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決着

 

 アイリスの槌と言っても差し支えないマレットと、虎丸の持つ戈がぶつかり合う度に橙色の火花が散る。激しい金属音の連続、往なし往なされる攻防、両者互角の戦いが繰り広げられていた。


 しかしそれは外野から観た状況でしかなく、当事者であるアイリスには自分が劣勢に立たされていることがハッキリと分かっていた。


 再びアイリスは時間を止める。しかしやはり虎丸には効果がない。無駄であると分かっているはずだが、自分の全てを絞り出さなくてはこの相手には勝てないと理解しているからこその使用だった。意味はなくても何かを、勝機を見出すことにつながるのではと、考えていたのだった。


 「ハァッ!!」


 勢い良く振るったマレットの攻撃は軽く縦に構えた戈の柄に容易く妨害される。こちらが精一杯攻撃を続けているというのに、相手は汗一つもかかず涼しい顔でそれを受けいれてしまう。そうすると次に来るのは間髪入れず飛んでくる反撃の豪速の突き、避けるか防ぐかの二択しかないが、そのどちらもがギリギリ間に合っている状態だった。


 大きく後方に跳躍し、アイリスは距離を開ける。息を整えて再び攻防に挑む為だった。体力や、腕の力が攻撃を受け続け疲労が蓄積していたからこその選択であった。それなのに────


 「────逃すかよ」


 着地した瞬間に背後から聞こえる聞き慣れた声にアイリスは戦慄した。


 速すぎる────そう思うと同時に背後からの攻撃に一か八かの防御を試みる。手に持つマレットへの強い衝撃から、防御が成功したことは分かったが、強靭な一撃の威力は殺せず、アイリスは吹き飛ばされた。草地とはいえ、体を強く地面に打ち付けたアイリスの口からは短い悲鳴や呻きやらが溢れた。


 「諦めな、時を止められるなら未だしも、近接戦のみのお前に負ける気はしねぇ。大人しくその『体』から去ってくれや」

 「嫌に決まっているでしょ!」


 地に手を着きながらも体を起こすアイリス。彼女の事情を知らなければ、幼な子をこのように甚振いたぶる虎丸はどれほど非道な輩に見えたことだろうか。それほどまでに痛々しい光景だが虎丸の心は揺るがなかった。必ず世界を元に戻す。その信念だけが正義だと知っていたから。


 「せ、せっかく生まれたのに……わ、わたし……凄い嬉しかった。自分が何者なのか、何をするべきか、どんな存在なのか……誰に教えられなくても分かった……それで生きているって実感がとても、すごく分かったの……素晴らしいって思ったわ。気持ちが良かったのよ、生きているって分かっただけで……」


 だから彼女が何と言おうと非道に徹するべきなのだ。


 「……っどうして死ななくちゃ駄目なのよ!? 生まれた私の気持ちはどうなるわけ!? 別に私だって貴方達の世界がどうなっても良いだなんて思ってない! でもしょうがないじゃない、私だって生きていたいもん! 」

 「当然それは君の言い分だ、そしてこちらにもこちらの言い分がある。所詮はエゴのぶつけ合い、良い悪いの話じゃない」

 「……そんなのって……そんなのって酷いわ!」

 「酷くて結構。こちらにも譲れぬ思いがあるからな。お前には必ず消滅してもらわなくちゃならない。 ……どうだ、諦めて自分から消滅してくれないか? 痛みが伴わない分、その方が恐怖が薄れるだろ」

 「他人事だからそんな軽口が叩けるのよ。冷徹な貴方には何を言われても同意できない!」


 他人なのだから他人事に違わないだろと思う虎丸に向かいアイリスは再び駆け出した。無策に突っ込んでくるのかと思ったが、彼女がエプロンのポケットに手を入れ、何かを取り出すのを見た。キノコのカケラだ。アイリスは躊躇することなくそれを口に含み、呑み下す。たちまち彼女の体が巨大化し、通常の身長など通り越し巨人と化した。全長にして15メートルほどか。大きくなったアイリスがその走っている勢いのままに右足を蹴り上げた。虎丸を狙った攻撃だったが、大きくなれど彼を捉えることは容易でなく簡単に避けられる。


 しかしサイズの問題は重要だ。巨大な彼女からの攻撃を受けてしまえば今度はどれだけ運が良くても死ぬのがオチだ。虎丸もすかさず自分の持っていたキノコを取り出し、大きくなる方を食べる。こちらの量のが少なかったのか10メートルに達した程で巨大化は止まるが、戦えない程ではない。それにこちらの得物はほこだ、十分差を埋めるに足り得る。


 虎丸の突きをアイリスは辛くも避ける。しかしそれから何か好転するわけでもなく、どれだけ状況が変わろうと彼女に風が向くことはないと『彼女自身』が一番思っていた。


 そしてその時はほどなくして訪れる。周りの木々を揺らしながら戦っていた二人だったが、突然アイリスは声を上げ倒れた。


 彼女の脛が薄く切られていた。虎丸の持つ戈の一振りにより、白いタイツにジワリと赤々とした血が滲む。そこまで深い傷ではなかったが、妙に痛む切り傷は彼女の心を打ち砕くキッカケになった。


 尻餅を着いてへたり込むアイリス。その表情は絶望し己の運命を嘆き苦しんでいた。


 「嫌……いや、いや! 死にたくない! 消えたくない! お願い……桃太郎さん、見逃してよ!」


 涙を浮かべ懇願する彼女だが、虎丸の表情と心は微塵も変化しなかった。人を救う為だ、自分の意思だけでこの少女を見逃すわけにはいかないと分かっていた。


 「悪いな、俺から差し伸べられるのは、君に自主的に消えることと云う案だけだ」

 「う、ううぅぅ………ああぁぅゔゔぅぅ……」


 穂先を彼女の首元に構える虎丸にアイリスは嗚咽を漏らし泣くだけだ。


 「さぁ、最後だ。自ら消えるか、首を刎ねられるか、どちらか選べ」

 「嫌……いやぁ……」

 「消えるか?」


 首を横に振る。


 「刎ねてほしいか?」


 また首を横に振る。


 埒が明かないなとして虎丸は、アイリスの頭のてっぺんの髪を握った。必然的に彼女の首筋が張り伸びる。


 「刎ねることにする」


 冷徹な声にアイリスがビクリとする。虎丸の戈が振り上げられていた。咄嗟に出ようとする悲鳴が命を守る為に制止の声に変わる。


 「や、やめっ─────!!」


 彼女の乞う声など知らぬと、戈は無情にも振り下ろされたのだった。




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