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戻る世界

三人称視点です

 

 恐怖に固まった顔が印象深かった。瞳孔の開いた焦点の定まらない瞳、乾いた唇、元から白い肌の蒼白、湧き出た涙が静かに零れた。


 鮮血が穂先からダラリと垂れる。落ちた先の青々とした木の葉を赤く染めた。


 終わったな────


 誰が言ったわけでもないけれど、虎丸はそう分かった。


 虎丸は穂を引く。そのアイリスの繋がった首から。


 血は出てたとしても、薄皮を切られただけの彼女の首は軽傷と言えた。それでも彼女はピクリとも動かない。ショックから立ち直れていないのだろうと思った。


 結局虎丸はアイリスを自らの手で殺すことは出来なかった。……しなかった。戈で首を刎ねる動作も只のフェイクであり、薄皮を切ったところで寸止めしていたのだった。


 いくら彼女がいることでストーリードミネーションが解決しないとしても、ただ生きることを望んでいるアイリスをその手で殺すことは彼には出来なかった。たとえ向こうが殺意を向けて、本気で殺しに来ていたとしても、それを殺意で迎え撃つのは彼にとっては無理な話だった。性根が温和な虎丸はそんな男である。それ故、その例外とされる両親を殺した『犯人』への憎悪は計り知れないのだが……


 とにかく今回の件、虎丸は最初からアイリスを殺してのストーリードミネーションの解除は目論んでいなかった。あくまで彼はアイリス自身に『主点』からの離脱を選択させるのが目的であったのだ。そして今、彼の目的は達成された。虎丸とアイリスの体が自然と元のサイズに戻っていく。その理由も彼には何となく分かっていた。


 ピシリッ


 まるで雛が内側からタマゴの殻を割ろうしている様な音が周りに響く。虎丸が音を辿れば、そこには顔面に黒いヒビを走らせたアイリスがいた。もう一度、そしてまた再び、音が続くと、彼女の纏っている服や肌の境界さえ無視してヒビは入り続けそしてやがて───


 バリンッッ!!


 彼女の全身からアイリスの体がガラスが吹き飛ぶように割れ飛び、中からパジャマ姿の女性が現れ、床へ崩れ落ちたのだった。ウネついた髪が印象的な女は体を横にして倒れこむ。この人こそ今回のストーリードミネーションの『主点』にしてアイリスに体を乗っ取られそうになった被害者である。


 外見を見るに虎丸の切った首筋と、足の軽傷くらいしか怪我はないようだ。その様子に罪悪感を抱きながらも安堵した。


 「やったな旦那」


 後ろ振り返ると、そのには微笑む猿が。虎丸も笑って応えた。


 「ようやっと出て行ってくれたぜ」

 「脅しが効いたな。本当に殺してやるって迫真の演技に俺も脱帽だ」


 賞賛する猿、彼もさっきまでは虎丸がアイリスを殺すのだろうと心底信じていた者の一人だった。しかしこんな結果になった瞬間、自分の主人が最初からこの展開を望んでいた事をすぐに察した。そうして『ああ、自分の主人はこういう人間であった』と思い返すのだった。


 「本気で殺してやるって思ったからな」

 「マジか?」

 「そりゃマジにやらなきゃすぐに見破られるかもしれないからな。騙すには先ずは自分からってな」


 そんな言葉は聞いたことがないぞと思ったが、今は言わなくても良いだろうと猿は飲み込んだ。


 木々や地面が忙しなく動き出し、空がヒビ割れを始める。世界がストーリードミネーションの終わりを告げていた。


 「そういや雉はどこ行きやがった。あの野郎またいつもみたいにチキンになってんのか」


 猿は辺りを見渡し、雉の姿がないとしていたが虎丸の天を指す方に倣って目線を移す。


 「あいつ……」


 自分達の上空を旋回する一羽の鳥の姿。藍色の腹がピカピカと光に反射してその存在を放っていた。


 「俺がアイリスと戦っていた途中から、あいつはああして俺達の様子を伺っていた」

 「気が付いていたのか」

 「ああ、恐らく俺がピンチになったり、アイリスに隙が出来れば強襲でもかけるつもりだったんだろうさ。まあ、アイツ自身もアイリスの時止めの餌食になっていたなら、容易く攻撃は仕掛けられないってのはあっただろうけどな」

 「過大評価だと思うぞ」

 「そうか?」


 虎丸は口笛を吹き、雉を呼ぶ。一瞬にして急降下してきた雉はその体を翻し見事に着地を決めた。その時間は1秒ほど。元より呼ばれる事を想定していなくては出来ない芸当だ。


 「やりましたな虎丸様」

 「おうよ、どうだ隙は無かったか?」

 「お二人が大きくなるまでは彼女の持つ鈍器を掻っ攫ってやろうと隙を伺っておりましたが、大きくなられてからはどうにも攻めあぐねておりました。糞でも落としてやろうかと思っていましたが……ちょっと催さなかったもので……」


 虎丸は「ほらな」と言いたげに猿を見る。虎丸の問いに聞き返す事無く、ここまで返答できるのは、雉の考えていた事と虎丸の雉に対する予測が合致していた証だ。決して過大評価なんてものではなく、しっかりとした評価なのだと虎丸は言いたかったのだ。


 「……実際に出来ているかは、また違う話だ」


 やれやれと言いたげに猿のその姿が消える。もうじきにストーリードミネーションが完全に砕け散る。自分の仕事は終わったのだと言っているのだ。


 彼が姿をくらましてから、ものの1分もせずに世界は再びコンクリートジャングルに戻る。虎丸達がアイリスの世界に飲み込まれたのは公園だった筈だが、ストーリードミネーションは世界の上書きなので、その中で移動すれば当然ストーリードミネーションが解除されても、移動した分は元の世界でも反映されるのだ。


 あまり見慣れない場所、おまけに夜という事もあって虎丸は参ったなと思った。


 「虎丸様」


 雉に呼ばれ、彼を見るとその先にはパジャマ姿の女の子の体があった。


 コンクリートに軽く丸まって横になっている彼女をそのままに放置することは許されない。手に持っていた戈は霞に飲まれるように消え失せ、無手となる。虎丸は慣れた様子で近付きその体を抱えて持ち上げようとした。だが、ここで違和感をおぼえる。


 「ん?」


 身長は150センチ程だろうか。女の子とすれば大して珍しくない平均的なサイズ、持つのに苦労はない。しかし違和感がある。虎丸は彼女の顔にかかったうねついた黒髪をその顔からどけてみる。すると自分の頭の中の記憶が妙に刺激された。何故ならばその女の顔に見覚えがあったからだ。


 「こいつ……」


 安らかに眠っている端正な顔、昼間に見た時の眼鏡はその顔に無かったが、たしかに『彼女』だと虎丸は確信した。


 赤橋クラリス─────その本人を。

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