合戦
【大河 虎丸】
───広葉樹の生い茂る森の中、俺の振り抜いた刀が、幾百いる『猿達』の中の一匹を裂いた。
「犬! まだいけるか!」
俺と同じ状況、絶え間ない猿達の攻撃に奮闘する大きな『家来』の一匹、『犬』に俺は確信を持って、答えなど分かり切った問いを投げた。
一度頭を振るえば三匹同時に猿達の腹を抉るその大きな頭で犬は答える。
「当然です。主人様こそお怪我などは」
正直言って人間である俺には体力面や怪我の面よりも、草の地面に既に切り捨てた何十匹と倒れている猿達の血に吐き気を催しそうでキツい。けれど今は戦う事に集中しなければ。俺も犬に負けられないと息を瞬間的に止め、一瞬にして敵対する猿達の体をその纏っていた武者鎧ごと七体切り崩した。
「楽勝だ。アイツらはどうだろうな」
俺が危惧したのは合戦が始まりはぐれた家来の『猿』と『雉』のことだった。争い事や力を振るう事には嬉々とする『猿』は大丈夫とは思うが、争い事には憂鬱な発言をする雉が心配だ。いや、もしかしたら猿も危ないかもしれない。『出典』が違うとしても同じ猿。同族を殺めるのに気分が昂ぶるとは思えない。
悪い予感が頭をチラつく。そんな時、俺達の先方で大きく弾けたような音と、大勢の悲鳴が上がる。
「アーッハハハハ!! 道徳観も関係無しに同族を殺れるとはなぁ!! 最高だぜぇ!!」
その中心部から聞こえてきたのは聞き慣れた声。我らが猿だ。どうやら杞憂だったようだ……同族を殺せる事にうかれているとは、自分の仲間として少し引いた。
戦う内に仲間同士で距離が近くなっていたのか、俺達より先陣を切って進んでいた猿に追い付いていたようだ。猿と言っても体躯は177センチの俺の身長と対してかわらず、筋肉量に至っては俺の何十倍だ。最早猿とは何かと疑問を抱きたくなる。猿は引っこ抜いた木を振り回して、自らを囲う敵の猿を相手取っていた。
「いらない心配のようですね」
「ああ」
猿は無視して雉はどこにいったか……辺りを見渡すと、見慣れたシルエットが俺の頭上をぐるぐると飛んでいる事に気がつく。
「虎丸様! 臼と蜂、栗、蟹の子らが大将首までたどり着きました!」
「よぉ雉! お前、今回も報告役に徹してんのか」
上空でホバリングする雉は敵の猿達の放った石やら矢を、容易く避けながら俺へ告げる。
「え、ええ……恥ずかしながら争いは好きではないので……すみません」
「いや、助かる!! 戦況を報告してくれるヤツが一人いるだけで大違いだ!!」
俺は飛び掛かってきた猿を叩き伏せる。
「頼みがある。大将首のところまで連れて行ってくれ」
「お安いご用です!」
雉の同意もあり俺は地面を蹴り、対面していた敵の猿の頭を踏み台にして雉の背に跳び乗った。俺一人を乗せても雉の飛翔は揺らぐ事はない。俺一人を乗せられる程の体躯をしている雉もまた並みの生物ではないのだと改めて知る。俺の体を預けている彼の体はまるで馬のように大きかった。
「ここは頼んだぞ、犬!」
「任されよ」
再び犬が敵の猿達の陣形をその巨体の突進によって突き崩す。彼女であれば一匹でも乗り切れるだろう。低く飛ぶ雉に向けられ幾十の矢が放たれるが、俺を乗せても尚、雉は卓越した動きでそれらを回避し切ってみせた。
そうして猿の上空を通過する時、一応彼にも一声かけておく。
「おい猿! 無茶すんなよ!」
「あいよ旦那! 俺の心配よりその駄鳥の心配でもしてな〜」
俺を一瞥したわけでもないのに、俺がどういう状況にあるか察したのか、家来の猿はお調子よろしくそう告げる。雉と猿は普段からウマの合わない奴らなのだ。猿の言葉に雉が少し反応したのを飛び方の変化で俺は何となく察した。しかしそれにより戦い方に影響が出るほど、こいつらは素人ではない。これまでいくつもの『物語』を共に潜り抜けてきたのだから。
俺を乗せた雉は『大将首』である猿達の長の元に向かい飛ぶ。もうすでにこの物語の『主点』である『蟹の子ら』は俺達『桃太郎陣営』の働きもあり、その大将の元へと辿り着いているとの事だった。あとは『主点』率いる『猿かに合戦』の仲間達、臼、蜂、栗に任せても『物語』は完結に向かうだろうが、念の為俺もその場に向かうとする。この世界は物語内と言ってもこれが今は『現実世界』なのだ。一瞬の気の緩みで主役の『蟹の子ら』に抜擢された人達は命の危機に晒される可能性がある。
無事に猿達の長を『こらしめる』のを見届けなければ安心出来ない。
「虎丸様!着きました!」
俺は雉のその声に目線を下に向ける。
猿かに合戦の敵役、先ほどの手下猿とは明らかに風格の異なる、大きな猿が、仔蟹や臼達に囲まれている現場が広がっていた。
「行ってくる」
「御武運を」
飛び降りる俺の耳に雉の慮る声が届く。ありがとうと俺は心の中で呟いた。
「このチンケな者共め!」
────ボス猿の声が取り囲む中で響く。もう自分を守る手下の猿達はいない。そして自分が刀を手にしたところでこの囲まれた状況では勝てる算段などあるわけがない。ボス猿の哀れな足掻きの声だった。
そうして彼が取り出したのは一つの黒い球体。そして片手には松明を持っていた。爆物によるイタチの最後っ屁のつもりだろう。まあ、猿だけど。
「それ以上近付いてみろ! この焙烙玉に火をつけてお前ら諸共ッ─────」
そのボス猿の声は最後まで続く事はなかった。何故なら俺がボス猿の前に着地した瞬間にその爆弾を両断し、その松明の火も切り消したからだ。猿は一瞬の出来事に金魚のように口をパクパクとさせる。
「なんだよ。何か言いかけていたが? 最後まで言えよ」
俺がそう導いてやるが、ボス猿はジリジリと後退する。
「お、お前か……蟹共に味方する正体不明の人間とは……」
「みたいだな」
「やつらに仇なされるのは分かる。しかし、お、俺がお前に何をした! 聞けばお前はあの子蟹の友でもなければ、その母親の知り合いでもないらしいじゃないか! 何故やつらを発起し、俺に切っ先を向ける! 答えろ!」
そんなもん聞いてなんになる。しかしどうせだ。もうこいつが『現実世界に具現化する』術はなくなる。冥土の土産に教えてやるとしよう。
「……理由なんて一つさ」
「…………」
「お前があの子蟹達の母親を殺したから。それだけだ」
「だが、それはお前自身には────」
「関係ないかもしれないな。しかし、身内を殺される痛みってのは凄ぇ分かるつもりよ」
目を見開く猿。俺は俺達のやりとりを見守る臼や子蟹達に目線を向ける。
「なぁ!」
「なんでござろう桃太郎殿」
手足の生えた臼が答えた。
「こいつの処分は俺がしてもいいかな。子供達の手は汚したくないし、アンタ達もできることならたとえ猿と言っても殺生は控えたいだろ? どうだ」
俺の言葉に子蟹の仲間達は、子蟹以外で互いに顔を見合わせる。敢えて子蟹達には目線をやらないところを見ると、子供達にそんな酷な判断を委ねるには気が引けるという推測は間違ってはいないらしい。優しい仲間達だ。
直ぐに決断は下った。
「その心遣いに甘えさせて頂こう。桃太郎殿すまぬ」
望んだ答えだった。俺はニヤリとした顔をボス猿に敢えて見せてやる。
「後生だ、許してくれ桃太郎さん」
「無理だな、法律のないこの世界を恨みな。それに『元より』去る存在なのだから後生も糞もあったものじゃないだろう?」
生きる術はない。既に自分の未来は決まっているのだと察したボス猿はガタガタと震えていた。
「……ック、な、なんなんだよ! あんな臼やら蜂やらだけなら簡単に叩き潰せたのに……」
いや、それもありえない未来だ。最初から子蟹を殺すことだけに焦点を絞っていたなら未だしもな。
「アンタ一体なんなんだよ! 桃太郎なんて名前聞いたことないぞ!? 一体どこからやって来やがった!」
俺は左手に持つ鞘から抜刀する。
「当然だろ─────世界が違う」
憐憫をもって、俺は猿の首を切り落とした。驚愕に凍り付いたその顔はゆっくりと地面に落ち、転がった。