第39話 『そんなに褒めても、何も出ませんよ』
20190523公開
東の林から帰って来たウチらを、スカー村の住民は熱狂的な歓迎で迎えてくれた。
獣災の前段階が現在進行形で進みつつある林に突入して全員が無事に帰って来たんやから、当然と言えば当然やけどな。
後で聞いたら、ウチらが昼休憩をしている最中に第一報が来てたらしい。
その時に猟果も伝わったらしくて、村中が盛り上がったそうや。
きっと、狩猟士会が工作をしたんとちゃうか?
獣災に関する噂が飛び交って不安が村を覆う中、狩猟士会主導の作戦で、初手から大戦果を上げた、という情報は使い道が多いからな。
その工作の一環で、ウチ個人が風評被害でえらい目に遭ったけどな。
ほんと、大人はキタナイで。
もっとも、スカー村全体として見た場合、1日で上げた戦果としては実はとんでもない猟果では無かったりする。100人を超える現役狩猟士を誇るスカー村では、日常的に3つの狩場で毎日の様に100頭以上の害獣を狩ってるからな。せいぜい当社比2倍強の猟果というところや。
けど、いつも東の林を狩場にしている経験の浅い狩猟士が、何も知らずにノコノコと狩りに行ってたら、今日一日で全滅していたのは間違いないやろうな。
「それで、今日だけでどれだけ削れたと考える?」
狩猟士会館2階の会議室内に里見狩猟士会会長の声が響いた。
明日以降の対応をどうするのか? を決める重要な会議が行われている最中や。
狩猟士会会長以下、隊列リーダーの4人が参加するのは分かる。
でも、全く理解に苦しむけど、ヒヨコハンターのウチも何故か参加してる。
予定では孤児院で香織成分を補給し終って、今頃、フィレ肉のステーキを頬張ってる筈なんや。オッサンばかりの会議に紛れ込むなんて、なんかとんでもない間違いが起こってるとしか思えんで。
「そうだのう、希望的観測で1/5、実際は1/7から1/8、最悪で1/10と言ったところかのう」
「そうですね、そんなところでしょう」
川崎さんの答えに寺田さんも同意した。
「今日狩った害獣にしろ、災獣にしろ、成獣ばかりじゃったからの。幼獣は中心部辺りに居る可能性が高いと思わざるを得んな」
「となると、メスの害獣もその辺りに居るという訳ですか?」
「そうじゃ。子育て中のメスを相手にするという一番厄介なところは手つかずという事じゃ。更に問題は意外と時間が無いという事じゃ。外縁部にしては密度が濃過ぎだと思うぞ。溢れるのも時間の問題じゃ」
川崎さんの言葉はオジサン全員の首肯を齎した。
「それで、明日はどうする?」
狩猟士会会長がウチの顔を見ながら訊いて来た。
明日はゆっくりと寝坊したいな。春眠暁を覚えず、と言うやろ?
なんやったら、寝る子は育つ、も追加しよか?
「明日は南側を攻めましょう。やり方は今日と一緒で良いでしょう」
「ほう、理由は?」
「昼休憩の時にずっとヤツラの動きを見張っていましたが、幾つか分かった事が有ります。ヤツラは今、飢餓状態手前です。そんな状況で、同族とは言え200頭を超えるホカホカの食糧が発生した訳です。どうなると思いますか?」
「共食いか?!」
「ええ。実際、最後に林に近付いた時に、視認しましたが一部では早くも発生していました。と言う事で、違う場所を攻めれば、その間に死体の片付けもしてくれる可能性が有りますし。まあ、災獣の死体も混じっているので、どこまで期待通りに行くかは分かりませんけどね」
日本では負のスパイラルと言う言葉が有る。
簡単に言うと、悪い方に悪い方に連鎖的に状況が転がり落ちて行く、という状態や。
今回の獣災も気付かずに居たらそうなる可能性が高かった。
でも、林から溢れる前に初撃を入れた事で、もしかすれば上手く転がってくれる可能性が出て来た。
例えば、有り得へんけど一撃で東の林に居る害獣と災獣を殺し尽くしたとしようか。
誰が、その死体を埋葬するんや?
それこそ無数の死体や。とてもではないけど、全てを埋葬するのは無理や。
共食いが発生するなら、手を出さない方がええ。しっかりと共食いをして貰って、糞として排泄して貰った方が手間が掛からんのと違うか? 腐乱死体と糞、どっちが疫病の発生に繋がり易いかは明らかやからな。
そうやな、消化する為に、2、3日の猶予を与えたら、十分と違うかな?
それと、共食いが齎すメリットは獣災そのものの発生確率を下げるという効果も有る。
生息数が減った上に、更に腹を空かせた害獣の数も減るんやからな。
その辺りを説明したら、川崎さんが思わずという感じで呟いた。
「嬢ちゃんが悪魔に見えて来た・・・」
「そんなに褒めても、何も出ませんよ」
会議の結論は、明日は南側を攻めるというものに落ち着いた。
お読み頂き、誠に有り難うございます。




