第23話 『予感』
20190326公開
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儂の長い狩猟士生活には、嬉しかった事、辛かった事、苦しかった事、本当に色々な事が有った。
そして、様々な事も経験した。
その中でも、あの、初めて請け負った軽装甲レックス駆除の一件は未だに色褪せる事無く思い出せる。
いや、忘れようとしても脳裏に刻まれている為に忘れる事なぞ出来ん。
ハチキュウを無力と思ったのはあの時が初めてだった。
弾が当たっても、ヤツの身体で火花が散って、ことごとく弾かれる信じられない光景・・・
ヤツの体中を縫う様に走る15本の火花・・・
3チーム15人のハチキュウは、ただ、ただ、ヤツの身体を火花で飾る道具と化していた。
ああ、弾を弾く金属音がやけにうるさかったな・・・
信じられん光景を目の前にして思わず漏れた『有り得ん』という言葉は誰が言ったんだったか・・・
入念な陣地造りと、場所を練りに練って設置した罠に嵌める事で作り出した均衡は数秒で崩れた。
ヤツを喰い止めていた太い綱で作った罠は杭ごと引っこ抜かれ、一瞬で陣地まで迫られた。
あの瞬間、死を覚悟しなかった者は居なかった。
いや、少し違うか?
死を覚悟するよりも先に、目の前の光景を受け入れたく無かった、という方が正しいか?
受け入れてしまったら、ハチキュウでは軽装甲レックスを狩れん、となってしまうからだ。
誰の弾が当たったのかは意見の一致を見る事は無かったが、それでも奇跡は起きた。
ヤツの右前眼と右側眼がほぼ同時に被弾するという、奇跡が起きた。
そのせいで距離感が狂ったヤツが放った最初の一撃は、鋭い爪で身体を貫かれる事無く数名を弾き飛ばして更に吹き飛んだ場所に居た数名を巻き込んだものの、骨折と打撲だけで済むものに収まった。
続いて放たれた左腕の薙ぎ払いと、逃げ際の尻尾での薙ぎ払いも、同様の被害しか発生しなかった。
もし、少しでも命中が遅れていたら、あそこまで接近を許した儂ら全員の命が無かった事は確実だった。
「もう1頭がこっちに向かってます! ウチがなんとかしますので、誘い込んだ方は任せます!」
テラダを追い掛けて来た軽装甲レックスに射撃を始める寸前に聞こえた声に恐怖を示す成分は欠片も無かった。
ただの業務連絡・・・
今日は昼から雨が降りそうなので早目に獲物を見付けようぜ!、と云う言葉並みに気負いも恐怖も感じさせない声・・・
そのせいだろう、応えた儂も平常通りに言葉が出ていた。
「任せた、お嬢ちゃん!」
いつもの発砲音よりも高音で放たれるハチキュウの高速モード弾は、確実に軽装レックスにダメージを与えた。
角度の問題で弾かれる弾も多かったが、それでも深い角度で当たった弾は軽装甲レックスの装甲にヒビを入れて行く。
撃ち始めてほんの1秒で、狩れる、と自信が湧くのが分かった。
10発を少し超えた弾を撃った頃には、軽装甲レックスは動かなくなっていた。
7人から集中的に狙われた顔面は原型を留めていない。
これは、高度差が有る事で、撃ち下ろしの形になったおかげも有るだろうが、確実に高速モード弾のおかげだ。
ここまで威力が増えるのならば、最初から使えれば、あの時も楽だったのにと、今となっては詮も無い考えさえも浮かぶ程だった。
ホッとする間も無く、後ろから聞える異常な音が耳に付いた。
ほんの1秒程で鳴りやんだが、剣と剣を打合せた時の様な金属音が途切れなく連続して鳴っているかの様だった。
儂らが撃っていた高速モード弾とは明らかに違うと分かる音だった。
初めての軽装甲レックスとの一戦の時に記憶に残った音はハチキュウの弾が弾かれる音だったが、今日の一戦で記憶に残るのは、きっとお嬢ちゃんが放っていたハチキュウの発砲音だろう。
ああ、なるほど。そういう事か・・・
少し前から感じていた違和感が消えて行く・・・
そして、何故か、脈絡も無く、1つの言葉が頭に浮かんだ。
儂らテラ族の始まりの地、ヘキサランドを襲った災厄が起こるのだろう。
ディグラリス島で起こった災厄が起こるのだろう。
『大獣災』と呼ばれる様な、大規模な害獣と災獣の同時異常繁殖がこの地でも起こるのだな?
そして、もう1つ、言葉が頭に浮かんだ。
そうか・・・
儂らは『英雄』と呼ばれる存在の誕生を見る事になるのだろう・・・
儂の長い狩猟士生活には、嬉しかった事、辛かった事、苦しかった事、本当に色々な事が有った。
そして、様々な事も経験した。
それなのに、この歳になってから『物語』の様な経験を出来るかもしれんなんて、長生きはするもんだ。
願わくば、『悲劇の物語』で無い事を心から祈る・・・
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お読み頂き、誠に有り難うございます。




