に収まった一振りの日本刀が、知らぬ間に握らされており、銃刀法なんて知らねーよと言うかのように堂々と存在感を示していた。


 「のわぁぁぁ!!」


 見慣れた自分の変身姿を今一度確認していると、猿の叫ぶ声が届く。この世界がどんなものか未だに分からない中でそんな声を聞いたなら、敵襲か何かだと思ってしまうだろう。俺は一瞬にして構えた。


 「お、俺の唐揚げ棒が!」


 猿の嘆きにズッコケそうになる。彼の手にあった唐揚げ棒がストーリードミネーションの影響により、シナモンスティックになってしまっていたのだ。……ただそれだけの話だった。


 「猿! 驚かせんな!」

 「だ、旦那! ひでーよ、こんなんアリかよ! 俺まだ二個しか食べてなかったのに!」


 それはドンマイと言う他ないだろう。ここにいるメンバーに非があるわけではないし、すぐに食べなかった自分が悪いと思うしかないな。


 「すぐに食べないお前が悪い」

 「い、犬……お前は食べ切れたのか……」

 「当然だ。侵食が始まったと気付いた時、すぐさま胃の中に詰め込んださ」

 「抜け目ねぇ……」


 猿はそう言いながらそのシナモンスティックを葉巻を吸うように咥えた。香りはしても味は無いだろうに……美味いのか不思議だ。


 俺は雉を見る。彼も周りの様子を観察していた。


 「雉、飛んで辺りの様子を偵察してくれ。パッと見、メルヘン調の世界みたいだけど油断は出来ない。空から警戒してもらえると助かる」

 「虎丸様の為ならば」


 雉は一気に飛び上がり空まで上昇した。巨大な彼が羽ばたくと俺達の周りは少しばかり暴風に襲われた。もう少し優しく飛べないもんかねと思ったのは内緒だ。


 「よし、やるぞ」


 雉を見送った後、残った犬と猿に向け俺は言い放った。二人は特に返事はしなかったが、俺の言葉を無視しているわけではないと俺には分かる。一々返事しなければ意思の疎通が出来ないほどの関係ではないのだ、俺達は。幾多もの世界を越えた関係に、些細な事は意にも介さないのだから。


 俺達はいつもと変わらぬ心持ちで歩を進め始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ