恐怖のステージ
今日のカフテネ・ミルのライブは、野外で行われていた。
夜のステージとなり、広い平野にステージが輝いていた。
客観席には彼女たちを応援するファンが歌を楽しんでいた。
ファンが振るサイリウムの光は長い剣のように手元から長く伸びて空中を賑わせた。
他のファンは我々の知る垂れ幕を空中に表示し、二人を応援していた。
ライブで出だしの数曲が終わった。
「今日はありがとうっ!
みんな来てくれて嬉しいぞぉ~~っ!!!」
アルがそう言うと、会場のファンは、一斉に盛り上がった。
"アルちゃ~~んっ!!!"
"シアム~~~ッ!"
ファンが二人を呼ぶ声が色々なところから聞こえてきた。
「次の曲の前に準備があるからちょっと待っててねっ!」
シアムがそう言うと、二人はファンに手を振りながらステージを降りた。
騒がしいステージと異なり、控え室に向かう廊下は静かだった。
「この廊下、さっきはこんなに暗かったかしら…。
…ね?アルちゃん…?
あれ?アルちゃん…。」
シアムは廊下をアルと一緒に歩いているはずだったが、突然アルがいなくなってしまった。
「ま、また…?アルちゃんっ!!!」
「お姉…ちゃん…。」
シアムは、暗がりから小さな少女がこっちを見ているのが分かった。
ゾクッ…。
シアムは酷い寒気がした。
「あ、あなたは…。あぁ、あぁ…。」
それは、瞳が真っ黒になって頬のこけた少女だった。
みすぼらしいワンピースを来て、廊下の真ん中に立っている。
「お姉ちゃんの歌…、あんなに多く人に聞いてもらって…良いなぁ…。
私もお歌、歌いたいなぁ、昔は一緒に歌ったんだよ…?覚えてない…?」
「あ、あ、あなた…、私とどんな…。」
「だから、妹になる予定だって言ったでしょっ!!!」
「ヒッ…。い、いや…、あなたは一体…。も、もう止めてっ!イ、イヤ~~ッ!!」
シアムは少女の目が自分の心の奥底を見ているような感じがした。
少女がその奥をギッと睨むように見つめ、私を忘れるな!と言っているようにシアムは感じた。
心に直接響くような目線と言葉がシアムを恐怖に陥れた。
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「…アム?シアム?」
アルの声でシアムは我に返った。
「えっ?」
シアムは控え室で座っている自分に気づいた。
「え、じゃないよぉ、ぼ~としてぇ」
「…え、ごめんなさい…、にゃ。」
「全く、今日はどうかしているぞぉ~っ!!」
「そ、そうね…。お、おかしいわね、私…。」
「これからまだまだ歌うというのにっ!しっかりしたまえっ!」
「そ、そうね…、ごめんね。」
「あんまり休めなかったなぁ。
あぁ、もう私たちの出番の時間だぁ~。行こっか。」
「う、うん。」
シアムはあの女の子が一緒に歌いたいという、その声が頭から離れなかった。
その恐怖のため、足も少し震えていた。
二人は急いでステージに向かったのだが、ステージに上がるための場所に迷ってしまった。
「えっと、こっちの方から出るんだっけ?」
「……。」
「お~いっ!シアムゥ?こっちからだよね?」
「えっ?!そ、そうね。」
二人はステージに上がったのだが、スタッフはあらぬ方から出てきた二人に驚いてしまった。
「お、おい、あっちから出る予定だっけ?」
「ち、違う違う…。」
「だ、大丈夫か?!」
「あぁ、何とかするしかない…。」
二人があらぬ方向から出てきたため、ステージの演出する場所が右から左になった。
全て逆に操作する事になったスタッフは全員焦った。
ライトを当てるスタッフも思わぬところから出てきた二人に慌てて、急いでスポットライトを移動した。
彼女たちのバックで動作する立体映像は、対応することが出来ず、ちぐはぐな演出となってしまった。
アルとシアムはしまったと思ったがどうにも出来ず、慌てて映像に合わせて移動した。
ライブが終わると二人は自分達がしくじってしまったことを後悔した。
「さっきは、二人とも別の方からステージに出てくるから驚いちゃったよ。」
スタッフの一人が、愚痴を二人にこぼした。
「てへへ、ごめんなさい。間違えちゃいました。」
アルは自分達のミスで迷惑をかけた事を謝った。
「だけど、あまり大事にならなくて良かったよ。
最初は、後ろの映像が二人と合わなくなってしまったけど…。」
「ごめんなさい…。私たちの不注意で…。」
二人はひたすら関係者に謝り、控え室に戻った。
「良いよ、良いよ、少し疲れていたのかな。
今日はゆっくり休んでね。」
「は~い、ありがとうございますっ!」
「あ、ありがとうございます。」
控え室に戻ると、アルがシアムに怒り始めた。
「やだやだやだ~~~っ!
シアムがしっかりしていないと、このカフテネ・ミルはピンチだぞ~っ!
もうどうしたんだよぉ~~~っ!
今日のシアムはらしくないぞぉ~っ!」
「う、うん…。ご、ごめんなさい、にゃ…。」
実はシアムは歌いながら、視線の先にさっき見た女の子がこっちをじっと見ていたのが気になって仕方が無かったのだった。
周りで彼女たちを応援しているファンと対照的に女の子はじっとこちらを見つめていた。
視線を別の方向に向けても彼女はいた。
いくら移動してもどこにでもいるので、歌いながら気が狂いそうになってしまっていた。
それでも頑張らねばと、理性を保っていたが、ステージが終わると一気に気が抜けてしまった。
「ア、アルちゃん…、わ、私…、あ、あの…、ごめん、ごめんね…。」
そう言うと、シアムはそのまま倒れてしまった。
「シ、シアムッ!やだやだやだ~~~っ!!!
だ、誰か~~っ!!」
アルの声で関係者が集まり、急いで彼女を病院に運んだ。




