第33話 『出征』
20190415公開
「ミキ、今更無茶をしないでとは言わないけど、必ず帰って来てね」
香織がそう言って、ウチを抱き締めた。
ウチより背が高いせいも有って、すっぽりと包みこまれた。
香織の優しい匂いがウチの鼻孔を満たす。
身長だけでなく、シリコン並みの衝撃吸収材で作成された母性の象徴たる装甲も大きいのが、ちょっとだけ口惜しいんやけど、まあ、それは置いといて。
「香織、ウチが帰って来たら結婚しよか?」
口元が埋まってるんで、モゴモゴとした感じになったけど、冗談を言うと、優しく頭を撫でられた。
え、まさか、OKなん? 冗談やで? 真に受けんといてや?
「もう! こんな時にも冗談が言えるんやから、やっぱりミキは大物だね。プロポーズはともかく、帰って来たらフィレ肉のステーキを焼いて上げる」
よっしゃ!
こりゃあ、ちゃんと帰ってこんとあかんな。
ウチ、この戦いから帰って来たら、フィレ肉のステーキを食べるねん・・・
あ、やってもた・・・
これは『フラグを立てた』ってヤツか?
あ、それ以前に『帰って来たら結婚しよか?』なんて言ってるやん。
ヤバいで・・・
こうなったら、力ずくでフラグをへし折るしかあらへんな。
でもまあ、どう考えても今日は相当激しい戦いになるやろ。
ウチもさすがにちょっとだけ特別な朝を過ごしたんやで。
早めに起きて、早朝からお風呂に入って、先日の禁猟期間中に買ったおニューの勝負下着に着替えて、香織に髪の毛を櫛で梳いて貰って、勝負下着と一緒に買ったピンクのヘアーバンドでポニーテールに結わいて貰って、炭水化物を摂る為にパンを多めに食べて、これまた禁猟期間中に作っといた塩飴と砂糖飴を多目にバックパックに放り込んで、孤児院のみんなと一緒に東門に来て、今香織に抱き締められてる最中や。
な、特別な朝やろ?
それにほんの少し気合を入れざるを得ん事情も昨日の晩に発覚したしな。
さあ寝ようか、という時やった。
ホーム画面が立ち上がって、誰かからの着信アイコンが表示された。
珍しいな、星系間移民船からや。応答をタップして、頭の中での会話を始める。
『無事の御帰還をお祈りします』
『なかなかユーモアセンス有るやん。神様が自分自身にお祈りしても御利益って有るん?』
『鰯の頭も信心から、と言いますから』
『その例えが合ってるんか外れてるんか、今一分からんで。それもユーモアか?』
『どうでしょうか。お伝えすべき事が2点有りますので御電話致しました。1点目は貴女の制限を1段階引き上げます。具体的にはipSEad級からipXS級に変更となります。それに伴い、ピコマシンの容量使用規制も512GBまで使用可能となります』
『ipXS級って具体的にはどれだけ化け物になるん?』
ipSEad級でも、周りと比べたら大概の怪物や。
筋力体力は変わらんけど、魔法を使う際の制約となる演算能力が飛び抜けてるからな。
ハチキュウの高速モード弾を例にとると分かり易い。
先輩の狩猟士はほとんどip5s級やけど、2倍の運動エネルギーを齎す1.4倍の初速で連射を撃とうとすると、どうしても連射の速度が3分の1に落ちてしまう。
まあ、スマホで動画を見ようとする時に、性能が低いモデルやと演算が間に合わんとクルクルマークが出る感じやな。
でも、ウチの場合、初速を2倍にしてもいつもと同じ連射が可能や。
通常のハチキュウの4倍の運動エネルギーを持つ弾丸、言い換えるとみんなが切り札にする高速モード弾の2倍の運動エネルギーを持つ射撃を全くの制限を受けずにいつもと同じ速度で撃てる訳や。
チーター以外の何者でも無いわな。
それやのに更にipクラスを引き上げるなんて、むしろ恐れられる未来しか視えんで。
それにピコマシン容量512GBって、周りの何倍になるんか考えたくも無いな。
『詳しくは睡眠中に学習して頂きます。お伝えしたい第2点目は新たな転生者の確定が完了致しました。アラベラ・伊藤4等教士が身籠っている胎児が3人目の転生者です』
思わず脳内を『な、なんだってー!!』のアスキーアートが過った。
いや、さすがにそれは想定外過ぎるで。
『マジで?』
『はい。御1人目の転生者及び御2人目の転生者、貴女の事ですが、その時と同じ時空の歪みの波長が今回も観測されました。受胎の時期、及びその後の追跡測定の結果、確定に至りました。これは先のお2人よりも早い確定です』
『偶然やろか? それともなんかの理由が有るんやろか?』
『御応えしかねます。未だに転生者が発生する原因が判明しておりませんので』
『そうやな、ウチよりは兆か京か分からんくらい賢いあんたにも分からんのやから、無意味な質問やったな」
『過分な評価を有り難う御座います』
『これは明日の戦いにますます負けられん理由が出来たな』
『御健闘をお祈り致します』
『祈りが神様に届く事を切に願うで。じゃあ、またな』
『はい、良い眠りを』
転生者が無事に生まれる環境を守る事までやらなあかん様になってしもたで。
まあ、香織や孤児院の子供たちや、この村で知り合ったみんなを守る事に、ほんのちょっとだけ背負うモンが上乗せされたと思えばええんやけどな。
お読み頂き、誠に有り難うございます。
8日間連続で更新なんて、有り得ない出来事です。
だからきっと、妖精さんがmrtkの代わりに書いてくれていたんです、多分(--)




