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思惑 〜ある喫茶店〜

 

 慣れた手つきで男は扉を開いた。


 池袋の一角にポツンと置かれたように存在する喫茶店。当然既に閉店時間は迎えていて、店内の明かりは消灯していたが、店の施錠はされていなかった。


 男────ロンガーは先程までは虫の息で自分の背に乗っていた狼男に振り返った。自分の能力で新しく生えた腕と足の、使い心地を確かめるように狼男は一歩一歩を踏みしめていた。


 「この先のスタッフルームだ」


 彼の所属する『フリッカー』の新しいメンバーと、連れてきたこの店こそ彼らのアジトとして日中は喫茶店の顔を持つ『IBARA』であった。


 椅子がテーブルの上に反対向きにあげられ、広くなったホールを通り過ぎ、スタッフルームの扉を開いた。


 「今戻ったよ」


 初めて訪れる場の香りに狼男は顔を歪めた。よく冷房の効いた居心地の良い部屋であるが、焚かれているおこうの強い匂いは物語上の存在と云えど、イヌ科の彼には些か不快であった。


 先導するロンガーについていくのを止める。というより、自然と足が止まることを選んだ。


 そこは先程の店として使っているひと部屋よりも数倍広い客間であった。高い天井には手前と奥にシャンデリアが二つならび、バロックやヴィクトリアンを織り交ぜた黒と白、時折の金を基準にした部屋を照らしていた。


 美麗、優美なる部屋にキョロキョロと落ち着きなく観察したくなるが、ロンガーが進む先、奥の巨大な白い五人は掛けられるであろう大きなソファーに一際目立つ存在が一つ。そしてその周辺にもいくつか目を引く存在があり、そこに目線は向けられた。


 女が一人、ロンガーを入れ子供を含めた男が三人。


 赤いドレスを身に纏う高貴なるオーラを放つ金色髪の女こそ、そのソファーにただ一人で座る女であった。その太腿あたりには燕尾服を着たおかっぱ頭の男の子が甘えるように体を預けていた。その二人を守護するかのようにソファーの両端付近にロンガーともう一人の男が立っている。


 優男と称するのが相応しいロンガーに比べ、その男は固く口を閉ざし厳格な表情である。全体的に見ても屈強な体格も相まって精悍というのが相応しかった。身につけたシャツはどこか窮屈そうで、まくった袖から伸びる腕も隆々だ。まさに猛者だと分かる。


 余裕をこぼすロンガー。相手を真摯に見つめる筋肉男。来客だろうと甘えることを止めようともしない子供。どこか俯瞰した表情で値踏みしている様な視線向ける女。


 意識せずとも狼男の心はこの目の前の存在に反抗しないと決定していた。各々の実力は分からない。しかし自分の計り知れない場に座する事だけは理解出来たからだ。それこそ先程の剣の『桃太郎しょうねん』と同種の『格上』特有のオーラが。


 「さて────」


 静寂を切り裂いた女声。一言しか発していないのに、ここの主人は誰であるかを知らしめるかの様な存在を放った。


 「まずは座りなさいな」


 彼女の一声で狼男の目の前には小さな椅子とテーブルが現れる。テーブルの上にはティーカップに入った紅茶までも。もてなされてはいるようだ。


 「話は聞いているでしょ?」


 すぐに狼男は自分がここにいる経緯を思い出す。元々彼は当然ながら物語上の存在であった。『赤ずきん』の童話の中で、か弱き老婆とその孫娘を手にかけようとした残虐なるけだもの、それが自分だ。


 二人を食ってやろうと画策する自分。しかし自分の大切な食事のチャンスを道中である男に制止されたのだ。なんでも彼は神の使いだとか…… それこそロンガーであった。


 「あ、アンタ……貴女が神か?」

 「……ロンガーがそう言ったの?」

 「そうだ。神の国に来い、そこでは二つの軍勢が覇権を争い戦っている。戦いにさえ協力すれば……お、俺様に更なる自由が与えられると言われた」


 女はロンガーに頭を向けた。表情を変えぬ彼に、女はやれやれと小馬鹿にした苦笑に呆れを含ませた。


 「────まあ、神が私達を創造されたと言うなら、此処は神の国……神々の世界と称しても相違ないわね」

 「いや、いや……その言い方も引っかかる……なんだ、アンタらが俺様を都合のいい世界に連れて来てくれたってのは分かる。でも……何か貴女の言葉は少し違うと感じる……何故だ?」

 「それこそ正に具現化されたからということ。この世界で三日も過ごしてみなさいな、この世界が何なのか真の正体が分かるはず」


 細めた女の目は鋭く狼男を見つめる。


 「それは後々自分で確かめてもらうとして……私の企みも既に承知の上で話は進めても宜しくて?」

 「ああ、ロンガーさんから大方は聞いているからな……なんでもこの世界を手中に収めるだとか……何も知らない俺様からすれば堂々たる野望だとしか分からないが……俺は美味い人間メシと寝床さえあればなんでもそつなくこなしてみせる」

 「あら、ワクワクする返答。頼もしいわ」


 女はクスリと笑った。


 「改めて自己紹介させてもらうわね。私はこの店のオーナー兼、この子らを纏める長を務めさせてもらっている『サーティーン』と申します。以後お見知り置きを」

 「ああ、よろしく頼む」

 「ロンガーは知っているからいいとして……この子はキンタロちゃん、そこのおじ様がレオンよ。仲良くしてあげてね」


 サーティーンの言葉に、彼女の膝を拠り所にしていたキンタロは軽く手を振り、ソファーの側に立っていた恰幅の良い精悍男、レオンは「よろしく」と短く言った。


 「で、早速で申し訳ないけれど貴方の出来ることを教えてもらいたいわ」

 「出来ること?」

 「能力のことよ。私達にはそれぞれ出身の物語がある、そこで使えた力はこの世界でも等しく使用できるわ。因みに私には特別な超能力はないけれど、魔法が使えるわ」

 「そういうことか。それならば俺様には再生能力がある」


 狼男の言葉を聞きサーティーンは目を少しだけ見開いた。興味があるということだろう。


 「再生能力! 良いわね、良いわ、他にはあるかしら」

 「いや、生憎とこれ一本だ」

 「あら、そうなの。 ……でもその能力だけだということは、それだけ秀でているのでしょう? 他人を再生させるにはどのくらいの時間で出来るのかしら」

 「いや、再生は自分だけにしかかけられない。他人には使えない」


 サーティーンの動きが一瞬静止した。彼女が予想外の言葉を言われた時の反応だ。傍観していたロンガーは内心でそう思いほくそ笑んだ。


 「……た、他人には使えないの?」

 「ああ」

 「じょ、冗談でしょ?」

 「そんなわけあるかよ、言う意味もない」


 嬉々としていた彼女の様子が明らかに盛り下がるのを周りの人間は察知する。キンタロもかじりついていた膝枕から退き、行儀良くソファーに座りなおした。


 「────使えないわね」


 ボソリと零すサーティーンの言葉。まるで裏返したかのような冷たさがそこにはあった。真っ直ぐに狼男を見つめていた目が一瞬にして見下すようになる。


 キンタロが居なくなった足を組むと、その姿は不機嫌極まりないものとなった。


 「い、今なんと?」


 先程まで歓迎されていた雰囲気から一変。場の空気は尋問する場のようになる。


 「使えないって言ったのよ」

 「な、何故そう言われるか」


 あくまで自分は導かれた身、故に噛み付くことは相応しい行動ではないとは分かっていた。しかしこの自身の体の能力をそうして否定されるのは堪らなかった。今にも反発しそうになる心を、狼男は必死の自制心で留めていた。


 「だって貴方の力って自己再生能力じゃないの。他人を治すことも出来ない独りよがりの生き延びるすべ。そんなの鉄砲玉ぐらいにしか使えないわよ」

 「……ならば鉄砲玉として役目を果たしますが」

 「それも駄目なのよね。使ったはいいけど、捕まりでもしたら拷問、尋問されるかもしれないじゃない。しかも再生能力がある故に何度も何度も拷問されるわよ?」

 「俺様がそんなもんで情報を漏らすと?」

 「漏らさないとも言えないじゃない」


 馬鹿にされている。自分が弱いとされるのは良い。しかし使い物にならないと否定され、小馬鹿にされるのは我慢ならなかった。


 飛び掛かってやる。恐らくこの大人数、止められ押さえつけられるのが目に見えているだろう。だが、自分がどんな危険な存在か、馬鹿にすれば叛旗を翻す存在であると証明してやるぐらいはできるはずだと狼男は動こうとした。テーブルを蹴り飛ばし、ティーカップも何もかも飛び道具の様に利用してやる。その算段を思い起こしながら。


 が


 立てなかった。それどころが指一本も動かせなかったのだ。


 「んん!?」


 混乱と驚きの声が自然と漏れた。


 「─────あら、ごめんなさい。勝手に動きは制限させていただいてました」


 あっけらかんとしているサーティーン。飄々としていると言えば聞こえが少しは良いが、その様子は意地の悪い『魔女』その物だと狼男は思った。


 しかし狼男は気が付かないうちに術中にはめるその技量に感服するほかなかった。例え自分が動くことができたとしても、恐らく彼女の両隣の従者達は動くことはなかっただろう。きっとサーティーン自身がほんの少し力を振るえば自分の体は容易くこの世から葬られるであるのだから。それを全身で彼は感じていた。


 「……恐ろしい女だ」

 「今更気が付くなんて遅いわよ〜」


 否定しない分根性が据わっている。こいつには逆らわないでおいた方が賢明だと狼男は判断を下した。


 「……で、話は戻すけれど、貴方にもできることを探さなくちゃねー……っとその前に……貴方、名前はあるの?」

 「いや、ない。考えたこともない」

 「じゃあ好きに名付けても良いかしら?」

 「勝手にしてくれ」

 「あー……んー……じゃあ、シルバでどう? 銀色の毛だし悪くないでしょう」


 話がコロコロ変わる女だと思うが、シルバという名は純粋に良いなと狼男は頷いて及第点を下す。


 「ではシルバ、貴方にも私達の仲間になってもらう上で役目を果たして頂きます。まず貴方の力を示してみなさい」

 「……と、言いますと?」

 「ロンガー」


 彼女の呼び掛けに横に立っていたロンガーは一歩前に出る。


 「はいはい」

 「貴方達のやりとりは遠見させて頂いたけれど……何やら芳しい人材が『向こう』には入った様じゃない」


 すぐに虎丸とクラリスの事であるとロンガーは察しがつく。当然彼らの素性については皆無の情報量であるが。


 「セレクションの一員になったかは分からないよ。ただ性質的には彼ら側であったから交渉権は全部譲ったがね」

 「なによ、こちらに引き抜く事もしなかったの?」

 「声はかけた。ただ、それ以上踏み込んだところで向こう側に警戒心を与えるだけだし、出会ったタイミングが悪かった。セレクションの猫を丁度シルバがいたぶっている現場でね、そんなんじゃこちらに貰える印象は良いもんじゃないだろ」


 サーティーンはロンガーの言葉に少し黙考し答える。


 「ま、それもそうね」

 「落ち着いたら君自身が会いに行ってみればいい。どうも名前を呼ばれていたところを見ると、一人はモモタローなる名前らしい」

 「あら、ビッグネームじゃない!手が空いたならばそうするわ。 ……というわけでシルバ」

 「なんです?」

 「次の『侵食』が起きた時には貴方もロンガーと共に潜り込みなさい」


 侵食についてはロンガーから聞いていた。自分のいた世界や同類種の世界と、今立っているこの世界が、混じり合う現象の事である。自分はロンガーからこの世界に飛び出す方法を享受されたからこうしているのだが……


 その活動をサポートしろという事なのだろう。


 「そして今日出会った『二人』に再び相見えたなら、その実力をもう一度確かめてみなさいな」


 その言葉にシルバはぞっとする。あの場にいた女からは然程脅威を感じなかったが、自分の片腕片足を容易く、切り捨てたあの剣士……あれとはもう対峙したいとも思っていなかったからだ。


 あれは戦ってはいけない。そう本能が告げている。警鐘をかき鳴らしている。挑む事さえ愚かしいと結果を下していた。


 「い、いや……それは……」

 「なによ、嫌なの? ……ロンガー、彼らはそんなにも凄い存在だったの?」

 「────まぁ、確かに男の方は中々やるでしょうな。女の方も得体の知れない分、警戒するには越したことはないでしょうね」

 「ふーん……面白いじゃない」


 シルバは嫌な予感しかしなかった。


 「聞きなさいなシルバ。この世界に起きる『侵食』は大体が私の術によって認識出来るようにしているわ。けれどね、今日会ったその新顔達は私が今まで一度も確認出来ていない存在なのよ」

 「…………」

 「現界したばかりだから? ……ありえるけど、それにしては二人の装いが異なり過ぎているから、同じ出身とは言い難いし、二人同時に現界したなんて特例は今までに数回あったけれど、我々に隠匿できる存在なんてなかった。だからこれだけは言えるけど、どちらか一方は私のその『魔法』から逃れるすべを備えているはずよ。これを調べない理由はないわ」

 「だから俺様に死ねと?」

 「そんな物騒なことは言ってないわ。ただ、傷を負ってでも彼らを調べなさいと言っているだけ。 ……傷、治るんでしょ?」


 何という暴論だろうか。治るのだからわざわざ傷を負っても良いというのだ、この魔女は。


 あの剣士を思い出すと今すぐ逃げ出したくなるシルバ。しかしそれも叶わぬ願いであると今更気が付いた。逃げる事は不可能。最早自分は蜘蛛の巣の中に捕らえられていたのだから。


 「─────安心なさい。その力、大切に使ってあげるから」


 その大切さに自分の命の数は含まれているのか。そんな反論を飲み込みながら、間違いなくこの女の巣に今自ら潜り込んでしまったのだと、シルバは後悔と共に恐怖し、ただ頷いた。

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