第50話 『少年の悩みと少女の決心』
20190713公開
結局、東の森への第4次突入は行われた。
まあ、理由は幾らでも有るで。
後顧の憂いを断ち切る事で、ド本命の獣災、すなわち北の森から溢れる害獣と災獣対策に全力を注ぐ、が1番の理由やけどな。
そして、北の草原の新種の植物を調べる為にスカー村に滞在していた学者さんは全員が避難した。
今日はスカー村の南に在る農村のハーツ村で休んで、明日から更に南下を続けて、最後はこの島最大の街、コーラルまで行く予定や。
学者さんには、里見狩猟士会会長が作成した『獣災に対する対処方法について』という報告書を、途中の村や町に配る事も頼んである。
残念ながら、全ての村や町で完全に応用出来る訳や無い。なんせ、うっとこの村が異常に高い狩猟士構成比を誇るからな。しかも3等級狩猟士の構成比が高い。
普通は、うっとこの村位の人口やったら4等級狩猟士が数十人も居れば御の字や。
それでも、多少は応用出来る筈やから、獣災に見舞われる可能性の有る村は、溢れる前に削る事くらいはするやろ。それをしない限り、生き残る術が無い事は明記してあるからな。
そうそう、護衛の狩猟士に東の林殲滅戦に参加した3等級狩猟士を1人回したんやで。
やはり実際に参加した人間が居った方が、伝わる事が多いし、より切実感を持って対処して貰えると睨んでの配置や。
まあ、そのせいで、ウチがとんでもない人物像で伝わってしまう可能性も高いんやけどな。
その他、スカー村の北東方向に在るガッツ村方面には、軽装甲レックス2頭に襲われた行商人さんに報告書を託した。
ガッツ村は町になる寸前まで発達してるから、人口は軽く1000人を超えてる。
それに、北の森の東の端とそれなりに近い場所に在るから、狩猟士も結構の数が住んでる。
頑張って、削って欲しいもんや。
「ミキおねえちゃん、できたよ」
そう言って、幸子ちゃんが、自分で捏ねたクッキーの生地を見せて来た。
ぱっと見た感じ、頭から尻尾の先まで水平に伸びた2足歩行のフォルムは、地球で一番有名な肉食恐竜ティラノザウルスに似てる。違いは前肢が大きい事や。前肢で掴んだ獲物を口に運べるくらいには発達してるからな。
当然やけど、この星ではティラノザウルスは今も昔も居らんし、知られてない。
答えは違う筈や。
前回の失敗を思い出して、些細なヒントも見逃さんように眺め回す。
お、これがヒントやな。
「うん、軽装甲レックスやな。上手に出来たな」
「えへへへ」
今日は1発で当てれたで。
ヒントは背中に在る引っ掻き傷や。多分、甲羅状の装甲を表していると睨んだけど、正解やった様や。
「お姉ちゃんが見た軽装甲レックスそっくりやから一発で分かったで」
「やったあ」
両手を上げて喜ぶサッちゃんが可愛いで。
そして、一緒に喜んでる愛子ちゃんも可愛いな。
アイちゃんは前回と同じくウサギさんクッキーを作っていた。
うん、ほのぼの、ほのぼの。
「なあ、なあ、その時の話を聞かせてよ」
ウチの答えに反応したのがもう1人居った。
金髪碧眼の天使の様な外見をした男の子、アロルドやった。
ウチの3つ下で、5年前に母子2人でスカー村に移住して来たけど、3年前に母親に病気で先立たれたせいで孤児になってしまった子や。
残念ながら日系人の血が入ってないせいで狩猟士になっても、大成しない事は本人も分かってる。
日系人の血が入ってないという事は、ウィンチェスターライフルは召喚出来ても、ハチキュウを召喚出来んという事や。いざという時に身を守る術にはなるけど、両者では火力に差が有り過ぎて狩猟士になっても苦労するのが明らかや。
その辺は孤児院の先輩のダリオを見てるから理解してる。
その為、村の中の仕事に就こうと勉強に力を入れてる賢い子や。
もっとも、魔法や狩猟にめっちゃくちゃ興味を持ってるのは、その反動かもしれんな。
「そうやなあ、今日は特別や。なんでも訊いてみ」
「やっぱり強かった? めっちゃ皮が硬いって聞いたけど」
「ああ、硬かったで。並みのハチキュウでは歯が立たんかったやろな」
「ええ!? なんでそれで狩れたの?」
「それはウチが美少女やからや」
「あー、それは違うんじゃないかな? だって、軽装甲レックスは人間が大好物って聞いたよ。ミキネェを食べようとする軽装甲レックスには顔の違いなんて関係無いじゃん」
あかん、素で返された。
HPの半分くらいをえぐり取られた気分や。
子供って冷酷になる時が有るから侮れん。
「まあ、冗談はさておき、真面目に答えると、普通ならよっぽどの幸運に恵まれんと軽装甲レックスを狩るのは大変や。ハチキュウで撃っても、ほとんど弾かれるからな。でも、弾丸の速さを上げると、結果が変わって来るんや」
「えーと、どういうこと?」
「例えば、ルドが歩いてる時に塀にぶつかったとしよう」
「おれ、そんな失敗しない」
「まあまあ、あくまでも例えやで。その時の痛さと、走ってぶつかった時の痛さは一緒やと思うか?」
「そりゃあ、走ってる時にぶつかった方が痛いと思う」
「そう、速い方が痛いわな。それってなんでか分かるか?」
「うーん、なんでやろ」
「運動エネルギーってヤツが違うんや。歩いている時は1秒間に1㍍かそこらしか動いてないけど、走っていたら1秒間に3㍍とか5㍍とかは動くやろ? 3㍍動いてたら1㍍動いていた時の9倍の運動エネルギーを持ってるって事になるんや。3倍速いと9倍のエネルギーという事はどういう事か分かるか?」
「3掛ける3?」
「そう、正解や。運動エネルギーは、重さ掛ける速さの2乗掛ける1/2で計算出来るんや。だから、魔法の弾の速さを上げれば、威力が増えるって寸法や」
「だったら、おれも速い弾を撃てればハンターになれるの?」
そう訊いて来たアロルドの表情は真剣だった。
諦めていた狩猟士への道が見えた気がするんやろう。
だが、現実は厳しい。
「止めといた方がええと思うで。ウィンチェスターライフルの運動エネルギーを900としたらハチキュウは1700や。1.4倍の速度で撃てればハチキュウを超えれるけど、その分、反動が大きくなるし、どっちにしろ連射が出来へん。接近して急所を1発で撃ち抜けばええって話になるけど、最初から不利な条件で命懸けの仕事に就くのは、真面目で賢いルドには勿体無い気がするな。まあ、もちろん、最後に決めるのはルドの権利やけどな」
「そっか」
そう言ったアロルドは一瞬俯いた後、顔を上げてウチの目を見て来た。
「ただ、ウチの期待を言えば、ルドには防具に関わって欲しいな」
「え、なんで?」
「ほら、防具屋のラウロの爺さんもええ年やろ? そろそろ跡継ぎを育てておいて欲しいんや」
まあ、勝手なお世話なんやけど。
でも、ラウロの爺さんがガッツ村に居る息子夫婦から一緒に住まんか? と誘われてると寺田さんから聞いたからな。奥さんが乗り気らしい。だから後継者の育成は急務や。
「それに、軽装甲レックスの皮を防具に使う技術を開発出来たら凄いと思わんか? 誰もした事ないんちゃうかな? まあ、無理やと思うけどな」
アロルドはウチの言葉に考え込んだ。
その後ろを、サッちゃんとアイちゃんが走り過ぎて行った。
香織にオーブンで焼いて貰いに行ったのだろう。
ああ、なんと言うか、この子たちの将来が、あと1か月もしない内に絶たれるかもしれないなんて、認めたくないなあ・・・
ウチに使えるモンは全部使うしかないなあ。
これからは出し惜しみは無しや。
50話までお読み頂き、誠に有り難う御座います。
50話まで読み進めた記念に、ブックマーク・感想・評価をするのは如何でしょうか?
まあ、反応が無いとは思いますが、これまでも5話ごとに書いて来たんで様式美として一応書いておきます(^^)
それと、ダメ元というか、運試しを兼ねて第1回アース・スターノベル大賞に応募します(^^)




