勘違い
「まったく、なんでこんなこと!」
苛立った男性の掠れた怒鳴り声に意識を戻すと、そこは見知らぬ部屋だった。決して狭くはなく物も置いていないこの空間がやけに圧迫されたように感じるのは、窓が無いということと、この場所の人口密度が高いせいだろう。
恐らく私は拉致とか略取とかの被害者にでもなったのだと思うのだけれど、昔から怖いと思っていた状況にいざ陥ってみると、案外冷静でいられる自分に驚いた。でもまあ、想像が高まり過ぎると、現実というのは霞んで見えるからね。前に初めてウニを食べた時は、期待を裏切られた気分だったよ。
とまあ、昔の苦い思い出話は置いといて、私が気になるのは同じ被害者であろう彼等が今話していることについてだ。途中からしか聞けていないけど、なにやら「生き残り」だったり、「話し合い」だったり、「投票」だったりという言葉が耳に入ってくる。映画やドラマの中にでも入ってしまったのだろうか。嫌な予感しかしない。
誰でもそうなのだろうけど、嫌な予感というのは本当によく的中するものだ。私もこの時ばかりは自分からして嫌なこと専門の預言者にでもなろうかと思ったよ。
あれからしばらくすると、覆面を被り、スーツを着た、如何にも怪しいですと言わんばかりの男が部屋に入ってきて、私の足元にナイフを投げ捨て帰っていった。そして、それを男性が拾い上げ、「話し合い」が始まった。勿論、この状況で話し合うことといえば、誰を犠牲にするかについてだ。
私は戸惑いつつも、最初は話し合いに参加してみようとした。当たり障りの無い事を言って適当な他人を庇い、自分の好感度を上げることは、この状況にとって生き残ることに少しでも繋がると思ったからね。
そんな考えとは裏腹に、私は好感度を上げるどころか話し合いに参加することすら出来なかった。何を言っても誰も返答をくれないのだ。この後に及んでやめてほしい。
幸いなことに私は犠牲の候補にすら挙げられなかったけど、流石にここまでくると存在自体を否定されているようで悲しさすら覚えた。でもまあ、結果からすれば悪くないと思うよ。
目の前で何人もの人が死んだ。意地が悪そうな壮年の男性から、私より少し年上の金髪大学生まで、犠牲者の容姿や性格はバラバラだったけど、その誰もが絶望の色を浮かべ最期を遂げていった。最初のうちは目の前で命が絶たれることの恐怖に耐えられそうもなく、こんなことなら一層の事早いうちに死んでしまった方が楽なんじゃないかと考えた。こういう時はだいたい家族や友達の事を想ってどうにかしてここから出ようと心に誓うものなのかもしれないが、生憎私は、家族は崩壊しかけているし、友達なんて呼べる人は、高校に入ってからできていない。思えば、本当につまらない人生だった。ただ、死のうと思っても、あと一歩を踏み出すことはできなかった。私みたいな臆病な性格は、人生から逃げるのにもかかわらず、その反対側にある死という選択肢に辿り着く勇気なんてあるはずがないのだ。だから結局、ただただ死にたくないという理由だけで生き続けることを望む。笑っちゃうでしょ。
「世界というのは、自分の人生の為に存在している」という考え方を聞くと自分の人生の虚無を疑うけれど、その虚無感さえも意図して作られたものだとしたら、もしかすると間違いではないのかもしれない。そう思う頃にはこの部屋に私を含めて3人だけになっていた。この空間からの解放が確かに近づいてきていることを感じ胸が高鳴るのとは反対に、疲労は限界を迎えつつあり、私はいつのまにか眠ってしまっていた。夢は見なかったから、相当深い眠りだったのだろう。
私が目を覚ましたのは、男性の力の抜けた声を聞いた時だった。何と言ったのかはわからなかったけど、まったく、怒鳴り声の件といい、男性の変な声が目覚ましなんて、勘弁してほしい。
そんなことを考えているうちに、また一つ解放へと近づいた。これで残り二人。ここまできたら絶対に外に出たい。私は強く願った。
すると、私の願いが届いたのか、覆面の男が部屋に入ってきて言った。
「おめでとうございます。ルール通り解放です。」
思わず涙が出そうになった。「生き残り」という言葉を聞いて勝手に一人だけが解放だと勘違いしていたが、どうやらそうではなかったらしい。安堵のあまり暫くそこから動くことができなかった。そして、改めて実感した。私は生き残り、晴れて解放されるのだ、と。
こんにちは。主人公の高校生が起こしてしまった勘違いがなんだったのか明らかになりましたね。解放のルールを勘違いしていた…ではありません。
このタイトルには二つの意味を込めました。一つ目は、解放のルールを勘違いしていた主人公の高校生と、そこでタイトル回収が行われたという考えに至った読者様に対して向けた勘違いです。では何が勘違いなのか。それがもう一つの意味に繋がります。何故話し合いの際に、主人公の高校生に誰も返答をしてあげなかったのか。いや、返答することができなかったのか、というべきでしょうか。そう、主人公の高校生はその時、その場に存在していなかったのです。というより、男性の声に意識を戻した時点でもう、その場に存在していませんでした。主人公の高校生は最初の犠牲者となっていたのです。二つ目の意味というのは、主人公の高校生が、生きていると勘違いしていたことです。高校生が自分は死んでいるということに気づくのはいつになるんでしょうかね。もしかすると、勘違いに気づかず、この世を漂い続けるかもしれませんね。この意味を知らないまま読み終えるとこの物語は面白みが無いものとなってしまうと思ったので、後書きを借りて、説明の場とさせていただきました。少しでも楽しんで読んでいただけたのなら、光栄に思います。