第29話 『MIL-STD-810準拠品』
20190411公開
「東の林でも森林重レックスを数頭確認出来た。調査した面積と林の規模から考えると、20頭を超える、いや、下手すれば30頭を超える災獣が居ると推測される」
まあ、林と言われる事からも分かる通り、東の林は規模もそれほど大きくは無く、それに人間の手が入っている。
この村を立ち上げた時の材木なんかもあそこから伐採されたからな。
その後も、材木の供給源、非常時の食糧庫、手軽な狩場として手を加え続けられて来たから、割と安全度が高かったんや。
さて、ここで簡単に30頭の災獣が如何に厄介かを考えてみよか。
前に狩猟士4人VS害獣4頭で計算した事が有るけど、結果として害獣4頭を全て仕留めた後に残るハンターの人数が計算上で3.4人から3.5人になった。
そこで、今度は狩猟士30人VS災獣30頭に置き換えてみよか。
問題は、あの時に使った法則が使えんという事や。元々は同等の能力同士用やからな。
むしろ、戦闘機で使うキルレシオ(撃墜対被撃墜比率)の方がしっくりと来る。
害獣の時は接近戦にもつれ込んだら同等の戦力と評価したけど、災獣相手の場合はキルレシオは良くても1:8、下手すれば1:10になるんとちゃうかな? 軽装甲レックスなら1:30にまで開く気もするけどな。狩猟士が接近戦で使う89式多用途銃剣や刃渡り30㌢くらいの狩猟用剣鉈では傷を付けれても致命傷を与える事は簡単やない。
ましてや軽装甲レックスの装甲皮には完全に通用せんから目を狙うしかないもんな。
中長距離でも災獣相手なら1:5から1:6という所やろ。5人から6人の狩猟士で1頭の災獣を相手にする感じや。
恐ろしい事に軽装甲レックスはこれも甘めに見ても1:20くらいと考えられる。
現に、7チーム掛かりで2頭の軽装甲レックスを突撃させんようにする事しか出来んかったからな。
30人の狩猟士が中長距離で相手に出来る災獣は5頭(軽装1.5頭)。
5頭(1.5頭)を殺した頃には残りの25頭(28.5頭)が突っ込んで来ている可能性が高い。
どう考えても全滅やな。
それを分かっているから、ウチが次から次へと災獣を狩った事にみんなが驚くんや。
「北の森はもっと深刻だ。先日も2頭出現した軽装甲レックスが混じっている。森林重レックスとの比率で言えば5:1という所だが、少数とは言え、その厄介さについては言うまでも無いだろう」
里見会長が木のコップに手を伸ばした。そりゃあ喉も乾くで。相手にする人数も多いし、内容も大概な内容やからな。
初めてここで集まった狩猟士間で私語が囁かれた。
チラチラとこっちを見る目が有ったんやけど、なんでや?
そのほとんどが、例の軽装甲レックス2頭討伐の時に顔見知りになった中堅の狩猟士だったんで右手でVサインを送っておいたで。
あ、そこ、苦笑しながら首を振らんといてや。
なんか、ウチが痛い子みたいな気になるやんか。
「しかも、知っての通り、北の森はどこまで広がっているか不明だ。言い換えれば、どれだけの害獣が居て、どれだけの災獣が居るのか、それさえも分からんという事だ」
これこそが最大の問題や。
東の林に関しては予想が出来た。範囲を把握しているからや。
だが、北の森に関しては、どれだけ広がっているかさえ不明なのだ。
しかも、今の話には出て来なかったけど、11年前に現れた『角付き』と、森の中で痕跡だけは見付かっている未確認の超災獣級も出て来る可能性が高い。
軽装甲レックスも大概やけど、コイツらを相手にするのは余程の数を揃えんと自殺行為や。
「村の富田代表とも話し合ったが、他の村にも状況を知らせると共に、他の地域でも災獣の兆候が無いかを調べて貰う事にした」
まあ、当然やな。
ヘキサランドの時も、ディグラリス島の時も、島の全域で一斉に異常繁殖が発生していた。
この村の周辺だけで済めばええけど(本当は良くないんやけど)、多分、一斉に獣災が起こる。
「その調査の結果次第だが、可能であれば住民だけでも避難をさせたい」
難しいやろな。
どの村も自分ところで手一杯になるやろ。
まあ、何かの加減で異常繁殖が起こっていないところが在れば、そこに避難させてもいいけどな。
その場合でも食料を多目に献上する必要が有るやろうな。
でもな、下手な村で立て籠もるより、この村で立て籠もった方がマシだったりする。
この村は狩猟士が立ち上げたという由来から、防壁が他よりも立派や。
他のたいていの村の防壁は、メインが害獣対策で一応災獣まで対応出来る防壁と言えるのに対して、この村は最初から対災獣相当やからな。獣珠の産地という財政上の有利も有って、税金の1部を使ってわざわざ硬化レンガを輸入したくらいや。
例えるなら、生活防水対応品とMIL-STD-810準拠品との違いといった感じや。
え、MIL-STD-810準拠品が分からん? スマホのケースなんかでいかに頑丈かを謳うのに『アメリカ国防総省制定MIL規格に準拠の堅牢性』とか書いてるゴツいケースが有るやろ?
軍隊が使っても大丈夫という頑丈さのお墨付きみたいなもんや。それくらいの差が有ると思ってたらええ。
そう考えると、北の森から湧き出て来た害獣と災獣の群れにこの村を抜かれたら、この島で最大かつ最重要な港町サンタフェまで一気に蹂躙される可能性も大いにある。
途中に在る幾つかの村では喰い止められんやろう。
うん、少し前までなら、この島の人類は詰んだな。
お読み頂き、誠に有り難うございます。




