第42話 『休みの日のリア充爆発しろ』
20190611公開
目を閉じているにもかかわらず、視界が明るくなった。
きっと、香織が窓を開けたんやな。
そんなことをぼんやりとした頭で考える。
「美希、起きた? 起きたなら、ほら、早く顔を洗いに行って」
前から思ってたけど、香織の声っていうのは、きっと半分くらいは癒し効果をもたらす成分で出来てるんとちゃうんかな?
癒し成分が多いんやから、眠くなっても仕方ない・・・
「あとごふんだけねむらせてや・・・」
「後片付けも有るから、早く朝ごはんを食べて。さあ、起きた、起きた」
忘れてた。香織本人の成分の半分近くが、おかん成分やったわ・・・
「うぅぅぅぅ、分かった、起きる。起きるから、布団剥がさんといてや」
春めいて来たとは言え、まだまだ布団が恋しい季節や。
布団を剥がされたら、もう甘美な『眠りの世界』に戻れん。
愛しの眠りの世界さん、今晩こそは早めに遊びに行くからな。その節はいつも以上にウチを歓迎してや。
「ふぁぁぁぁ・・・ あー眠い」
「昨日も帰りが遅かったからね。まあ、今日は休みだから、朝食を食べてからゆっくりと休んだら?」
昨日の晩も、何故かウチは狩猟士会上層部の会議に参加させられた。
深夜まで続けられた会議のおかげで、ウチは寝不足や。
『夜更かしは肌荒れの原因になるんでパス』と言ったのに・・・
「うん、そうするで。あ、でも、カツに会いに行きたいな」
「あ、それなら私も一緒に行くよ。だから、とっと朝ごはんを食べて来て」
「うん、了解」
ウチが保護した仔イベリコのカツは、特例として養豚所で飼ってもらってる。
普通のイベリコと違って、かなり人懐こいから、その資質が子供に受け継がれる様なら、そのまま種馬ならぬ種豚として死ぬまで飼育してもらえるかもしれん。
まあ、肉質にも依るやろうけどな。
食堂には誰も居てなかった。
どうやら、他のみんなは先に朝食を済ませたみたいや。布が被せられた皿が1枚だけテーブルの上に残されていた。
多分、みんなは礼拝堂やな。
休みの日の朝食後は、ゴンザレス教士の説法を聞くのが習慣やからな。
その後は、孤児院の子供向けの説法が終わるくらいから村のプラント教の信者がポツポツと集まって来るから、その受け入れ準備や。
ウチ? ウチと香織は免除や。
一応、孤児院を卒院した事になってるからな。
布をめくると、パンとオニオンスープもどきと茹で卵が皿に載ってた。
偶に無性に日本で食べていた朝食を食べたくなる事が有る。
不治の病で入院する前の数年間は、福神漬けを乗せたお茶漬けに1センチ幅に切った焼き豚を足す朝食がウチの定番やった。近所のスーパーで美味しい焼き豚を発見してから、その組み合わせになったんや。
一応、こっちの世界にも焼き豚は有るけど、残念ながら味は今一や。
なんせ、美味しいまともな醤油の再現に失敗してるからな。
大豆と小麦は星系間移民船が持って来ていたけど、醤油を作るのに適した麹菌を積んでなかったんや。
始祖たちは、この星の土着の菌を色々試したみたいやけど、残念ながら最適な菌は発見出来んかった。
最終的には、こっちの植物から作られる醤油の味に近い液体調味料で妥協せざるを得んかった。
どれくらい違うかと言えば、コーヒーと代用コーヒーくらい違う。ウチは日本に居た頃はかなりのコーヒー党やったけど、妊娠中は避けなあかん。その時に愛飲したんが大豆コーヒーや。
正直なところ味は全然違うけど、それでも多少はストレスが和らいだから助かったで。
多分、始祖のみんなもそんな気持ちやったんやろな。
まあ、そんな歴史背景も有って、美味しい焼き豚なんて夢のまた夢や。
養豚所はスカー村から南側に少し行った草原に造られてる。
歩いて10分ほどの距離や。
何故、南側に造られているかと言えば、害獣対策と気候の問題や。少しでも害獣から遠ざける為と、風に乗って臭いが村に来ない様にする為と聞いたことが有る。
なんせスカー村は北風が吹く事が多い。感覚的には1年を通して4/5くらいの日が北風とちゃうか?
間違っても北側に養豚所を作った日には、苦情が出るのは確実や。
こればっかりは日本同様、迷惑施設の宿命やろ。
カツはウチの姿を見ると、チョコチョコとしか言えん足取りで近寄って来た。
愛いヤツじゃのう。
褒美に、思う存分撫で繰りまわしてやろうじゃないか。
あ、一応、言っておくけど、モフモフしたい訳や無いで。
モフろうにも、毛が硬いからな。残念ながらモフモフ極楽体験は出来ん。この星はモフリストには厳しい世界や。
お、なんか知らんけど、カツの後ろから同じくらいの大きさの仔イベリコが付いて来た。
なんとなくやけど、メスの仔イベリコに見える。
もしかして仲良しさんか?
それか、小指さんか? リア充爆発しろと思ってもかまへんのと違うか?
取り敢えず、キッコと呼ぶ事にしとく。オスかもしれんけど、君の名は、キッコに決まりや。
もう1頭、仲良しさんが出来たらレツと名付けることにしよう。
ウチも香織も十分に満足した頃にはお昼時になったので、スカー村に戻る事にした。
スカー村への道を歩いていると、後ろから『益獣』に曳かれた馬車がやって来た。いつもは2台くらいなのに、今日は4台もやって来た。
益獣の体高が2㍍を軽く超えているから、きっとヘキサランド原産の純粋種やな。
という事は、あしながさんとこの船が着いたんや。
これで、獣災本番に向けた準備が始められる。
スカー村が生き残れる確率が少しは上がる筈や。
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