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魂融合

三人称視点です。

 

 虎丸自身が桃太郎のストーリードミネーションに飲まれた時の話だ。鬼ヶ島の鬼達の強靭さに、本来の話の展開とは異なり、虎丸は一度敗北を喫した。


 虎丸自身が今より幼く未熟だったこともあっての敗北だったのだが、鬼ヶ島から命からがら逃走した虎丸とその配下の三匹は、己の弱さの克服とチームとしての力をつける為に『ある男』の元で修練を積んだ。


 あらゆる剣術と兵法などを学んだ彼らは再戦の末、見事鬼達を倒したのだが……師と仰ぐ者から教わった戦術の一つが『魂融合ソウルフュージョン』であった。


 「ここで魂融合ソウルフュージョンですか!? 」


 信じられないと息を荒げながら犬は言う。


 魂融合ソウルフュージョン────正式な呼び名は『御魂みたま融合ゆうごう

簡単に言えば二つの体を一つに融合してしまい、身体能力や感覚、その他諸々の恩恵を体に享受する摩訶不思議な術である。虎丸の桃太郎としての覚醒した能力の一つであり、秘策であった。


 強力なパワーアップを望めるが、そこには欠点が存在する。


 「主人様! 貴方はご自身が何を言っているか分かっていらっしゃいますか!?」

 「分かってるつもりだけど」

 「であればそんな馬鹿な事は言わないで下さい! 今の貴方の体で魂融合ソウルフュージョンなんてしたら、体はその衝撃に耐えられず崩壊してしまいます! 運が良くても意識が吹き飛んで忽ち、戦闘不能になりますよ!」


 犬の言う事は決して大袈裟ではない。魂融合ソウルフュージョンなるわざはその実、成功させる為には最高のコンディションを整える必要があるのだ。今まで魂融合を行なってきた時も、全て虎丸の体の調子に警戒しながら行なってきた。しかしどうだ、今この状況は最悪といっても過言ではないコンディションではないか。彼女の言うように体が術の衝撃に耐えられず負傷を与えるだけに終わる可能性が高かった。


 「大丈夫だって」


 だが、虎丸はあっけらかんとして答えた。


 「今日はとても調子が良いんだ」

 「嘘をつけ!」


 脂汗を滲ませて言うセリフではないと、たまらず犬はツッコミを入れてしまった。


 「どこをどう見てもバッドなコンディションじゃないですか! ……とにかく、私は同意できません」

 「同意できなくてもやるしかないんだよ、犬」


 そんな無茶苦茶なことがあるか。


 「────いいか? 今俺は満身創痍、そして死にかけ。こんな状態じゃ一人じゃ戦えない。それに容易く時止めの餌食になるのが目に見えている。しかしだ、お前との魂融合なら成功すれば一時的な超回復が見込めるし、恐らくだけど……あの時を止める能力を打破出来る筈なんだ」

 「なんだと!? 何故そんな事が出来ると───」

 「悪りぃな猿、今は時間がない、犬を説得させてくれ」

 「…………」


 驚いた猿を虎丸は制止し、黙らせて顔を再び犬に向けると続けた。


 「だけどここでお前がヘソを曲げて融合できないとなると、俺達はただ全滅を待つ愚か者で終わる。そしたら世界は元に戻らずアイリスの勝利、万々歳、希望の世界の到来、最高のエンディングってことになっちまう」

 「私は別にヘソを曲げてなど……それに戦うならば皆んなで連携を組めば……」

 「お前も分かってるだろ、そんなもの時止めの力の前じゃ無力だ。あの力に勝つには能力を無効化するしかすべはない。 ……たった一度のお前の同意でその活路をこじ開けられるんだ」

 「…………あ、そ、それならより良い方法があります!」

 「なに?」

 「あの大きくなるキノコですよ! それで元の大きさに戻ってしまえば、時を止められようが関係なくないですか!? 自分より数十倍大きな相手に攻撃したって殺しは出来ない筈です!」

 「無理だな」

 「え……」

 「そのキノコは当然アイリスも持ってる。ヤツも食べてしまえばトントンになるだけ。意味がない」

 「………なるほど……そ、それならば……その…」

 「犬、これしかないんだ」

 「そんなことはありません! 主人様、どうか自分の体を大切にしてください! そういうところ、私は嫌いです! 死ぬかもしれない可能性から目を逸らさないでください!」


 嫌だ嫌だと同意しない犬。既にアイリスのゆっくりとした歩調でも距離はどんどん縮まってきていた。


 「旦那、アイリスとの距離、約30メートルだ」


 分かったと言う虎丸。その声から焦りは全く感じられなかった。


 「────犬、大丈夫だよ、俺は死なない。 ……死ねない。 殺したい人間がいる以上、死ぬわけにはいかない。俺のこの憎悪がこの体に宿っている以上は必ず俺の意思に体は応えてくれるはずだ。だからお前の言うような事にはならないさ」

 「そんなものただの自己暗示ですよ!」

 「だとしてもだ。俺自身を守る為、仲間であるお前達を守る為、世界中を救う為……気張ってやるしかないんだ、俺達は」

 「……しかし……しかし…」

 「────強靭な肉体は強靭なる精神に宿る」


 澄ました顔でそう説く虎丸を見る。血や埃に塗れていても、どこまでも彼の顔は晴れやかだった。こんな人間が死地にいるわけがないと思わせるほどに。


 「師匠の教えだ。今の俺の精神なら必ず肉体は耐えてくれる。犬、信じろよ、お前の主人様あるじさまは強えんだ」


 両者のやりとりに意識を向けながらも猿は焦る。間近に迫るアイリスの、はっきりとした闘争心剥き出しの顔を見ていると嫌な汗をかく。早くしてくれと思う反面、虎丸に対して猿は、つくづく頭の可笑しい人間だと思っていた。アイリスの能力を見破る為に自分の体を実験台にしたのもそうだが、今度は死ぬかもしれない賭けを容易く選択している。例え世界の命運が懸かっているとは言え、自らが傷付くこと、死ぬこと、それを度外視した選択を、刹那程の思考時間で導き出し、口に出来る彼は一言で言えば『狂人』 ……それ以外はなかった。


 その心に復讐の志がある筈なのに死ぬ可能性がある選択をする。その心に世界を救済するという英雄的使命感がある筈なのに、最終的に目指す場は復讐という非人道的な結末。


 矛盾とも言える二つの選択をした人間はこんなにも呆気なく命を投げ出せる様になってしまうのか。猿は哀れみと少しばかりの恐怖を、口に出すことはなく、ジッと虎丸を見ていた。


 「…………分かりました」


 絞り出した犬の声は虎丸にしっかりと届いていた。彼は犬の頭を優しく撫でると「ありがとう」と短く言った。そして両者は猿の前に出でる。


 「────死ぬなよ」


 後方から掛けられた慮る言葉。猿にしては珍しい発言に虎丸は少し微笑んでしまった。




 時は満ちた。それは比喩ではなく、アイリスの心に『時を止められる』と云う確信が満ちていた。これこそ自分の能力が再使用できる合図なのだと彼女は誰に言われるわけでもなく分かっていた。


 先程の攻撃によって『桃太郎』は既に重傷だ。この自分の持つフラミンゴのマレットによるフルスイングで二度も殴打してやったのだ、無事でいられるわけがない。後は彼の従者であるらしい犬と猿を始末するだけの簡単な仕事だ。そんなもの朝飯前だと彼女は思っていた。


 しかし────


 「え……」


 こちらに闘争心を剥き出していた桃太郎の仲間の猿の横を過ぎ、前へと出ずる一人の人間と一匹の獣の姿。立ち上がる筈がないとふんでいた『桃太郎』の姿に動揺しないわけがなかった。


 「ど、どうして……そんなはずは……っ!!」


 叫ぶアイリス。たしかに急所を狙った。それに胸に与えた一撃は骨を砕いた感触もあったのだ。……立ち上がれるわけがない。それなのに……


 アイリスの向かう足は自ずと止まる。時を止められる自分の武器さえも、この予想外の展開にこの瞬間だけは忘れられていた。


 「なんで立ち上がっているのよ!?」

 「さて、なんでだろうな……俺自身も答えは知らねーからよ、あんまし聞くな」


 並みの光景ではなかった。額からの流血により顔は血に塗れ、部分的にだが顔の肉が剥がれている。胴の鎧はひしゃげているし、その体を支える両足はガタガタだ。羽織だけでなく全身が赤に包まれたその男を万人が見たとしても、まともな光景とは判断しないだろう。


 しかしその双眼は苛烈な程に闘志を剥き出していた。


 「まさかまだやるつもり……」

 「当然。なんだい、お前はもう疲れちまったのか?」

 「そうじゃないわよ。貴方みたいなボロ雑巾じゃ勝負にもならないって言ってるの! 大人しく降参しなさいよ!」


 せめてもの情けのつもりだった。アイリス自身誰かを嬲りたいわけではなく、自分の存在を守る為に戦っていたから、既に事切れそうな虎丸を相手にする意味がなかった。それこそ命に対する冒涜であるとさえ思っていた。だが────


 「勝手に終わらせんなよ。こっから面白くなんだからよ。……まぁ世界の命運が懸かってるっていうのに面白いってもの最低な物言いだけどよ……お前に良いもん見せてやるよ」


 第2ラウンドを始めるぞとでも言うように、虎丸は隣に並び立つ犬の頭に掌を優しく乗せた。すると両者を淡い白い光が包み込み、完全に姿がシルエットに化す。そしてそれは溶け合うように一つになる。光が飛散し、シルエットは再び、完全な陰影や質感を取り戻した。


 ザンッ


 背の低い草の生える大地に、鋭い物が突き立つ音が響く。それは新たな戦士の登場を告げるかのようだった。


 「────どうだい、この姿でもまだ情けをかけてくれるのか?」


 地面に突き刺さった一槍、ほこのL字に備えられた穂に片足を上げ乗せ、此方に目を向ける赤き戦士は、声色から先程からいた桃太郎のものであると分かる。しかしその姿、雰囲気はまるで異なるものだった。


 羽織や鎧に多少の変化が見られ、鎧の破損は修復され、更に頭からの流血も無くなっていた。そして目を惹く大きな変化が頭部に。


 後ろで括っていた長い黒髪は解かれ、白銀のものに変貌していた。それは先程隣にいた犬の毛色に酷似していた。少々クリーム色にかかった髪に覆われた頭部に見慣れない、二つの髪束が生えている。まるで犬の耳のようだった。そして此方を見つめる双眸。その瞳は獣のソレであり、アイリスは直感する。


 一人と一匹は文字通り『合体』したのだと。


 「……ふ……ふふっ…」


 手品か魔法か。信じられない出来事を目の当たりにした彼女から自然と笑いが溢れた。


 「随分とキュートなお姿で」

 「サンキューな」


 小馬鹿にしたはずだが、桃太郎は意表を突かれることはなく、軽く拳を作り、まるで招き猫の様な仕草をしてみせ、逆にアイリスを挑発した。


 それは猫の仕草でしょ! と内心で突っ込むアイリスだが、その顔はあくまで平静を保っていた。そして余裕ぶっている相手に対し、フツフツと湧いてくる嫌悪感により再び、時を止めてやると意思を固めたのだった。


 「それが一体────」


 地面を踏みしめるとアイリスは一気に駆け出し、心の中で時を止める『スイッチ』を入れた。


 「───なんだって言うわけ!!」


 木々の揺らぎ、鳥の囀り、風の音、全てが静止する。アイリスの駆け出した際に巻き上げた土埃さえも。彼女のみが行動を許された世界、それは完全なる彼女の『支配』する世界そのものである。


 それは桃太郎でさえ例に漏れない。挑発ポーズでピタリと止まった彼が今は滑稽で仕方がなかった。


 ────死んじゃえ!!


 勝利を確信しアイリスは走りながらマレットを横に構える。


 何がサンキューな、よ! 全く好転することはなかった状況での最後の言葉がそれになるとはね、可哀想!


 心の底から哀れみ、アイリスはマレットを振った。


 「────こういうことさ」


 アイリス以外には音さえも介入することは許されなかった世界に、不可思議な声が響いた。驚いた時に次なる衝撃。


 短い悲鳴をあげ、アイリスは吹き飛ばされた。何が起きたと焦燥する彼女の脇腹に感じる重い痛み、先程自分が立っていた場所を見てみれば、足を振り終えた『桃太郎』が勝ち誇った顔で平然と立っていたのだ。


 「な……そんな……馬鹿な…!!」


 何故……時は止まっているはず……自分以外の全てのものは行動を許されていないはず……それなのに何故……


 「なんでアンタ動けるのよ!!」


 あの男は何事もなかったかの様に再び始動しているではないか。こんなのは不測の事態としか言えなかった。周りを見渡しても時間が動き出している様子はない、桃太郎のみが自由に動いているのだ。


 「まさか……さっきまで固まっていたはずなのに……貴方だけなんで…なの……」


 蹴り飛ばされた箇所が痛むが、今はそんな事は気にならなかった。戦闘能力のみでは桃太郎に軍パイが上がるのは彼女自身がよく分かっていた。自分の持ち味である時止めがなければまともに相手取れないのに、それが攻略されてしまっているこの状況はピンチとしか言えなかった。


 まさか桃太郎も『時』と友達になったとでも言うのかしら……


 それならば動ける理由も納得がいく。アイリスの時を止める能力のカラクリは、これまたヘンテコなのだが、彼女自身が時間自体と友人であるからだ。彼女が帽子屋と三月ウサギ、ヤマネのお茶会に出席した際に、帽子屋が時間と友達だと言うもんだから、それを間に受けて自分も『時間』に話し掛けたところ気が合い、容易に友達になってくれたのだ。気分屋な部分があるから今は時間を止める事ぐらいしか協力してくれないし、一度やるとしばらく休まなくてはならないが、それでも強力な力には変わりなかった。


 まさか桃太郎も既に彼と───


 友好関係にあるなら止まった時間に介入できるのも頷けた。


 「いんや、実は最初から動けた」


 しかしその彼女の予測さえ彼は否定した。


 「そんなわけないじゃない! 止まっていたじゃない、でなければさっきの攻撃を受けた意味が分からないわ!」

 「ちげーよ、俺が言ってんのは、この姿になってからのことだ。この姿になる前までは、お前に翻弄されまくってた」

 「で、でも……あんなアホな姿で固まってたし……」

 「アホとか言うなよ。ありゃお前をからかってやろうと思ったからに決まってんだろ。ま、近寄ってきたから迎撃はさせてもらったけどな」


 アイリスは歯を強く噛み締めた。


 「で、でも時を止めていることに気が付いているからと言って、それに適応できるかは別の話! 何故貴方は───」

 「あ、やっぱこれ時間を止めてんのね」


 動揺から、すっかり自分の能力を告白してしまったとアイリスは口元を押さえた。とんだ失態だと恥じた。


 「まあ、そう悲しそうな顔すんなよ、予想はしてたからさ。けれど、予想が確信になったのはたしかだ。ありがとうよ」


 睨みつけるアイリスに虎丸は続ける。そんな両者の視線が飛び交う中、再び世界は時を刻み始める。ハッと意識を戻した猿は、体勢を低くし虎丸を警戒して見るアイリスと、それを見下している虎丸の様子に、彼が有限実行させたことを悟り、その側に寄った。


 虎丸は猿に軽い笑みを見せた後、アイリスへと続けた。


 「────俺の中でお前が時を止められるってのは攻撃を受けた時点で予測されていた。だからこそ俺は仲間との融合を試みたのさ。元々時間って云う概念は人間独自のモンだからな、それを『止める』って云うのは時間ってもんを認識出来ている存在にしか適応されないと踏んでいた。犬に聞いてみりゃ、確かに時間なんてもんを認識は出来ても、ぶっちゃけよく分からないと言っていた。彼女にも……それに猿にも時止めの影響は出ていたが個体差が生じていた。犬にとっちゃ俺達の行動は至極のんびりに見えるらしいぜ……んで、『今』俺も時間の止まった世界を体験して分かったが、お前の能力は非生物にも適応されるみたいだな。風は止まり、音さえも立ちはしなくなった。だから俺は考えた」


 虎丸はほこを蹴り上げ、空中で回るそれの柄の先を掴むと穂先をアイリスに向けた。


 「時を止められる対象外になってしまえばいいと」


 目の前の男が何を言っているのか分からないと、アイリスは顰める。そんな事が可能なわけがないとそう思った。


 「この世に於いて時の中に生きていない生き物なんていない、そんなのは当たり前だ。けれどよ、この世に『存在するわけがない生物』になったとしたらどうだ? たとえば────ひとつの体に、異なる二つの生物の精神が宿っている生き物が突然生まれたとしたら? そしてその異なる生物は時間を認識出来てはいても、異なる時間の進みの中で生きていた精神だったとしたら? 寄生や共存、感染などとは比にならない程の一体化、それこそ融合と名指すのが相応しいほどの同一化、それ実現したとすれば─────概念からの……ルールから逸脱出来ても可笑しくはないんじゃないか」


 虎丸の言う事が理解出来ないわけではなかった。たしかにこの世に於いて、一つの体に複数の生物の精神が存在している生き物はいない。二重人格などという事例はあれど、あれは脳内からの信号による多数の人格の形成であり、所謂融合とは全く別の事柄である。融合とは即ち『存在としての全ての要素』の一体化だ。そしてそんな事が出来る生き物はいない。水素が酸素と反応しあって水がつくれたり、火に焼かれた物体から煙が生まれたり、二つの要因が混じりあっていちが生まれることはあるが、それらは等しく『生物』ではない。しかし一身二魂いっしんにこんと呼べる今の虎丸はこの世界で唯一無二の存在だ。彼は異なる生物の融合体と云う、世界のとって新たな『可能性ルール』を確立したのだ。


 しかしだからといって────


 「そんなの無茶苦茶だわ! 全ての物は時間の中で生きてる! 存在してる! 時と云うルールや概念から脱線するなんて不可能なはずよ!たとえ元々が異なる時間の進みを経験していた個体だったとしても、生まれ落ちたなら時間のルールに従うはずだわ! 」


 アイリスの主張も尤もである。こうして喋ったり行動出来るのも彼に時間という概念があってこそだと彼女は思うし、万人がそう思うだろう。だが────


 「────馬鹿野郎、概念なんて曖昧な枠組みだったからこそ脱線出来たんだろうが。お前だって時の流れってもんを『全て』理解しているわけじゃないだろ?」

 「それは……」


 その通りだと認めたくはなかった。認めてしまえば自分の心が弱くなる気がしたから。自分の武器だと思っていた『時間』さえ信じられなくなる、そんな気がしたから。


 口をまごつかせるアイリスに虎丸は続けた。


 「だからこそ俺は───俺達はその不確定に挑んだ。そして見事に勝利したのさ。どうだい? これでもまだ俺とヤル気はあるか?」


 ニヒルに笑む虎丸に言いたいこと、反論、反発等はたくさんあった。けれど、どれだけ物言おうと、止まった時の中で動いてみせると云う偉業を成し遂げた男だ。


 どれだけ討論したところで、今目の前で起きている現実が全てだ。言葉をどれだけ並べても無意味である。


 しかしだからといって戦いが終わったわけではない。まだこの命があるならば、戦うだけの意味はある。時止めが打ち破られたからと言って何なのだ。死にたくないならやるしかないだろう。


 「言わなくちゃ分からないかしら? 戦うに決まってんでしょ。能力を破ったからって調子に乗らないで」


 マレットの先を虎丸に向ける。ここからは膂力と技術のぶつかり合いだ。両者は言葉を交わさなくとも自ずと分かり合っていた。虎丸は猿に手を出すなと忠告を促す。そして二人の武器の先がそれぞれに向けられる。誰が言うわけでも、二人は地を蹴り駆け出した。

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