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現実と非現実

 【大河 虎丸】


 瞬間、俺の耳にひび割れ音が届く。俺がボス猿を倒したことにより、物語の現実化ドミネーションが崩壊したのだ。


 ひび割れは止まることはなく、ガラスが一気に割れ落ちる様に世界は崩壊していく。臼や蜂、栗と言った子蟹の仲間達もそのガラスの中で静止したままに砕け散る。全ては在るべき場所へ……ガラスが割れ、弾ける。自壊するガラス達が粉々になり、サラサラと去った後、世界に現れたのは真夜中の閑静な住宅街であった。


 俺はその様子に漸く息を吐き、落ち着く。一仕事が終わったのだ。


 俺は変身を解く。桃太郎の姿から『大河たいが虎丸とらまる』としての姿に。道路に設けられたミラーに写る見慣れた姿。黒い学ランを着た、短めの茶髪を整髪料でオールバックにした男子高校生こそが俺だった。一束だけひたいの方に流れている髪が緩やかな風に揺れた。視線を移して左腕についた腕時計に目をやる。秒針がしっかりと時間を刻んでいる。


 ……よしよし、時も動き出している。今回の物語の現実化ストーリードミネーションも無事完結したことを表していた。


 「ん……?」


 俺は気が付く。先程子蟹達がいた場所、アスファルトに戻った地面の上で、パジャマ姿の五人の人間の子供がスヤスヤと寝息を立てていたのだ。


 子蟹は5匹だった。そしてそこにいる子供も五人。どうやら今回の『主役』に選ばれた不幸な人間は5つ子ちゃんだったみたいだ。俺は近寄り、その体を揺すってみる。


 「おーい、君達こんな所で寝てたら風邪引くぞ」


 しかし子供は5人ともすっかり眠りこけているのか、呻きながらも絶対にその目は開かない。5人は揃って眠りの深いタイプの様だ。


 物語の中では最後まで起きていたはずなのに、現実に戻ってきたらこれだもんな……こちとら苦労するってんだ。


 俺は悪態を漏らしながら辺りを見渡す。どうにかしてこの子達を安全な場所に運んでやりたいと思ったのだ。一人や二人ならまだしも、五人は流石に一度に運べない。どうにか方法を探したいと思った俺の目に、一本の電柱が目に入る。そしてその下には電灯に照らされた、どこかの誰かが捨てたであろう少し古ぼけた、大きな台車があった。


 「しゃーねぇ……」


 俺は春の寒空の下でもう一仕事にとりかかった。






 ─────いつからだったろうか。この『都市』に物語が現実化するようになったのは。選ばれた者にしか認識出来ない現実と虚の交わり。人間によって作られた夢物語、童話が、現実世界に取って代わる超常現象。当事者しか分からず、どこにも証拠は残らない、誰にも語り継がれることが無い恐ろしき現象。


 俺はこれを『ストーリードミネーション』と密かに呼び、備えている。また誰かがこの現象の犠牲にならないようにと……考えて。


 そんな俺もこの現象の被害者だった。


 俺が襲われたのは15歳の夏の何でもない日のこと。所用によりこの街を訪れた時、突如として起こった世界の『静止』から事は始まりを告げた。


 気が付けば俺は『桃太郎』の物語の中にいて、その道筋を辿っていた。赤子になった自分。自分を見つけ喜ぶ二人の老人。持たされたきびだんご。増えるお供。そして……あまりにも現実味を帯びていた鬼との死闘。その死闘の中で湧いた『気を抜けば本当に死ぬ』という危機感。決死の思いでの勝利……それが俺を襲ったストーリードミネーションの最初の体験にして、この身に起こった……『天恵』だった。


 鬼を倒した後、俺の周りは現実世界に戻り、止まっていた時も進み出した。だが、全てが元通りになったわけではなかった。驚くべき事に俺の体に『桃太郎』の能力が残ったままになっていたのだ。


 混乱する俺に、能力の一部として召喚が可能になったお供の『犬』が、憶測として提示してくれた理由としては、この身に宿る『強い想い』が桃太郎の精神とリンクし、何かしらのイレギュラーを起こして体に残留したのではないかという事であった。


 たしかに俺には他人には大語れない『想い』がある。幼き頃に起こった絶対に許せぬ事象が。


 ──俺は両親を幼い頃に何者かによって殺された。そしてその者は未だ捕まっておらず、事件は未解決のままであり、今の俺を突き動かしているのは、その者に対する巨大な復讐心と憎悪であった。


 だから理由はどうあれ、人外とも言える能力を手に入れた事に不自由は無く、寧ろ有難いとさえ思った。


 だからこそ、これは天恵なのだ。


 そして現在……俺はストーリードミネーションに立ち向かいながら生活している。たしかに俺の野望と呼べる事柄にこの力は必要であったが、それとは別にこの街に起こるその現象は見過ごせない事であると捉えていた。


 何故ならストーリードミネーションが起きている間、世界中の時間は止まり、物語は世界に取って代わる。


 これでは俺の『目的』どころの話ではない。


 だから俺は意欲的にそれを解決しようと動いている。約二週間に一度程のペースで起こるこの現象は、まず第一に『主役』とされる人間の存在があり、その主役が物語を完遂させると現実世界の侵食が解除される。


 俺はその世界の中で主役に選ばれた人間以外に唯一動ける存在であるのだが、恐らく身に残る桃太郎の力がそれを可能とさせているのだろう。


 だから俺は主役に選ばれた人間……俺は『主点』と呼んでいるが、その人達に事情を説明し、完結までその身に起こる出来事から守り導く役割を買って出ているのだ。


 物語の現実化を甘くみてはいけない。物語といってもそれは正に『現実』なのだ。一歩間違えた選択をしたならば、争いが起きる事もあるし、それで死ぬ事もある。現に俺は一度……守りきれず『主点』を殺されてしまった事がある。


 それは一寸法師の物語ストーリー現実化ドミネーションだった。一瞬の油断を突かれ、俺は護衛していた一寸法師を敵であった鬼に殺されてしまったのだ。


 別に甘くみていたわけではない。しかし初めて起きた『主点』の死亡に、俺はもしかしたら死んだ場合でも主役は人間に戻り、世界は現実世界に戻るのではと心の何処かでは考えていた。だが、実際にそうはならず、結末は最悪だった。


 世界は確かに現実世界に戻り、止まっていた時間も動き出した。けれど、不可思議な事が起きた。それは敵であった鬼の『現実化』である。敵の鬼は最初、自分の身に起きた事を理解出来ないようにキョロキョロとしていたが、ストーリードミネーションの影響なのか、直ぐに自分のおかれている状況を把握し、俺の前から逃走した。


 どうやら主点が死ぬことでもストーリードミネーションは解除されるが、そのかわりに敵役が存在するならばそれが具現化するらしいのだ。


 現実世界に具現化した鬼はすぐに俺が殺す事に成功したが、あのまま放っておけば、鬼がどれだけ他の人間達に被害を加えていたか……想像するだけで恐ろしかった。


 そして戻っては来ていなかった一寸法師役の人間に俺は何度も心の中で謝罪した。欠片でもストーリードミネーションを舐めていた自分の不注意による死亡だったからだ。


 俺は罪悪感に押しつぶされそうだった。そして自分の殺された『両親』と重ね、自分の不甲斐なさを知った。だからこそ今ではどんなストーリードミネーションだろうと一切の甘さと油断を捨てて挑んでいる。俺がこの正体不明の現象から、人々を守るしかないのだ。その想いは今では心の原動力の一つとなっていた。そしてその守る力はいつか来るであろう『目標』と対峙する瞬間にも役に立つことだろう。


 『両親』を殺した殺人犯を仕留める為の力に。






 「こんばんは」


 最寄りの交番の、少しだけ開いた入り口の隙間から俺は顔を覗かせ、中にいたお巡りさんに声をかける。何かの帳簿をめくり、書き込んでいた男性警官は紙面から顔を上げて少しだけ驚いた様な顔を見せた。


 「どうもこんばんは。どうしたのかな、こんな遅くに」

 「あの〜……すいません、悪いんですけどこのドア開けてもらってもいいですかね」


 一瞬何を言っているのかと逡巡したような様子の警察官だったが、俺が頭を軽く下げると、快く引き戸をスライドしてくれた。


 「一体何の用かなっ─────」


 その言葉が息を呑み、途中で遮断される。理由が目の前にあるのは分かりきっていた。俺の押している台車の上に、互いに背中を合わせて乗っている五つ子をいきなり見れば誰だってこんな反応になるだろう。


 「き、君! これはいったいっ……」

 「アルバイトの帰りに、歩いてたら道端で寝てたんですよ。そのままにしておくのもアレなんで、こうやって運んできました」

 「は、運んできたって……」


 警察官は困惑して疑いの目を向けるが、台車の上で安らかに寝息を立てている子供達を見ると、「中に入って、少し待ちなさい」と言って、一緒に子供達を交番内のソファーの上に運んでくれた。


 「────ええ、そうです……子供が五人、いずれも五歳前後……はい…はい……了解」


 そうして備えられていた電話で何処かに連絡を始める。その語られる言葉から察するに保護者から捜索願は出されていたようだ。この子供達もとても幼いから、親の身からすれば、いなくなったと直ぐに気が付いて真っ先に警察に連絡していたのだろう。


 「キミ」


 無事に事も治りそうだと子供達を見ていた俺に警察官が声をかけてきた。


 「よかったらキミの名前を教えてくれるかい? その子達の母親からの要望でね」


 それぐらい何の問題もなかった。


 「大河たいが虎丸とらまるです。 ……大河ドラマの大河に、動物の虎に、丸で、虎丸です」


 俺はそう包み隠さず名を名乗った。今は亡き両親から貰った名を。

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